7号車『最北端の地へ』

 北海道の旅も4日目を迎える。

 この日は午前中に旭山動物園を訪れていた。この日は土曜日という事もあり、園内には家族連れが多く訪れている。

 その多くの目的はおそらくあれだ。


 とある場所で待っていると、目の前をよちよちと歩くペンギンの群れが通り過ぎる。そう、多くの人を魅了してやまないペンギンの散歩である。

 私は夢中でシャッターを切る。十分に写真を撮って満足した私は、園内を見て回った。


 しかし、今日の予定も駆け足だ。というのも、今日の目的地は最北端の終着駅である稚内だからだ。その為、14時過ぎのサロベツの指定席を取ってある。


 宗谷本線は旭川から稚内を結ぶ、約250kmにも及ぶ長大路線。その多くは内陸を進むものの、稚内が近くなってきた抜海駅を過ぎたあたりは海に近く、そこから見える利尻島はこの路線のハイライトだ。

 この宗谷本線の移動にはかなり時間がかかる。その為に、明るいうちに見ようとするとこのサロベツしか選択肢がなかったのだった。


 サロベツは宗谷本線西側に広がる湿地帯の名称から取られた列車名だ。かつては札幌~稚内間で運転しており、その時で5時間半かかっていた。今では路線と車体の改良がおこなわれ、かなり時間が短くなった。旭川~稚内も今では3時間で結ばれている。

 しかしながら、沿線の道北地域の過疎化は著しく、途中駅はかなりの数が廃止もしくは信号所降格となり、路線の様相はすっかり様変わりしてしまっていた。

 いやはや、時の流れという物は残酷である。そんな状況ではあるものの、現在唯一の道北連絡線という重要な位置づけにあり、存廃議論はたびたび持ち上がりはするものの廃止の決定自体は回避し続けているのだった。


 私は旭川で買った駅弁を食べながら、サロベツの車内でデジカメの画像を確認している。映し出される動物たちの姿に大変満足していて、食べる駅弁がさらにおいしく感じられる。


 これから向かう稚内は、せっかく北海道に来たのだからと旅程に組み込んだ。しかし、離島である利尻島と礼文島は旅程に入っていない。

 なぜならば、私は船酔いがひどいのだ。酔い止めも効かないくらい船だけはだめで、さすがに人前で醜態をさらすような度胸は無かったのだ。その為に、利尻島と礼文島は諦めざるを得なかった。


 特急サロベツは、そんな私を乗せて北上を続ける。この日は前日の雪の影響か、少し遅れ気味で運行しているようで、17時前の時点で幌延ほろのべ駅を過ぎたあたりだ。さすがにこの時間ともなると、辺りは少しずつ夜の闇に包まれ始めている。この分では、例のポイントにさしかかるのは日没後。天気は雲のほとんどない晴れなので、夕闇に浮かぶ利尻富士が見えるかもと淡い期待を持っている。


 列車は抜海駅を過ぎた。まもなく例のポイントだ。海岸が迫り、視界を遮っていた木々や丘が途切れる。

 その瞬間、宵の薄闇の中、広がる海の向こう側にしっかりとした黒い影が見える。山の姿までははっきり見えなかったが、見えた瞬間、私は構えていたデジカメのシャッターを夢中で切っていた。

 しかし、すぐに視界は遮られてしまったが、画像には利尻富士の美しい輪郭がしっかりと収められているのだった。

 稚内からの戻りの列車は明るい時間。その時は、山の雄姿をしっかり撮ろう。そう私は意気込んだ。


 20分ほどの遅れとなったが、列車は稚内駅に到着する。辺りはすでに真っ暗となっており、私は駅の近くで宿を取ると、夕食を食べて早めに就寝したのだった。


 翌朝、宿の近くに神社があると聞いた私は、参拝してから動く事にした。小高い山にその神社はある。私はこの旅の無事を祈願し、稚内駅に向かった。


 それにしても今日も天気がいい。もしかして、私って晴れ女なの?なんにしても天候が荒れないのはラッキーだ。


 稚内駅から宗谷岬へ向かうバスに乗る。ここには鉄路がないので、このバスが宗谷岬へ向かう唯一の交通手段だ。

 バスはひたすら海岸線に沿って走る。見えるオホーツク海には流氷が漂っている。その上を冷たい風が吹くので、コート無しでは歩けない。しかし、バスの中は暖房が効いているので、キャリーバッグの上にコートは置いてある。

 そして、バスに揺られること約一時間、最北端の地である宗谷岬に到着した。


 最北端の地は意外にさっぱりしている。建物が数棟あるだけで、あとはこれでもかというくらい何もない。海側にもポツンと最北端の碑が立っているだけだった。

 しかし、今の私にはどうでもいい事だ。最北端に来れた事を純粋に喜んでいた。遮る物も無いので、樺太(サハリン)もよく見える。

 ところがだ。最北端到着ではしゃいでいたのもつかの間、寒さがどんどんテンションを奪っていく。やむなく最北端の碑で記念撮影をして、近くの売店でお土産を買い、その後はバス停待機となった。


 寒さのあまり、わずかの滞在となってしまったのがどうしても残念で、私は宗谷のもう一つの岬、ノシャップ岬にも行く事にした。

 待つ事少々、稚内駅行きのバスが来たので乗り込む。来た道を戻り、稚内駅でノシャップ岬行のバスに乗り継いだ。

 事前に調べてはいたのだが、ノシャップ岬からも利尻島や礼文島を見る事は可能なのだ。私はせめて島の姿だけでも見ておこうとバスを乗り継いでいる。


 しかし、この行動がまさかの事態になろうとは、この時は思いもしなかった。

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