4号車『夕張映画村』
列車を降り、ホームに立つ。吐く息は白く、3月初旬の空気がまだ冷たい事を物語る。
そして、あまりの寒さに私は思わず震える。正直もう少し着込めばよかったと後悔した。
夕張は北海道の中央ほどにある山間の町。駅の周辺は除雪されているものの、よく見ると腰を超える高さまで積った雪があちこちにあった。こうなれば靴の選択はブーツで間違いなかったのだろう。
さて、肝心の映画村の方を見てみる。これだけ寒いというのに、開門前の入口は多くの人で溢れかえっていた。
見える範囲の人を見ると、かなり大きなカメラを抱えた人もいる。それというのも、この映画村の中には、撮影用の園内鉄道が走っている。旅客運行される事はないものの、しっかりと整備された動態保存の列車が呼び物となっている。
その中でもひと際人気なのがSLだ。黒い大きなその車体は見る者を圧倒する。この映画村に置かれているSLは『C62』だ。かつては道内でも運用された鉄路の雄という事もあり、映画村の顔としてその姿を堂々と披露している。
しかし、百年以上たった今でもSLが動いている事がすごい。というのも実は、日本観光鉄道の社長が資料を元に忠実に再現させたらしいのだ。この事は社長のブログで明かされており、『相当の鉄オタだ』と、当時はかなり話題となった。
そう言えば、この夕張映画村は日本観光鉄道が運営している。その関係でスタンプラリーのスタンプもしっかり設置されていた。そのラインナップは夕張にちなみ、夕張鉄道がメインである。
そして、そのスタンプラリーの設置場所というのが施設の中、入ってすぐ正面のインフォメーションに置いてあるという事で、入村しないと押せなくなっている。
さてと、今の状況はというと、まだゲートの外である。かなり早くから来ていた人もいるようで、その人たちがまだ入場できていないからだ。
しかしながら、この寒くて雪深い時期に朝から山奥の施設に集まってくるなんて、いやはやなんとも物好きばかりである。……まぁ、私もそんな物好きの一人だけど。
開村から30分が経過し、ようやく私も中に入る事ができた。そんな私の目的はSLの撮影だが、今行ったところで人が殺到していると読んだ私は、出向くのは昼食の時間に合わせる事にした。
映画村の中は明治維新後から昭和の頃までと、時期に合わせて区分が分かれている。明治ゾーン、大正ゾーン、昭和初期ゾーン、昭和高度成長期ゾーンと大まかには4つである。
ゾーンによって特徴があり、ガス灯が立っていたり、丸ポストが置いてあったり、見る事のなくなった珍しい物がたくさん展示されている。
しかし、中にある建造物はレンガ造りだったり、トタン屋根、瓦屋根の平屋だったりと、こちらもバリエーションがあるのだが、建物自体はせいぜい3階建てまで。それ以上の高さは景観を壊すからという事で建設はされなかった。その代わり、当時の内装や外装を再現した屋内撮影所が設けられている。
私は施設内を見て回る。そこには今の時代見る事のない景色が広がっていて、まるでタイムスリップしたかのようだ。
辺りを見回すと、3月の頭でしかも平日とあって、子どもの姿はまばらだ。なので、施設内の客の大半はツアー客が占めている。
昭和ゾーンを歩いていると、何やら人だかりができていた。なんだろうと近づいてみると、どうやら映画の撮影が行われているようだ。私は人混みを進んで前へ出る。
目の前にいたのは有名な映画監督の谷畑陸前だ。撮影に臨む俳優やスタッフも、実に有名どころばかり。しかし、今は映画の撮影中だ。さすがに邪魔をしてはいけないと、私は必死に出そうになる歓声を飲みこんだ。
シーンごとに撮影を行い、
『真剣』
まさに下手に邪魔をしようものなら、この身を斬られてしまいそうな空気がそこにはあった。それを眺める観客もまたその空気に飲まれてしまい、役者と監督の声以外無い静寂に包まれていた。
どれほど経過しただろうか、撮影は休憩に入る。映画の撮影風景に遭遇した私は、その興奮冷めやらぬうちにSLの撮影をしようと移動を始める。
今いる場所からSLのある場所まではかなり離れている。しかし、大物に会えた喜びと興奮、そしてSLが見れるという楽しみから足取りはとても軽かった。
さて、C62の前までやって来た。ところが、平日の昼前という状況にもかかわらず、予想に反してSLの前には人だかりができていた。
その中には角度にこだわって撮る鉄道ファンもいるようだが、特に目立った混乱はなさそうだ。
しかし、この堂々とした黒い車体は、なんとも圧倒される雰囲気がある。食い入るように眺めている私に、突如として声がかけられた。
「すみません。ちょっと撮って頂いてもよろしいですか?」
意外と若い男だった。すぐ横には手に指輪をはめた奥さんとと思しき女性が、照れた様子で立っていた。
「いいですよ。お二人は新婚旅行ですか?」
不意に声をかけられたので少し機嫌を悪くしてはいたが、私は大人の対応で返す。すると、男性は笑顔で返してきた。
「ええ、そうなんですよ。妻の実家がこの辺りですので、帰省を兼ねて遊びに来ているんです。」
それを聞いた私は、『いい記念になるといいですね』と言って二人の写真を撮った。男性の方からは『ありがとうございます』と言われ、お返しにと私とSLの写真を撮ってくれた。せっかくなので、私は二人に名刺を渡して、SL広場を後にした。
この映画村には提携の宿の宿泊者を対象とした再入場できるシステムがあるので、私はそれを利用して荷物を置きに一旦施設を出る。そして遅めの昼食を取り、再び映画村を訪れた。
映画村のメインとなる施設は夕方の5時で閉鎖となってしまう。一方で、お土産屋さんといった商業施設は夜の7時まで営業している。なので、私は心行くまで施設を堪能する事にした。
日もだいぶ傾き、時計が16時55分を指した時だった。
突如として、映画村にC62の汽笛の音が響き渡った。この汽笛はファンサービスであると同時に映画村の閉園時間を報せる合図だ。
最後にこの汽笛を聞いて満足した私は、夕張を満喫しつつ、宿で眠りに就くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます