8号車『雪景色に響け』

 現在地:稚内市


 バスに揺られること十数分、宗谷総合振興局にある稚内市西側の北端、ノシャップ岬に着いた。相変わらず空は晴れ渡り、オホーツクの海から流れる冷たい風だけが、行動を妨げていた。

 このノシャップ岬には公園が整備されている。市街地からほど近い事もあるのだろうか、宗谷岬とは大違いである。

 私は公園の中に立つイルカの像を見つけた。とてもかわいらしい像で、水族館がある為か、シンボル的に岬の一角に建てられていた。

 ノシャップと稚内駅の間のバスの本数は意外に多く、30分前のバスでも列車には十分間に合いそうだ。しかし、それでも滞在時間はそう長くはない。私は時間の許す限り公園を見て回った。


 バスの時間が近づいてきた。私は公園を後にし、バス停へと向かうのだが、その途中、耳にきれいな歌声が聞こえてきた。

 私は声のする方を振り返る。するとそこには、ベンチに座ってパソコンを開く女性がいた。どうやら、歌声の元はこの女性のようだ。

 女性が歌い終わると、私と同じように聞き入っていた人たちから拍手が起きる。ところが本人はとても驚いている。


「What's happened?(え? なに?)」


 言葉は英語。見た目は日本人っぽい黒髪の女性なのだが、気になる私はおそるおそる声をかけてみた。


「Excuse me, your singing is so beautiful. Where did you came from?(すみません、とてもきれいな歌声ですね。どちらからいらしたのですか?)」


「I came from Florida two days ago, because I wanted compose imaging sight of snow(二日前にフロリダからです。雪景色をイメージした曲を作りたくて)」


 どうも話を聞くには生粋のアメリカ人のようだ。動画サイトを見て雪景色にあこがれ、今回北海道を訪れたそうだ。

 そして驚いた事に日本語もペラペラ。私は彼女に興味を持ち、北海道の案内を買って出たのだ。


 気がつくと、バスの時間はとっくに過ぎてしまっていた。私は急きょ予定を変更し、フロリダから来た彼女と一緒に次の目的地である最東端の地、根室を目指す事にした。


「すみません、私のせいで乗り過ごしてしまったようですね」


「別に気にしないで下さい。気ままな旅なので、この程度は予想の範囲内ですから」


 謝る彼女に、私は気にしていないと返した。

 とりあえず、最東端となる納沙布のさっぷ岬へは、士幌線経由で走る夜行特急『ノサップ』を利用する。


 この『ノサップ』は士幌線開業と同時に運行が始まった、最北端と最東端を結ぶ夜行特急である。旭川駅で進行方向が変わり、釧路~根室は快速列車となる。

 寝台車と座席車が2両ずつ、計4両編成で、根室行が『ノサップ』、稚内行が『ノシャップ』と名前が変わる特徴があるのだ。


 そうと決まれば稚内駅へ戻って座席の確保だ。バスから降りた私は、窓口に駆け込む。空席状況を尋ねると、職員は『少々お待ち下さい』と、パソコンで検索する。

 空席がある事を告げられた私は、二人利用の寝台『デュエット』を利用を伝える。すると、残り1室だった為に、悩む事なく即決した。


 切符の購入を終えた私は、外で待っていた彼女と合流。『ノサップ』の発車時刻は19:32なので、まだかなりの時間がある。ひとまずは遅めのランチを食べる事にした。


 食事の間、私たちは色々と話をした。彼女は有名動画サイトで自分の歌を披露しており、その界隈ではかなりの有名人らしい。一方で、日本の事が好きなようで、日本の旅に関した動画を多く見ているそうだ。

 オタクというよりは熱心なファンと言ったところだろう。どういう人物かはさておき、これほどの時間を外国人とともに行動するのは実は初めてで、私はなんだか楽しくなってきていた。

 発車までの残りの時間は、稚内駅の周辺で観光したり買い物したりして、あっという間に時間は過ぎていった。


 19:20、『ノサップ』が入線してきた。流氷と北の大地をイメージした車体は、青色の中に引かれた2本の白いラインが特徴だ。

 私たちは早速車内に乗り込む。


 19:32、定刻に稚内を出発した列車は、まずは旭川へ向けて南下していく。昨日北上した来た線路を逆方向にゆっくりと走った列車は、旭川へ23:40に到着した。

 旭川駅到着の最終の新幹線から乗客を乗せ、0:15に根室へと向けて出発した。


 さすがに夜間の運行となるために、上川停車後の士幌線内は上士幌と士幌を除けばノンストップ。帯広に停車した後、釧路には5時半頃に到着する。そこから快速列車と変わった『ノサップ』は、8:10に最東端の終着駅である根室に着いた。


 根室駅に降り立った私は興奮してやまない。しかし、彼女の方は冷静だった。スタンプと駅舎の写真を忘れずに済ませた私たちは、10分の連絡で発車する納沙布岬行のバスに乗車した。

 バスに揺られる事、約一時間。北海道本島の最東端の地、納沙布岬にたどり着いたのだ。前日に最北端である宗谷岬にいたというのに、ほぼ丸一日で最東端にいる。これはなんと贅沢な事なのだろうか。


 バスを降りた私は、根室駅に続いて思いっきり叫ぶ。さすがに周囲の目が痛かったものの、この興奮はとても抑えられるものではなかった。

 隣に立つ彼女も苦笑いをしながら、私に言った。


「そこまでするのはとても大げさだと思います。でも、私もこの地に来られて、とても感動しています」


 私たちは、目の前に広がる太平洋をしばらく眺めているのだった。

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