9号車『極寒の果て』

 現在地:根室市


 納沙布岬から根室駅に戻って来た私たちは、列車に乗り込んで釧路駅を目指す。

 窓の外を眺める私の目の前で、彼女はノートパソコンを開いてなにやらカタカタと打ち始めた。

 どうやら何かを閃いたようで、ヘッドフォンをして曲を作っているようだ。釧路までの二時間半、車内にはガタンゴトンというレールの音と、カタカタというキーボードの音だけが響いていた。


 日が傾き始めた15:38、列車は釧路駅に到着する。網走行の列車は16:05発と乗り継ぎが短い。釧路の街の観光がしたかったが、仕方なく駅弁を購入して列車を乗り継いだ。


 私の元々の計画では、網走の方を先に回るはずだったのだが、ハプニングで順序が逆となり釧路での滞在が削れてしまったのだった。まぁ、こういう事は旅の醍醐味なので、文句を言っても仕方はない。


 定刻発車した列車は、ひと駅隣の東釧路駅から根室本線と分かれ、釧網本線へと入った。広大な釧路湿原のへりを列車は北上していく。この時ばかりは彼女も一時作業を中断し、車窓を眺めていた。


 しばらくして塘路駅に到着する。この辺りの駅は冬の時期ともなればタンチョウがよく目撃される事で有名だ。この日もタンチョウが数羽集まっており、夕陽に照らされた白い体がとても映えていた。

 停車時間はあまり長くはないものの、私はその姿をカメラに収めた。


 辺りが少しずつ暗くなってきた。列車はオホーツク側へ抜ける為、山の中へ分け入っていく。その斜面には、鹿やキツネの姿が時々見られた。この光景に、彼女はとてもわくわくしているようで、目が輝いたかと思えば、今度はスマホに何かを打ち込んでいた。

 気になった私が問いかけると、新曲の歌詞を打ち込んでいるという答えが返ってきた。驚くほどにアイディアが沸いてくるという事で、彼女は北海道に来てよかったと満面の笑みで話していた。

 彼女はフロリダの出身だというので、普段見慣れない景色がこれだけ続けば、それだけ感性が刺激されるという事だろう。まったく、その熱心さには頭が下がる。


 列車は峠を越え、知床斜里駅に着いた。ここから先は今までとは違い、オホーツクの沿岸を走る。

 辺りは真っ暗で景色はよく見えないが、その闇夜の中からかすかな波の音が聞こえてくる。

 その波が心地よかったのか、朝からあれだけはしゃいだのが悪かったのか、私はつい眠ってしまっていたようだ。


「Oh! 網走に着きましたよ、起きて下さい!」


 彼女の騒ぐ声で私は目を覚ます。どうやら完全にぐっすりとしていたようだ。

 列車を降りた私たちは、ちょっとした間に予約しておいた駅近くのホテルへと向かう。ちょうど今日は平日で部屋が空いていたので、特に問題なく宿は確保できていたのだ。


 ホテルの部屋に入った私たちは、すぐさま予定の確認を行う。

 一応、『ノサップ』の車内でも話をしていたのだが、彼女の滞在の予定は『一週間』との事だった。昨日の稚内で『二日前に来た』と言っていたので、残りは四日間だ。そこで、帰りの飛行機のチケットを確認する。すでに確保済みだった彼女のチケットには、確かに四日後の日付が書かれており、時間は昼過ぎとなっていた。


「じゃあ、この時間までに新千歳空港に着ければいいわけね。行きたい場所があるなら聞いておくわ」


「そうですね。南の方へ行ってみたいです、函館とか。あとは、雪山でスキーをしてみたいです!」


 彼女の希望を聞いた私は、それを元にこの後の予定を組み立てる。その希望通りになるかは分からないけれど、時刻表とにらめっこをしながら予定を立てていった。

 しばらくして、予定を立て終わった私は、パソコンを触っていた彼女に声をかけ、先にシャワーを浴びる。交代して二人ともシャワーを浴びた後は、夕飯を食べ、明日の網走観光を楽しみにしながら眠りに就いた。


 翌朝、窓の外には小雪がちらついていた。天気予報を確認すると、一日中雪は降るものの、荒れる事はないとなっていた。

 ひとまず安心した私は、彼女を起こし、朝食を取る為にレストランへと向かった。


 このホテルのレストランは朝食バイキングとなっている。私たちは食べたい物をお皿に取ると、外の景色の見える窓際の席に座る。彼女は初めて見る雪降る景色に興奮しているようだったが、今日の予定はかなりの強行軍となる為に、朝食はほどほどに済ませた。


 チェックアウトを済ませると、朝一の砕氷船に乗る為にバス停へと向かう。9:30なので、少し余裕はある。

 砕氷船乗り場に到着すると、今日の運行状況を確認する。天候は少し悪いものの、運行に支障はなく湾外に出る一時間コースとなっていた。

 氷が一面に広がる海の上を砕氷船は航行する。驚きを隠せない彼女ではあるが、バリバリと氷を割りながら進む船の様子に次第に興奮していく様子が見て取れた。私はそんな彼女の横顔をほほえましく眺めていた。


 一時間の航行を終え、船が港に戻る。普段する事のない経験の連続に、かなり興奮しているのがよく分かる。そして、それが冷めやらぬうちに次の目的地である『網走監獄』へと向かった。

 かつては日本一過酷な環境と言われた刑務所だったのだが、今では博物館として一般に公開されている。

 そして、天都山の流氷館へ。本物の流氷やクリオネが展示されている施設だ。網走監獄で少し浮かない感じになっていた彼女も、氷点下の部屋で振り回したタオルが凍りつく現象を見て大はしゃぎしていた。


 ひと通りの観光地を巡った私たちは、お昼を食べる。これが終われば函館へ向けての移動となる。

 ご飯を食べながら私は次の予定を確認する。

 旭川から新幹線に乗れば、今日中に函館に着ける。しかし、スキーを組み込む為に小樽に寄る事に決めたのだった。

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