3号車『いざ夕張へ』
いよいよ初日のお楽しみの時間である。
函館山のふもとに到着した私は、ロープウェイで山頂まで登る為、ロープウェイ乗り場へと向かう。
ロープウェイに乗った私を待ちうけていたものは、大口の観光客とロープウェイの中ですし詰めになるという現実だった。
というものの、この冬の間は函館山に通じる道はすべて閉鎖されている。すると必然的に山に登る手段はこのロープウェイだけとなり、後はこの通り、満員のすし詰め地獄となってしまうのだ。
時間はちょうど夕暮れ時。街にはちらほらと灯りがともり始めているのだが、いかんせん状況が状況なのでとても落ち着いてみる事は出来なかった。
私はただひたすら、この地獄から早く解放されたい一心だった。
山頂に到着し、ようやく私は解放される。
駅から外へ出た私を待ちうけていたものは、徐々に夜の帳が下りる津軽海峡の夕暮れの景色だった。その美しさに見とれる私だったが、今度は後ろへ振り返り函館の街を見る。
夕闇に包まれ始めた街には、一つまた一つと灯りが増えていく。その灯りは函館の街の形を浮かび上がらせ、キラキラと輝いていた。
先程見た夕暮れの海とは対照的に、こちらは人工的な美しさではあるが、光によって浮かび上がった函館の街を目の前に、言葉に言い表す事ができなかった。
まだ寒い山岳の夜の山頂。私はしばらく無言のまま、その景色を眺めているのだった。
すっかり辺りも暗くなり、私は食事をする為にふもとへと降りる。
まずは湯の川温泉へと向かい温泉に入る。そして、宿の人に教えてもらったお勧めのお店で晩ご飯を堪能し、休憩を取った。
函館を満喫した私はその日の最終目的地、函館駅へと移動するのだった。
今の時刻は午前の0時半だ。
そんな夜遅くの函館駅に、一本の列車が入線してきた。
急行『奥尻』
この列車は、0時15分に新函館北斗を出発する檜山新線経由の夜行急行だ。
夜行急行という名だけあって、列車構成は寝台車、カーペットカーの2種類で、カーペットカーは寝台券が不要で座席指定券だけで乗車が可能。簡易仕切りがあり、心地よさもかなり良いとあって評判は上々である。
また、札幌到着が5時半頃と、そこからさらに足を延ばす事が可能なのである。
もちろん、私も札幌で乗り継ぎを行う。なにせこの旅前半の最大の楽しみである夕張へ向かうのだから!
私は列車に乗り込む。切符の券面に書かれた座席は『6号車3番A』である。乗り込んだ位置は4号車。この奥尻は函館からの進行方向に対して前から1、2、…と号車番号が振ってある。なので、乗って来た位置から少し戻ればいいのだ。
6号車まで移動して自分の席に着く。すると、
「おや、若い子が一人旅とは珍しい」
不意に横の席のおばあさんに声をかけられる。よく見るとその奥には同じく年を召したお爺さんがいる。どうやら老夫婦のようで、定年後の旅巡りといった感じである。
私は旅行の理由を聞かれたので、『決算業務も片付いたので、有給消化を兼ねて息抜きの為の旅行』と正直に答えてしまった。それを聞いた老夫婦は『あらあら、それはお疲れ様ね』とねぎらってくれた。
それから少し話し込んでいたのだが、木古内を過ぎたところで消灯時間となった。さすがに翌朝も早いからと、そこで話を切り上げて眠りにつくのだった。
眠っている間に夕張について説明しよう。
夕張とは昔は炭鉱の町として栄えた。だが、時代の流れや次々と閉鎖される炭鉱。この状況とともに町も衰退してしまい、ついには財政が行き詰るまでになってしまった。
その後、町興しとして映画祭が催される事となった。
そこに目を付けたのが日本観光鉄道の社長だ。映画祭をやるならば、映画も撮ってしまおうと地質調査をした上で大規模出資。映画撮影施設『夕張映画村』を建設してしまったのだ。
そして、日本観光鉄道が次に働きかけたのが、北海道鉄道旅客鉄道。費用は持つ事を条件に夕張線(石勝線夕張支線)の改修と延伸を申し入れたのだ。初めは渋っていた北海道旅客鉄道だが、あまりの熱意に折れ承認。夕張線の線形・勾配を一部区間で緩和し、夕張駅から映画村に向けてひと駅延伸、『夕張映画村駅』を設置した。奇しくもその位置は、初代の夕張駅があった位置だという。
映画村開業後は、朝の札幌発、夕方の夕張映画村発の快速列車が設定された。
その後、映画村では時々映画の撮影が行われ、来訪者はそれを間近で見る事ができ、さらにはエキストラ参加させてもらえる事もある。
お土産ゾーンでは特産のメロンなど様々な物が売られており、極寒の地という立地ながら、そこそこの盛況を見せている。
ガタンゴトン……。
私は目を覚ます。するとほどなくして車内の照明が点灯し、車内放送が流れる。眠たい目をこすりながら時間を確認すると4時50分、場所は登別と白老の間あたりのようだ。
これなら40分もあれば札幌に到着する。
私はふと横を見る。すると、横にいたはずの老夫婦の姿がない。起きているのは間違いないだろうが、トイレにでも行ったのだろうか?
時期は3月とまだ寒く、朝も早いのでそう考えた私だったが、そうもそれは甘かったようだ。
数分後戻ってきた二人は、なんとも意外な姿だった。
「ほっほっほ。6両とは言えども結構な距離じゃのう」
「えぇ、まったくいい運動ですねぇ、お爺さん」
私が見たのは首にタオルをかけた老夫婦の姿。言葉から察するに先頭車両まで走って戻って来たのだろう。なんとも元気で迷惑な……。
戻って来た二人は、上半身を起こした私に気がついた。
「おやー、起きたのかい? いやー、旅慣れておらんもんでなかなか寝付けんでのー。はっはっは」
「ごめんなさいね。お爺さんは昔から元気だけが取り柄なの」
その言葉に私は『大丈夫です』と答えた。
「はっは、わしらはこれから夕張に行くつもりじゃが、お前さんはどちらに行かれるのかの?」
すかさずお爺さんから飛んできた質問に、私も同じ夕張だと答える。すると、一緒に映画村を回らないかと誘われるが、私は『せっかくの夫婦水入らずですから』と丁重にお断りさせていただいた。
残念そうな顔をされるが、それならばと夕張映画村駅まで一緒する事にした。
札幌駅に着いた私たちは朝食を済ませる。そして、7時ちょうど出発の快速『映画浪漫号』に乗り込んだ。しかしながら、普通の快速列車に映画という単語を入れるあたり、かなりの入れ込みようだ。
札幌駅を定刻に出発した列車はゆっくりと線路を進む。山間を向けて8時45分、終点の夕張映画村駅に到着した。
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