11号車『ポロ・チケプ』

 現在地・函館市


 まさか二度目の函館になるとは、私はまったく思っていなかった。

 この日は夕方になって雪がちらほらと舞い始めたのだが、とても緩やかで観光に支障の出るほどではなかった。

 私たちは函館駅から市電に乗り換え、函館山へと向かう。途中で宿の予約を済ませておいたので、伝えておいた時間までに宿に着けば問題はないので、心おきなく函館山の山頂を目指す。

 彼女は路面電車の外観や内装などを写真に収めていた。『やっぱり実物は違いますね』と言っていたので、写真では見た事があるようだが実物は初めてのようで、それは子どものようにはしゃいでいた。

『まったく元気ね』と、私は半ばあきれながら彼女と一緒に函館観光を楽しんでいる。


 さあ、夜景を見る為にロープウェイに乗る。先日と同じように人であふれかえったロープウェイの中は、まるですし詰めの状態。二度目ともなれば私はかなりまいっていた。

 ロープウェイから降りて、ようやく広い空間に出る。彼女の手を引いて建物の外へ出るのだが、彼女もさすがにあの状態はきつかったようで、困ったような顔をしていた。

 しかし、ぽつぽつと灯りがともり始めた函館の夜景は、そんな事を吹き飛ばしてくれるくらい美しかった。彼女と並んでみる夜景は、気のせいか先日一人で見た時とは違って見えた。しんみりと眺める私の横で、彼女は言葉もなくただ立ち尽くしている。


「私は一足先に中で休んでるわね。せっかく来たんだし、気のすむまで眺めてて大丈夫よ」


 私は一人、お土産物を見る為に建物の中に入っていった。結局彼女と合流したのは、それから一時間後の事だった。


 合流した私たちは麓へと降りる。移動先は先日お世話になった湯の川温泉の宿。

 この日はスキーをした上にかなり歩き回ったので、少し疲れ気味だった。なので、温泉に入ってからご飯を食べ、少し雑談をしたらすぐに眠りに就いたのだった。


 翌朝、私は5時に目が覚める。体が少し痛むものの、動く分には支障がない感じだ。


おはようございますGood morning

 今日は雪みたいですよToday may be snowy day


 窓から外をのぞく彼女の声が聞こえてきた。外はしんしんと雪が降り、これを見た彼女はどういうわけか興奮しているようだ。

 体は痛くないか彼女に確認すると、大丈夫ですと元気な声が返ってきた。若いっていいわね。


 今日の予定は函館市内の観光。その後は室蘭へ向けて移動する事になる。そうしたら明日は……。いや、今は考えないでおこう。


 朝の食事を済ませ、チェックアウトする。雪はそれほど強くないものの、雪に慣れていない私たちは注意が必要だ。足元に気をつけながら、五稜郭へ向かう。

 今日は朝一からのスタートなので、ゆっくり見て回る事ができる。五稜郭の販売スペースでいかめしを見つけた私は、勢いよくそれを購入する。そんな私を見て、彼女はとても不思議そうにしている。


「ごめんね。先週来た時に食べられなかったものだから、つい。このいかめしっていうのは、昨日通った森駅発祥のお弁当なの。この辺りはイカ漁が盛んで……」


 嬉しさのあまり、私は知っている限りのうんちくを話す。もちろん一方的に話すので、彼女の表情を見ながらだ。私たちは時間の許す限り、五稜郭を見たり、函館名物を食べたりと市内観光を行うのだった。


 時間も迫ってきたので、私たちは函館駅に移動した。駅構内で少し休憩を入れる為、私は彼女を待合室に残して切符を買いに行った。

 しばらくして戻って来た時、彼女はパソコンを開いて一生懸命に何かを打ち込んでいた。聞いてみると新曲の歌詞を打ち込んでいたようで、私が顔を近づけるまで気づかないほど集中していたのだった。

 こうして、ひと段落ついた彼女と一緒に軽くお昼を食べると、いよいよ函館を発つ時が来た。


 私たちは、まずは長万部を目指す。新函館北斗で新幹線に乗り換えれば早く着くが、あえて在来線の函館エクスプレスで移動する。

 定刻出発の列車が大沼駅を過ぎた時、彼女は何かに気がついたようだ。


「昨日とルートが違います」


 すごい。そう、彼女の言う通り、昨日経由した砂原支線ではなく本線を進んでいる。なので、今日は海ではなく森の景色を見ながら進んでいく。その間も彼女は北海道のイメージから曲を作り続けており、北海道を発つまでに完成させたいと言っていたのでとても楽しみだ。


 14時に長万部に到着。ここからは日本観光鉄道函館本線から北海道旅客鉄道室蘭本線へと乗り継ぐ。北海道新幹線の開業により特急『北斗』は廃止され、元々ある室蘭と札幌を結ぶ『すずらん』に加え、長万部と札幌を苫小牧経由で結ぶ特急が新設された。名称は沿線の地名から『洞爺』が採用された。

 旅客が新幹線に奪われ、利用客が減ると思われていたのだが、元々温泉地が豊富で観光地も多い利点を活かし、全線複線化を行うなど利便性を向上させた事で思ったより業績はいいようだ。


 移動中、内浦湾の景色を横目に彼女はパソコンに向かいっぱなし。曲も大詰めなのだろうか、その表情はずっと真剣だった。

 16時少し前に東室蘭駅に着いた。函館で降っていた雪もこちらでは降っておらず、空は晴れ渡っていた。そして、ちょっとここからは鉄道旅行としてはちょっと邪道。私はレンタカー店に走る。というのも目的地に行くには鉄道では少し便が悪かったのだ。しかし、車ならまだ間に合うはず。カーナビ付きの車を借りた私は、彼女を助手席に乗せると目的地へと走り出した。

『どこに行くのですか?』と聞く彼女に、私は『内緒』とだけ言ってひたすら車を運転する。助手席の彼女は困惑気味だったが、おおよそ25分のドライブで目的地に到着した。


「本当は日の出を見せたかったんだけど……、さぁ、ご堪能あれ」


 そう言って向かった先には一面の海が広がっていた。何も遮る物も無く夕陽に照らされた海は、どこまでもキラキラと輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る