10号車『やまはしろがね』
現在地:網走市
私たちは網走駅へと移動する。滞在時間が短く名残り惜しいものの、この広い北海道は移動だけで大変なのだ。彼女の希望をかなえる為には、やむを得なかった。
まずは17時発の特急で旭川へ移動する。その日の目的地は小樽となり、そこで宿を確保したのはいいが、場所は在来線の小樽築港駅の近くとあって、旭川で新幹線に乗り換えた後、札幌で再び在来線へと乗り継ぐ事となった。
列車に揺られる事三時間、最初の乗り換えとなる旭川駅に到着する。そこで向かいに止まる新青森行の新幹線へ乗り換える。特急を降りて新幹線に乗り換えようとする時、なぜか彼女の手にはビデオカメラが握られていた。私は何だろうと見ていたのだが、彼女は新幹線にカメラを向けて英語で実況を始めたではないか。そういえば彼女は動画投稿者だった。
結局、札幌駅に到着するまでの20分少々の間、彼女は常に実況をしながら撮影をしていた。外は真っ暗でまったくというほど景色が見えなかったので、そのほとんどを新幹線内部の撮影に終始していた。しかしながら、新幹線に乗れた事だけで彼女はかなり満足した感じだった。
21時に札幌駅に到着した。札幌駅の新幹線ホームは地下にあり、そこから橋上の在来線ホームへの移動は大変だった。そこからの列車も各駅停車とあって、結局目的の宿に着いた時には22時前。しかし、そんな遅くに着いた私たちを、宿の人たちは快く迎えて下さった。しかもそれだけではない。宿の人のご好意で、提供時間が終わっているにもかかわらず、お風呂と簡単な夜食を用意していただけたのだ。ここまでの長距離移動で疲れていた私たちだったが、これにはとても感動した。
その後の私たちは、その心遣いに感謝しながら眠りに就いたのだった。
翌朝の7時に宿を発つ。今回泊まった宿の方たちは、早朝の出発にも対応して下さり、私たちは頭を下げて感謝をした。そして、まずは教えていただいたコインランドリーへと向かう。そこで洗濯をしている間に、私たちは小樽の散策を行う。冬の早朝とあって、幹線道路から少し入った場所では人影はまばらで、静かな街並みが広がっている。
小樽と言えば運河とレンガ造りの倉庫。先日から降り積もった雪の白にレンガの赤色がとても映えている。
写真を撮って落ち着いたところで今日の朝食。しかし、この時間では小樽の寿司屋は開いておらず、喫茶店かコンビニくらい。この小樽の街でコンビニご飯では風情がないと、喫茶店を探して朝食を取った。
さて、洗濯物も終わり、私たちは荷物を整理して小樽駅へと向かった。ここから乗車する列車は『ニセコスキーエクスプレス』だ。冬季限定、札幌とニセコを結ぶ列車は趣きのある車体の特急であり、函館本線の一部が日本観光鉄道に移管された時に、再びその姿を現した。
この列車に乗るという事はお分かりだろう。そう、ニセコのスキー場へと向かうのだ。それというのも彼女の一言、『スキーがしたい』を受けての事だ。小樽で列車に乗り込んだ私たちは、約一時間の移動を行うのだった。
「Wonderful!」
ニセコ駅に着くなり、彼女はそう叫ぶ。それもそうだろう。生まれも育ちもフロリダである彼女は、雪景色という物になじみがない。羊蹄山の近くであるこの辺りの積雪はこれまで見てきた以上であり、彼女は素直に驚いたのだ。
ニセコ駅からバスで移動し、近くのスキー場にやって来た。私たちはウェア込のスキー一式をレンタルする。二人揃っての初心者なので、インストラクターの付く三時間の講習コースに参加した。
そして、講習が始まった。あちこち取材に出掛ける私でも、メインはデスクワーク。運動神経はそうよろしくはないので、なかなか上達せずに派手に尻もちをつく始末。
ところが、その横で彼女はすぐにコツをつかみ、気がつけばパラレルターンまでこなしている。私の心配をよそにみるみる上達していった。
三時間の講習も終わってしばらく自由に滑走していたのだが、そろそろ移動しないと函館の夜景に間に合わなくなってしまう。私たちは名残惜しそうにニセコ駅へと移動するのだった。
ニセコ駅から特急『函館エクスプレス』で移動する。その名の通り、函館~旭川までの函館本線全線を移動する特急で、1時間半に一本運行されている。新幹線と比べて所要時間は圧倒的に負けるものの、景色が楽しめる為にそこそこ人気がある。私たちが乗り込むのは14時発の10号。これで函館を目指す。
ニセコからは山の中を縫って長万部を目指す。何かと珍しい地名の並ぶ北海道。移動中の車内で彼女から色々聞かれ、私はそれに答える状態となっていた。
長万部からは比較的海の近くを走り、途中で森駅に着く。ここからは線路が二手に分かれる。真っ直ぐ進む渡島砂原回り(砂原支線)と右方向に進む本線。現在、函館本線の特急はすべて渡島砂原を経由する為、大沼公園などの本線上の駅へは、森駅か大沼駅で普通列車に乗り換える必要があるのだ。
私たちは函館へと向かうのでそのまま乗車。動き出した列車の中で、彼女がふと何かを指差した。それは蝦夷駒ケ
渡島砂原を過ぎ、列車は南下を始める。そこで私は、彼女にもう一度山を見るように言う。すると、山を見た彼女はとても驚いていた。 森駅で見た時とは全く山の様子が違うのだ。
西側はなだらかだった山肌は、東から見るととても荒々しい。見る場所によって表情を変える自然に私たちは感動するのだった。
函館に着くまでの間、彼女とはいろいろ話をした。北海道は地元フロリダとは違いすぎて驚きの連続だった事、その一方でまったく知らなかった世界や色々な人と出会えてとても楽しいと言っていた。
私もその中の一人になるのかなと思うのだが、せめて今は彼女の帰国までの間、精一杯旅を楽しんでもらおうと思うのだった。
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