第九話 あなたに彼女を救ってほしい ―鼎自由―

 上野毛ひかりさま。香蓮さまと由蘭さまに触れる資格を持った方。

 わたくしはこの方に全てを託そうと思ったのです。


 *


 今年は日本中どこもかしこも異常気象が謳われているらしく、まだ五月の中旬だというのに東京は真夏日を記録していました。

 私、かなえ自由みゆうは今、汗が止まらなくて困っています。待ち合わせの喫茶店は世間よりひと足もふた足も早く冷房を効かせており、むしろ寒いくらいでしたが、それでも私の頭はかーっと熱く、嫌な汗が額を幾筋も伝って、ブラウスの背中のあたりなどはもうぴっちりと体に張りついています。

 腕時計を見ると、短針がちょうど約束の一時間前である午前十時を指し示していました。これでいいのです。万が一、先方が集合時間を勘違いしていたらと思うと早く来ずにはいられません。私の朝の一時間など大した価値はないのです。相手の方を待たせるより、私が待ったほうがずっといい。だって、本日待ち合わせているのは、私にとって、とても大切なお客様なのですから。

 カランカラン――喫茶店の出入り口には古風なベルがついていて、人の出入りがあるたびに乾いた音が店内に響きます。人間、約束の時間を一時間も早く覚えているなんてことは滅多にないことくらい分かっています。分かっていてなお、私は音が鳴るたびに身構えずにはいられないのです。恐らく、この習性は職業病です。マンションのコンシェルジュなどという仕事をやっていると、まさかと思うことの連続です。時間通りに準備していても、お客様はその通りには動いてくださいません。ですが責任は常にこちら側にあります。それが私たちの仕事です。ゲリラ豪雨に見舞われるのは天気のせいでしょうか? いいえ、傘を持たずに外に出るのがいけないのです。

 カランカラン。

「あの、二人でお願いします。待ち合わせですけど、多分もう一人はまだ来てないです」

「えっ、えっ」

 私は基本的に一度見た人のお顔とお声を忘れません。なので、そのお声がお店の入り口の方から聞こえた時、私はびくっと体を跳ね上げて立ち上がりました。

「かっ、上野毛かみのげ、ひかりさま……!」

「えっ、あれ、まだ一時間前……ですよね?」

 へこ、へこ、と会釈を繰り返していると、そのかわいらしいお顔立ちの女性――上野毛ひかりさまが、私のいる席に近づいてきます。訝しげに時計と私とを見比べながら、どうしてもういるんですか、とお顔に疑問を浮かべています。

「お待たせしてしまうと、その、悪いと思いまして……それに、朝早いんです、私! いつも仕事は早朝から始まるので、お休みの日でも朝五時とかに起きてしまうんです……ふふっ、ふふ!」

「あっ、そうなんですね……なら、よかったです」

 ひかりさまは苦笑いを浮かべて、私の反対側の席にゆっくりと腰を下ろします。そのどこか鈍重なご様子に、私は何かを察して、おずおずと口を開きます。

「あの……お疲れですか?」

「いえ、それほどでも……わざわざ私の家の近くでお店を探してもらって、ありがとうございます」

「その程度のこと、お礼を言われるほどでは……! 私がお話をさせていただきたいと言った手前、このくらいはさせてください! ……ですが、本当にあの、ご無理されているようでしたら……」

 体調第一は基本です。私はあくまでひかりさまの体調を慮っていました。自分のスケジュールなんてどうとでもなります。ですが、

「いいえ、今日話してください!」

 やや食い気味に、ひかりさまはそうお返事されたのでした。

 そして、そうしてしまったことを省みるかのように少し視線を落とされたあと、ひかりさまはため息をひとついて、冷たい水の入ったコップを両手で握りました。その左手の小指にはかわいらしいデザインのピンキーリングがはまっており、おや、先日はつけていなかったな、と思いながら見ていると、ひかりさまはそれに気づいてか、すっと左手の上に右手を重ね、一文字に引き絞っていた唇を緩めました。

「……すみません。正直に言うと、ずっと眠れてないんです。今日のことが、気になって」

「今日のこと……香蓮さまの、ことですね」

「……はい」

 ちょうど一週間前、ひかりさまがとある女性に掴みかかられていた時、私はそのことをつい口走ってしまいました。

 香蓮さまには、ずっとお慕いしている方がおりました――と。それを聞いたひかりさまの、驚きと悲しみの混ざったような表情が瞼の裏にひどく焼きついています。

 あるいは告げるべきではなかった、と今でも思っています。後悔さえしています。けれど私は、どうしてもそれをひかりさまにお伝えせずにはいられなかったのです。

「ひとつ、聞いていいですか?」

 ひかりさまは顔色の悪いなりに、意を決したような目をして私に問いました。

「はい、なんなりと仰ってください」

「……どうして、私に言ったんですか。香蓮が、ずっと、誰かのことを慕っていたって」

「それは……」

 その問いは実際、回答に窮するものでした。何分、私もあの時はほとんど衝動的に口走ったもので、今もどうしてと理由を探す最中にあり、これだという答えを見つけられていません。

 ですが、それを口走った際に思い浮かべていたお顔は確かにあったのです。あるいはそれが、答えなのでした。

「……由蘭さまを、たすけたいのです」

「えっ……由蘭を、たすけたい?」

「はい。その一心で、あのようなことを述べてしまった、としか、今の私には言えず。……あの、ですから」

 そうするに至ってしまった経緯について、私は改めて説明していくしかないのです。それが、もしかしたらひかりさまを大きく傷つけてしまうことになるとしても。

「大変失礼ながら、私と、香蓮さまと、由蘭さまのことを、順を追ってお話させていただけませんか?」

 お願いします、と私はテーブルに額がつきそうなほど頭を下げます。ひかりさまはしばらく黙したままでした。けれど、すぅ、と大きく息を一つ吸い込んだあと、

「……聞かせてください。私も、知りたいんです。香蓮のこと……そして、由蘭のことも」

 怒っているようにも思える声色をして、覚悟の言葉をお述べになりました。

「ありがとうございます」

 私はゆっくりと頭を上げます。声色とは対照的な、恐れに揺れる眼差しがそこにはありました。

 それをしかと受け止め、私は、これまで仕舞い込んできた記憶をそっと紐解いていきます。

「お辛いかもしれませんが、お伝えします。正直に話しますが、言葉は精一杯選びます。香蓮さまと由蘭さまのことを、なるべく齟齬そごなくお伝えできるように全力を尽くします。……ですから、どうか聞いてください」

 ひかりさまは、これからする私の話を、きっと受け止めてくださるでしょう。

 かつて香蓮さまの光であり、そしてこの先、由蘭さまを照らす光にもなれる、貴女ならばきっと。


「香蓮さまが、ずっとお慕いしていたのは…………お姉さまの、由蘭さまです」


 *


 私がこのマンションでコンシェルジュとして働き始めたのは二十三歳の時で、香蓮さまと由蘭さまは中学一年生でした。

 新卒で入ったコンシェルジュサービスの会社で数か月間の研修を経たのち、憧れの制服に身を包んでやってきたのは、政財界の関係者などが多く入居する高級タワーマンションでした。元々高級マンションを専門としている会社ということもあり、それなりの気構えと覚悟を持ってやってはきたものの、新卒のまだ右も左も分からない自分にとっては、そのタワーマンションが実物以上に大きく見えていたものです。どういうわけか新人研修で身の丈以上の高い評価を得た私に対し、同僚たちは当然の結果だと言って背中を押してくれましたが、制服を着ていなければ基本的にポンコツ人間である私に、いわゆるVIPと呼ばれるような方々の生活を果たして支えることができるのかと、当時は不安で仕方がありませんでした。

 その嫌な予感は当たり、私はすぐに困難に直面します。着任後の引継ぎの場で、私は先輩コンシェルジュから一冊の分厚いファイルを手渡されます。過去対応の事例集か何かかと思い、その表紙に視線を落として、書かれていた文字にぎょっと目を剥きます。

 九品くほん様ご対応マニュアル――信じがたいことに、それはたった一世帯分のファイルだったのです。パラパラと捲るページの全てには細かな指示や注意事項がびっしりと書き記されており、まさかこれを記憶する必要があるのか、とおずおずと先輩コンシェルジュに視線をやると、諦めて受け入れろと言わんばかりの首肯が返ってきて、全身の血の気が一斉に引いたのをよく覚えています。

 九品さまご一家は、高層階の角部屋にご入居されている、ご夫婦と双子のお嬢さまがいらっしゃる計四名のご家庭です。旦那さまは代議士としてご活躍中の御身でお忙しく、奥さまは大変教育熱心でいらっしゃり、お嬢さまの香蓮さまと由蘭さまは、いわゆる女子御三家と呼ばれている名門高を目指しておいでとのことでした。

 ご姉妹の通学には専任の運転手がついており、そのご送迎の手配も私たちコンシェルジュの仕事です。今思うと新人に対する洗礼なのでしょうが、私はいきなり九品さまご姉妹の担当を命ぜられ、ひとり冷や汗を垂らしながら目をぐるぐる回して――傍目には冷静に見えていたでしょうが――対応に奔走していました。

「ありがとう」

「はい?」

 その日、私は恐らく由蘭さまに初めて話しかけられました。着任してから数か月が経ったあたりの十月のことです。

 何分、右も左もない中で必死になって仕事をしていたので、私もそのあたりの記憶がなく、もしかしたらそれまでに話しかけられたこともあったのかもしれません。けれど、意識してそのお声を聞き、そのお目を見、そのお姿を視界に収めたのは、その日が初めてだったと思います。

「はい? ってなに? どういたしまして、ではないの? 私はあなたに感謝を述べているのだけれど……?」

「はっ、わ……そ……!」

「わ? そ?」

 由蘭さまは、習い事に向かわれるためのお車にお乗りになる前、気まぐれに私と会話を試みられました。

 あまりに突然のことに、私は頭の中が真っ白になってしまいます。この人の機嫌を損ねたら私はクビになる、なんとかリカバリーしなくては、そんなことを考えれば考えるほどに口はぱくぱくと空気を噛むばかりで、肝心の言葉が出てきません。ポンコツ人間の本領発揮です。

「由蘭、バイオリン遅れるよ」

 先にお車に乗り込んだ香蓮さまが、淡々とした口調で由蘭さまにそう仰られます。それに対し、由蘭さまはつんと唇を尖らせてお返事されます。

「少しくらい大丈夫よ、まだ時間はあるもの。……ね、それよりあなたのその名札の名前、ずっと気になってたの。かなえ、で合ってる?」

「はっ、はいっ、あってますっ!」

「そう。じゃあかなえ、帰ったらお話しましょう? なんでいつもそんなに汗でびっしょりなのか、ずっと気になってたの」

「あっ、あわ、帰ったらっ、ですか?」

「そうよ。他に仕事があっても優先してね」

 中学一年生の由蘭さまは、小学校を上がりたてとは思えないほど大人びた雰囲気を纏い、華奢な体、真っ直ぐな長い黒髪、雪のように白いお肌にまん丸の大きなお目をすっと吊らせて、私を興味の眼差しで見つめました。

「ねぇ由蘭」

「はいはい。香蓮はせっかちね」

 香蓮さまの少し不機嫌なその声色に急かされる形で、由蘭さまもようやくお車に乗り込み、それをもって後部座席のドアが閉まります。

 窓越しにこちらに手を振る由蘭さまの、ほろりと破顔した柔らかな表情と、その奥でつまらなそうに視線を伏せる香蓮さまの対照的なご様子が、今でも鮮明に記憶に残っています。あの頃はお二人とも同じ制服、同じ髪型をしていたので、その表情の差異こそが、双子のお二人の間にあった違いらしい違いでした。


 由蘭さまは、多少わたしをいじって遊ぶような残酷さはあっても、基本的には人当たりがよくてかわいらしいお方でした。冷たそうに見えてしまうのは人見知りだからと、習い事からお帰りになられたその日のラウンジで、私にそう仰ってくださいました。

 対する香蓮さまは、当時は口数が少なく、由蘭さまに比べてクールな印象でした。私とはほとんどお話しになってくださらず、それは人見知りというよりも、単に私には興味がないといったご様子でした。表情をご年齢相応に動かす時があるとすれば、それは由蘭さまとのコミュニケーションに対してのみです。だからなのか――とは言いたくはありませんが――ご両親は、人見知りなりにもコミュニケーションを取ろうとする由蘭さまの方を特に大切にされているきらいがありました。香蓮さまはそういったご両親からの扱いの差を肌に感じていて、だからこそご両親に対して自ら距離を取ってしまったのかもしれません。ご両親が元から由蘭さまをとりわけ大切にされていたのか、香蓮さまのそのご様子ゆえにご両親がそうすることを選んだのか――鶏が先か卵が先かは、今となっては私にも分かりません。

 ただ確かだったのは、ご姉妹の仲は非常に良好だったということです。お二人は塾や習い事にご一緒に通われていましたが、手を繋いでラウンジに現れることもしばしばでした。私には姉妹兄弟がいなかったので、中学生になってもそうし合える存在がいるのは素敵で羨ましいことだなと、密かに尊さに包まれていました。クールな香蓮さまの方が好き好きオーラを出しつつべったりで、由蘭さまがそれに応えつつも時折すげなく接しているところがまた尊く、どんなに辛くてもこの仕事を続けてよかった、と観葉植物の陰でひとりハンカチを涙で濡らしたものでした。

 盤石に見えた姉妹の関係は、しかし、お二人が高校受験を控えた中学三年生の八月頃に突如として瓦解してしまいます。後から聞いた話では、香蓮さまが由蘭さまと同じ高校に通うことを拒否されたことに端を発した不和とのことでした。そこにどんな経緯があったかは分かりません。ただ、香蓮さまの意志は固く、由蘭さまはそんな香蓮さまに心を閉ざし、それ以来、由蘭さまの表情は冷たいままとなってしまいます。それが、ひかりさまもよく知っておられる、今の由蘭さまのお顔です。

 以後、ご両親、特にお母さまと香蓮さまの軋轢は決定的なものとなりました。ラウンジで言い合いになる所を見たのも一度や二度のことではありません。お母さまの制止の言葉も聞かず、香蓮さまは髪を明るく染め、制服を着崩し、お化粧を覚えていきました。その鮮やかなほどの変貌ぶりは、まるでそれまでの窮屈なご自分から脱皮されるかのようでした。複雑な家庭のご事情があってのこと、そこに踏み入って何かを言う資格はコンシェルジュの身分にはありません。ですが私は、そんな香蓮さまのことも素敵だと思っていたのです。


 *


「昔は、由蘭の方が明るくて、香蓮の方が冷たかった……?」

 ひかりさまは、私の話を咀嚼するようにそう仰いました。

「はい。私にはそう見えていました。よく誤解されるのですが、由蘭さまは感受性が豊かで、お話し好きの明るいお方です。普段は飄々と冷たく見えるように振舞ってはいますが、それはあくまであの方が後天的に身につけていったもので、厳しい環境の中でなんとかそのお心を守ろうとして作った、仮面のようなものだと思っています。由蘭さまは本来、とても純粋で、かわいらしいお方なんです」

「そう、ですか……」

 何かを省みて渋るような、そんな眼差しをテーブルの上に落としながら、ひかりさまは小さく言葉を漏らしました。

 一週間前のあの日、由蘭さまとひかりさまの間に何があったかは、私も薄々察しているところです。けれど、その日見たものが、聞いたことが由蘭さまの全てとは思ってほしくはないのです。

「由蘭さまのかわいらしいところと言えば、こんなお話がございます」


 *


 香蓮さま、由蘭さまが高校一年生になる頃には、ご姉妹で一緒のところをお見かけするのは塾の送迎の時くらいになりました。

 今日のように暖かかった五月の日のことです。私はそれなりにコンシェルジュの業務に慣れ、様々な仕事を任せられるようになりました。そうなればなるほど、お二人に接する機会は減っていき、香蓮さまは元より、由蘭さまとも以前ほどにはお話ができなくなっていました。

 そんな折のことです。

「にゃ~」

 出勤前、マンションの裏手を歩いていた私の足元に、一匹の猫ちゃんがすり寄ってきました。

「えっ? あら~どうしたの~?」

 その猫ちゃんには首輪がついておらず、マンションのどこかのご家庭から抜け出してきたというわけでもなさそうでした。そうなると野良猫ちゃんということになるのでしょうが、このコンクリートジャングルのど真ん中の一体どこに猫ちゃんのオアシスがあるのだろう、と私は首を捻ります。

「にゃ~む、ぷるぅ~」

 猫ちゃんは甘えるように鳴きながらごろんとお腹を見せつけ、くねくねと地面に身を擦りつけます。私は実家で猫ちゃんを飼っていたので、ずいぶん人慣れしている子だなとは思いましたが、その時には猫ちゃんのかわいさに癒されるだけ癒されて、あとは特に何も考えずにその場を後にしました。猫ちゃんは物欲しげに目を細め、去っていく私をじっと遠くから見つめていました。

 その日から、マンションの周辺で猫ちゃんが散見されるようになります。それも一匹や二匹ではありません。出勤の際にかわるがわる現れる毛艶のいい野良猫ちゃんたちを前にして、さすがの私もおかしいなと思い始めました。

 誰かがこの辺りで餌付けしているのではないか――そう思ったのは私だけではないようで、コンシェルジュの同僚も、そしてやがてはマンションの住人の方々もそのことに気づいたようでした。猫ちゃんはかわいくて愛らしい素敵な存在ですが、とはいえ野良猫ちゃんがうろつく状況を快く思っていない方もご入居者様の中には多くいらっしゃり、クレームがマンションの管理組合の中で共有されると、コンシェルジュ側にも監視や注意喚起が求められるようになりました。

 ただ、一言に監視といってもできることはほとんどありません。私たちは就業時間中のほとんどをマンションの内部で過ごしますし、そもそもが入居者様ひとりひとりにいちいち疑いの目を向けるなど、ホスピタリティの精神に反します。私たちコンシェルジュは表向きには管理組合側の意向を汲みつつも、あくまで自分たちの職務上の使命の遵守を第一とし、それでも万が一怪しい人を実際に見かけた場合、そうなった時に適宜対応しましょう、という日和見的な姿勢を取るに至りました。無難で賢明な判断です。そもそも私たちは日々業務に追われてそれどころではなかったからです。

 ある日の午後九時頃、遅番勤務を終えてバックヤードに下がろうとした私の目に、ロングのワンピースにキャップを目深に被った由蘭さまのお姿が映ります。だからといって気安く声をかけることなどもできませんから、私は由蘭さまがお元気に過ごされていることを確認して、すぐ裏に下がろうと思いました。

 けれど、由蘭さまはどこか様子がおかしく、きょろきょろと周りを見回すようにしてから、小さなポーチを片手にラウンジを足早に通り過ぎていかれました。まるで人目をはばかるようなそのご様子に、内心まさかとは思いつつも、私はいったんそれを自分の中で見なかったことにしたのです。

 しかし、間の悪いことは続きます。私はその次の遅番の日も、またその次の日も、同じ時間に由蘭さまのお姿を目撃してしまいます。外出自体は何も不思議なことではありませんし、それ自体はいいのですが、どうしたってその挙動が不審で、見ないようにして留めておくのも最早限界でした。

 意を決して、私は由蘭さまのお姿を追うことにします。過ぎたことをしている自覚はありました。例の九品様ご一家のマニュアルにも『深入り厳禁』と記載があります。なのでそれは言わば私の独断専行で、今にして思えばコンシェルジュとしては褒められた行動ではありません。けれど結果的に、私はそうしてよかったのです。

「にゃあ~」

「なむ~」

「ちょ、ちょっと、待たせたのは悪いけれど、順番に並んで、一度には無理よ」

 その背中をこっそり追っていった先で、私は決定的な瞬間を目の当たりにしてしまいます。

 そこはマンションの敷地内にある公園でした。由蘭さまはきょろきょろと周りを窺ったあと、公園の隅にある植え込みの陰に隠れるようにして腰をかがめ、足もとをすりすりと行ったり来たりする猫ちゃん数匹に対し、声をかけたりその背中を撫でたりしました。そうしてから、手にしたポーチの中から『猫ちゃんならみんな大好きな筒状のおやつ』を取り出し、『猫ちゃん好きなら誰しもが聞き覚えのあるあの歌』を口ずさみながら、猫ちゃんらにそれを提供していったのです。

 それは決して犯行現場などではありません。そこにいたのは猫ちゃんが好きで好きで仕方のない、猫ちゃんの魅力に憑りつかれてしまった一人の少女です。そもそも私は地域猫の保護には全面的に賛成の立場です。それに今は業務時間外ですから、ここにいるのはコンシェルジュの鼎ではありません。胸のきゅんきゅんがいつまでも止まらないただの女です。

 しかし、全くベタなことに、私はそこで小枝を踏みしめてしまいます。ぱきっ、という分かりやすい音がしたあと、一人と数匹の視線が一斉にこちらに注がれました。

「誰……!?」

 由蘭さまは猫ちゃんたちを背に隠すようにしながらこちらに声を投げかけました。その様子のあまりに健気なことに、私は涙しながら木陰から姿を現しました。

「わっ……あなた、鼎……? な、泣いてるの……?」

「すっ、すみません、由蘭さまのあまりの尊さと健気さに、この鼎、つい涙がっ」

「えっ……こわ……あの、何しに来たの? まさか、この子たちを……」

 由蘭さまの瞳に敵意が満ちていくのを悟り、私は慌ててかぶりを振ります。

「ちっ、違います! 気になって、追ってしまったところ、偶然! 偶然っ! 見てしまっただけで!」

「…………っ」

 由蘭さまは視線をキャップのつばに隠すようにして、のしのしとこちらに歩みを進めてきました。その気迫に私は後ずさり、先ほどまで隠れていた木に背中を打ちつけます。

 怒られる、首を飛ばされる、そんな想像で頭をいっぱいにしながら、やがて肉迫した由蘭さまに胸元を掴まれ、コンシェルジュ生命終了の予感に気が遠くなっていきます。

「……ないで」

「……ふぇ……あ……?」

「誰にも言わないで……お願い」

 私の意識がそこではっきりとします。

 由蘭さまは怒っていたのではなく、懇願するように、泣きそうな表情を浮かべて、私に縋りついていたのです。

「この子たちは悪くない、悪いのは私だから、お願い、父にも母にもこのことは言わないで……!」

 取り乱したように訴えかけてくる由蘭さまのそのご様子に、私はひどく驚嘆しました。

 そしてすぐ、その誤解を解くために、私は由蘭さまのお手をぎゅっと握りしめました。

「誰にも言いませんし、そしりもしません。むしろいいですっ、全然いいですよ……!」

「えっ……?」

「私も猫ちゃん大好きなんです。最近、出勤前になると色んな子が来てくれて、ご挨拶させてもらって、幸せな気分で仕事を始められるんです」

 その私の言葉を聞いた由蘭さまは、そこに害意のないことが分かり、安堵したように表情を弛緩させて、優しい微笑みを向けてくださいました。

 けれどすぐ、そのかわいらしいお顔を暗く曇らせてしまいます。

「……でも、分かっているわ。私のしていることって……」

「地域猫活動、ですよね?」

「えっ……?」

「そう、これは地域猫活動です。ここにいるのは野良猫ちゃんではなく、地域猫ちゃんです。耳に切り欠きがないのは、まだ準備中だからです。まずはこのあたりにいる猫ちゃんの数を正確に把握しなければいけませんからね」

 由蘭さまが責任感の強いお方であることは、そのお姿を間近で見てきた私だから分かります。ですので、今さら由蘭さまの行為を包み隠そうとしたところで、それは他ならぬ由蘭さまご自身を良心の呵責で苦しめてしまうことになります。ならば、

「一緒に、ちゃんとした方法で猫ちゃんを見守っていきませんか? 私、学生時代に地域猫活動してたんです。私の持っている知識や経験はすべてお伝えしますから、ね?」

 そう言って、もう一度由蘭さまのお手を強く包みます。由蘭さまは一度迷うように視線を泳がせましたが、やがて持ち前の力強さを瞳に取り戻し、私にしっかりと頷き返されました。

「……分かったわ、やってみる。どうか私に力を貸して、鼎」

「ええ、ええっ、勿論です……! この身を塵にしてでも……!」

 地域猫活動は簡単ではありませんでした。住民の理解、不妊手術の実施、ごはん場やトイレの設置と管理、方々ほうぼうとの折衝――由蘭さまはそもそもが学業に多忙なため、使える時間は決して多くはありませんでしたが、それでも持ちうる限りの全てを注ぎ、結果見事、住民や管理組合からの了承を獲得し、地域猫活動を現実のものとされたのです。由蘭さまが高校一年生の夏休みに入られてすぐの、八月の頭のことでした。

 この短期間で結果を手繰り寄せることのできるその胆力は、やはり政治家のお血筋ゆえでしょうか。私たちはマンションの公園のひさしの下、ベンチに座り、お耳が桜型になった猫ちゃんたちを眺めながら缶ジュースで乾杯していました。

「ありがとう、鼎。あなたがいなければ、私はきっと、後ろめたい気持ちでこの子たちと接し続けていたわ」

「いいえ、コンシェルジュの立場ゆえ、私なんて表だったことはほとんどできませんでしたし、これはひとえに由蘭さまの努力でお掴みになられた結果です」

「そんなことない。両親にも話したわ、そしたらあなたのことをとても評価していた。結果的に、私もボランティアの実績ができて親を喜ばせることができたわ。母は香蓮のことで疲れてたみたいだから、いい清涼剤になってくれたならよかった」

 由蘭さまは達成感から頬をほんのりと染め、饒舌にその思いの丈を述べられました。その他にも、学業のこと、私生活のことなど、しばらくお会いできていなかった時間の分を取り戻すかのように矢継ぎ早にお話しになるそのご様子に、ああ、自分にも妹がいたらこんな感じなのかな、と私もほっこりと頬を緩めるばかりでした。

「それでね、鼎」

「はい」

「……ご褒美にキスしてあげるから、目を閉じなさい」

「はい……え?」

「早くしないと気が変わるわよ。唇じゃないから安心して、これは親愛のキス」

 由蘭さまはそう仰って、きりっ、と私を睨みます。急なそのご提案に私はとても冷静ではいられませんでしたが、だからといって由蘭さまのお気持ちを無下にするわけにもいかず、意を決して目蓋を絞り込み、スカートをぎゅっと握り込んでその時を待ちます。

 私のその手に由蘭さまの手が優しく乗って、それから少ししてから、ふ、と触れるような接吻が私の頬をついたのでした。

「……あ、あっ、あっ、ありがとう、ございます……!」

「そんな畏まらないでよ。やったこっちが恥ずかしくなるじゃない」

「はいっ、すみません、すみません……! これはっ、親愛のキスなので、恥ずかしくないですよねっ!」

「すごい汗。……ふふ、鼎って普通にしてたら美人なのに、ちょっと突いただけできゃんきゃん鳴くから本当に面白い。私たち、これからも仲良しでいましょうね」

「きょっ、きょっ、恐悦至極に、存じまふ……!」

 くすくす、と柔らかく微笑む由蘭さまを見て、私も温かな気持ちになって笑い返します。

 年齢の差はあれど、私たちの間に友情の糸がひと筋伝ったのを、私はその時確かに感じました。

 そして同時に、これから何があってもこの方をお傍で見守り続けていこうと、人知れず思いを新たにしたのです。


 *


 いい気分で由蘭さまとの心温まる記憶をひとしきり語ったのち、閉じていた目蓋を開けると、そこにはひかりさまのなじるような眼差しがありました。

「キスしたの?」

 現実に帰ってきた私は顔を青くしてかぶりを振ります。

「ああああっ、いえいえっ! で、ですからっ、親愛の、友情系のやつです……! 恋愛系のものではないですからっ、ほらっ、由蘭さまは頭脳明晰でグローバルなところがありますし……! ね、ね……!?」

「まぁ、別にいいんですけど」

「私なんて、所詮小間使いといいますか、そういうあれですから! 由蘭さまをそのような目で見るなんて、私にはとても、とてもとても……」

 わたわたとろくろを回し続ける私を呆れるような目で見たあと、ひかりさまは僅かにむすっとした表情をして紅茶を口に運ばれました。その様子を見て、私は内心ほっと息をつきます。

「……私に焼きもちをお焼きになるくらいには、由蘭さまのことを憎からず思っていらっしゃる」

「何か言いました?」

「いっ、いいえ!」

 私はあはは、と手をパーにして振り、それをそっとテーブルの上に戻して、水滴を纏ったコップを手にします。

 そして、それを頭上に掲げ、ゆっくりと傾けていき――コップの中の冷水を、頭から浴びました。

「えっ……!?」


 *


 その時は、お水ではなくペットボトルのミルクティーでした。

 頭のてっぺんから、その甘ったるい匂いの液体がたっぷりと注がれて、顔を伝って制服にまで染み渡っていきます。

 私はそれを、黙って視線を下げ、ただただ受け入れていました。

「何も言わないんだ? じゃあ次はコーラかなー、ヘッドスパっぽくて気持ちいいかもよ」

 マンションのラウンジの一角で、私は香蓮さまからのそれを黙々と頂戴していました。

 カウンターにいる同僚たちには見て見ぬふりをさせています。香蓮さまから呼び出された時点で何かを察した私は、業務がストップしてしまわないよう「自分のことは放っておいていい」とメモを残しておいたのです。

「由蘭に取り入っていい気になってる?」

「とんでもございません」

「ほっぺにチューまでさせて? レズ女、ロリコン」

「申し訳ございません」

 頭を深々と下げますと、やがてコーラの甘い匂いと、しゅわしゅわと炭酸の弾ける感覚が頭皮に広がります。香蓮さまの仰る通り、いつか体験したヘッドスパの炭酸シャンプーのような趣がそこにはありました。

 昨日のキスのことを誰かに話したことはありません。由蘭さまもこの件については秘密にしたがっておりました。つまり、香蓮さまは私たちが昨日していたことをその目で見ていたのです。しかし、私が由蘭さまにキスを賜ったのは紛れもない事実で、それに対して香蓮さまが憤られるのも道理です。実のお姉さまが年上の、それも同性の女とそういう行為をしていると知れば――そこには大きな誤解があるにせよ――怒り心頭に発するのも無理のないことです。

 これは報いなのです。由蘭さまに近づき、あろうことか接吻まで受け取ってしまった私の責任です。由蘭さまは少しも悪くありません。なので、私はこれを誰にも打ち明けず、ひとり胸の中に仕舞って耐え忍ぼうと心に決めました。

 しかし、こちらに早足で向かってくる足音がありました。その足音に対し「こちらに来ないで」と念じたものの、足音の主は真っ直ぐこちらへと踵を鳴らして近づいてきます。最早それが誰かなど考えるべくもありませんでした。その方は、私が振り返るよりも早く、

「香蓮っ!」

 ぱぁん――と、香蓮さまの頬に平手を見舞いました。

「いった……は? 何すんの由蘭?」

「香蓮こそ何をしているの? 鼎にこんなことして、許されると思っているの?」

「はっ、誰が誰を許さないって? お母さんに言う? それともお父さん? いいじゃん言えば? いつも通り親になんとかしてもらえばいいじゃん!」

 ぱぁん――もう一度、反対側の頬が強く叩かれます。それまで余裕そうに振舞っていた香蓮さまの目にも、いよいよ怒気が宿っていきます。

「ふざけないで。あなたを許さないのは私よ。それに、いちいち立場の弱い人を苛めるようなことをするあなたに、そんなこと言われたくないわね」

「は? こいつは由蘭とキスした。コンシェルジュなんかの身分で。だから分からせてやってんじゃん。何、もしかしてこの女にマジなの? まさかマザコンこじらせて年上の女にしか発情できなくなりましたぁ?」

「鼎としたのは友達のキスよ。小さい頃はあなたともよくしていたわね、香蓮。それと同じものを鼎にしただけで、どうしてそこまで怒ることがあるの?」

「いや、だからキモいって、つか黙れ、気にしてねーよそんなことは!! 当たり前みたいな顔して言ってるけど、マジそれ普通にキモいからな?」

「そうかしら? レズビアンなのはあなたも同じでしょう? 鼎は優しくてスマートな大人の女性よ。とても包容力があって、頼りになる。か弱い女の子ばかり侍らせて、お山の大将気取ってるあなたには一生縁のない話かもしれないけれど」

「はい? キスくらいで何なの? 大人の女? とっくに知ってるけどそんなの。てか妹にアソコほじらせてたムッツリスケベがどの顔で言ってんの? ねえ鼎さん、こいつね、昔」

「香蓮、いい加減に……っ!」

 え? は? もう頭のしゅわしゅわなどどうでもいいくらいの情報過多で、私は脳の機能を停止させていました。

 姉妹喧嘩自体はいいのです。いやよくないのですが、お二人の間でのこういった言い合い掴み合いをこれまで見てこなかったわけではありません。

 ただ、とにかく、私の頭の中にそれまで聞いたことのない重要な情報が幾つも飛び込んできて、そのことに私は目を白黒とせざるを得ないのです。

 ええと、お二人はもしかして、私と『同じ』……?

「あっ、あの、お二人ともそのくらいにしましょう……! 由蘭さまも、私のことは大丈夫ですから……!」

「……っ、鼎……」

 鼻先で罵り合うお二人の隙間を広げるようにして体を滑り込ませ、お二人をなんとか引き剥がすと、由蘭さまは気まずそうに顔を伏せてしまいます。

 対する香蓮さまは、そんな由蘭さまの様子を見て勝ち誇った表情をしていました。

「あーあ、知られちゃったね由蘭。こうなるとキスの意味も変わってきちゃうね。だって私たち女を好きになっちゃうんだもんね。鼎さんへのキスも、生理前でムラムラしてたからついやっちゃったんじゃないの? 由蘭、昔っから生理前になるとすごいもんね?」

 香蓮さまはよほど切ってはいけないカードを切ったのだと分かります。由蘭さまの表情がみるみる焦りに染まっていきます。

「黙って……! お願い、聞かないで鼎……!」

「いや今さら無理でしょ。ドン引きでしょ。ここで引かなかったらレズってことじゃん、そんな虫のいい話があるわけ」

「私も……ビアンです……」

 おずおずと申し出た私に、お二人は眉を上げ、目を見開き、同じ顔をして動きを止めました。

 長い静寂がラウンジを包んだあと、沈黙を切り裂いたのは、香蓮さまの低い声でした。

「……萎えたわ。マジきも。できてんじゃん、アンタたち」

 ぐったりと肩を落とし、それはまさに戦意を喪失したというご様子でした。

 あるいはその仕草も本心の隠れ蓑だったのかもしれません。どこか物悲しさを秘めた瞳がそこに揺らめいていたことを、私は見逃しませんでした。

「あのっ、本当に、それはないです……!」

「はぁ? なんでそんなことが言えんの? アンタもこっち側の人間なんでしょ?」

「そうです、だからこそ……そこに恋愛の感情がなかったことくらい、はっきりと分かります」

 私は真っ直ぐ香蓮さまの目を見ました。香蓮さまはそんな私を見返して、えっ、と何かが見つかってしまったようなばつの悪い表情を見せたあと、気まずそうに視線を泳がせ、やがて大きなため息をついて項垂れました。

「……やりづら。どうでもいいけど、やるんなら私の見えないところでやってね。鼎さんごめん、あとでクリーニング代請求しといて」

「そんなこと……あっ、香蓮さま……!」

 私の返事を待たず、香蓮さまは頭を掻きながらすたすたと踵を返して去っていかれました。

 残された私たちの間にも、当然のように気まずい雰囲気が流れます。

 由蘭さまに何をどう言って差し上げるのが最善かと砂糖漬けの頭でうんうん考えていると、おもむろに、由蘭さまが口を開きました。

「……香蓮の、私への執着がひどいの」

「え……」

「また今度、話すわ」

 その言葉を最後に、由蘭さまもまた、顔を伏せながら去っていってしまわれます。

 結局、それっきり私たちは話さなくなってしまいます。由蘭さまも香蓮さまも私を避けるようにして過ごされ、そのまま一年の月日が過ぎていきました。


 八月のその日のお昼、私は由蘭さまに呼びつけられ、公園の庇の下のベンチに座っていました。

 一年ぶりにしっかりとお目にかかった由蘭さまは、高校二年生になられ、体つきもだいぶ女性らしくなっておられました。ただ、より一層大人びたそのお顔立ちに、憂いの影が差していました。

「……避けるようになってしまって、ごめんなさい。私も、気持ちの整理がつかなくて……」

「いえ、こうしてお声かけいただいただけで嬉しいです。学業もお忙しいことでしょうし、私なんて、思い出したように会って気分転換に使っていただくくらいでいいのですよ」

「……ふふ。変わらないわね、貴女は……」

「はい、変わらず楽しくお仕事をさせていただいています」

 ふっ、と由蘭さまは儚げな笑みを浮かべられ、それを見る私の胸はきゅっと切なくなります。由蘭さまの笑顔はかつて、もっと咲く花のようなものであっただけに。

「……香蓮の、私に対する執着を、なんとかしたいの」

 そう切り出された由蘭さまに対し、私ができることは、内容の如何に関わらず深刻そうにしないことでした。

 地域猫活動の時もそうでした。二人で力を合わせればなんとかなるだろう、そういう軽やかな気持ちでいることが大事だと思い、私はお話に耳を傾けます。

「はい。私にできることなら何なりとお申しつけください」

「ありがとう。そう、鼎にしかお願いできないことなの。色々考えたのだけど……やっぱり、貴女しか頼れない」

「私にしかできないこと……なんでしょうか?」

「ついてきて」

 そう言うと由蘭さまは立ち上がり、私の手を引いてどこかへと歩いていきます。

 そうして、何処へ行くのかと思えば、公園を出てマンションのラウンジの方へと戻っていきます。頭の上に疑問符を浮かべながら由蘭さまに従って歩いていくうち、

「……由蘭? 私をここで待たせてどういう、つもり……」

 ラウンジの、以前私が香蓮さまより頭から飲み物を頂戴したその場所に、私たちはたどり着いていました。

 そこには香蓮さまが立っていて、由蘭さまと私のことを、怪訝そうに見比べます。私も同じ気持ちで、お二人のお顔をきょろきょろと見比べました。

 しかし、私の少し前に立っていた由蘭さまの表情まではよく見えません。ですから、その時はただただ、香蓮さまのその、何かを察したかのような――あるいはそれに恐怖するかのように――瞠目した表情だけがひどく印象的で。

「貴女がたくさんの女性と交わっているように、私にだってそうなれる人がいるのよ。ね、鼎――」

「え――」

 気づいた時、私は、制服のスカーフを引き寄せられ、唇を奪われていました。

 由蘭さまの、友情のそれとは明らかに異なる、艶めかしく柔らかい感触が口いっぱいに広がっていって――。

 見せつけるような濃厚な接吻が続き、それに身を任せることしかできないでいた私は、永遠とも思える時間のあと、ようやく唇が離れていったのを感じ、引き絞っていた目を少しずつ開けていきます。

 私の目の前に、流し目で香蓮さまのことを見下ろす由蘭さまの顔があり。

 そして、その視線の先に、床に膝をついてぐったりと項垂れる、香蓮さまの姿がありました。


 香蓮さまはそれ以来、無気力になってしまわれました。

 香蓮さまと由蘭さまがお話するところを見る機会は全くなくなり、唯一続いていた学習塾も、香蓮さまは行ったり行かなかったりを繰り返しているようでした。一方、由蘭さまの表情に差していた憂いの影は霧散し、声色は大人びて落ち着いていながらも、以前のように気軽に私にお話しくださるようになりました。私にはそれが、姉妹喧嘩の一線を越えて振り降ろされた、残酷な刃の一振りであったことに気づいていました。由蘭さまは、自らに執着する香蓮さまのことを、私とのキスで無理矢理引き剥がしたのです。香蓮さまが、ずっと――恋愛としての気持ちで、双子の姉である自分に執着していることを知って。


 私にはどうすることもできないまま、お二人は高校二年生の秋を迎えました。十月か、十一月くらいのことです。

「そしたらさ、あの子なんて言ったと思う? いいけど、はい。……って、チョーぶっきらぼうに言ったの! ありえなくない!? そんな子今まで周りにいた!?」

「面白い子ね。名前はなんていうの?」

 私は目を疑いました。香蓮さまと由蘭さまが、お二人揃って会話をしながらご帰宅されたのです。

 中学生の最初の頃のお二人が脳裏に浮かび、思わず泣きそうになってしまいます。ああ、あの激しい姉妹喧嘩はあくまで一過性のものだったのだと、私はほっと胸を撫でおろしました。

 おかえりなさいませ、と私は深々と一礼をします。ご姉妹揃っての凱旋を内心声高にお祝いする気持ちで。

 そして、ほんのちょっとの好奇心で、その仲直り後の会話の一端に耳を傾けました。

「名前は、ひかり! 上野毛ひかり!」

 香蓮さまが高らかに言い放ったお言葉が、ラウンジの高い天井をぐわんぐわんと反響します。

 だからでしょうか。私は会ったこともないそのお方のお名前を、瞬間的ににいたく記憶してしまうのでした。


 ひかり。ひかり。ひかり。

 その日から、香蓮さまのお口からお出になる単語はそればかりになります。それまでの無気力はどこへやら、学校へ行かれるのも楽しそうで、夏頃までひどかったご学友とのゲストルームでの仲良し会も、それ以来きれいさっぱりなくなります。

 香蓮さまはキラキラしていました。まっすぐ前を見つめ、自分がどうやって生きればいいのか、ようやくそのはっきりとした指針を見つけて、それまで閉じこもっていた殻を脱却したようにも見えました。直感的に、あ、香蓮さまは恋をしているのだな、と私は思いました。

 そして、あれ――? とも。香蓮さまはあの日、私と由蘭さまのキスであんなにも狼狽うろたえていましたが、その傷を塞いで余りある素敵な恋を見つけられたなら、それはとても喜ばしいことでした。由蘭さまも、これで晴れて正しく香蓮さまの執着から抜け出せたことになります。

 ですが、香蓮さまのあまりのその切り替えの早さに、私はしてはいけない邪推をしてしまいます。――これは、由蘭さまへの当てつけなのではないかと。

 実際のところまでは分かりませんし、私はそれでもやはり、香蓮さまは本当に、ひかりさまのことを心からお慕いしていたのだと信じています。

 ですが、それがもし、万が一本当に、由蘭さまへの当てつけであったなら。それは的確に、想定通りの機能を果たしたのです。

「……っ、香蓮が、私の知らない気持ちを話してくるの……っ、それが、つらくて……っ」

 由蘭さまは泣いて私に縋りました。そして私に仰いました。人を好きだという感情が分からなくてつらい、香蓮さまが先にそれを手に入れたのが悔しい――と。

 姉妹もなく、平凡な暮らしの中で漫然と生きてきた私に、返せる言葉はありません。政治家のご令嬢として、その大きな期待に十全に応えるため日夜研鑽し、自我を押し殺し、やがて自分の気持ちの真偽さえ判別がつかなくなってしまった少女に、私がどんな言葉をかけてあげられましょう。

 私はただ寄り添い続けるのみでした。由蘭さまは、好きが知りたい、香蓮が憎い、と日々語り、そしていつしか、こう仰られるようになりました。

「上野毛ひかりが欲しい……! そうだ、香蓮がいなくなれば、それも叶うかもしれない……!」


 *


「そして、香蓮さまは本当にお亡くなりになってしまいました」

 記憶を鮮明に呼び起こそうとつい浴びてしまった氷水をハンカチで拭い、私は一度口を噤みます。周囲はざわついていますがそんなことは気にはなりません。それはひかりさまも同じようでした。会話のバトンがご自身に向けられたことを察したひかりさまは、

「あなたじゃダメなの?」

 私の目を見つめ、率直にそうお述べになりました。

 切ない記憶を思い返し、やや感傷的になっていた私とは対照的に、ひかりさまはずっと不機嫌そうに眉をひそめておいでです。

「私では……ダメだったのです。私たちはやはり、恋愛で繋がっている関係ではありませんでした。支えること、埋めることはできても、好きじゃないと繋がれないものがある……違いますか?」

「違いますか、って……」

 私は半ば無意識に、ひかりさまの左手小指のピンキーリングを見ていました。その視線に気づき、ひかりさまはまた左手をさっと右手の中にお隠しになります。

「近頃、由蘭さまのお心がほぐれてきているように思います。ひかりさまとお会いになった日からです。……ひかりさまは、由蘭さまの気持ちに、気づいていないわけではありませんよね?」

「だからって、今までの話を聞いてどう思えっていうんですか……! 結局、由蘭だってあなたを使って香蓮に攻撃した、そのために好きでもない人とキスできるような女のことを、どう信じてあげればいいの? それに、私は由蘭じゃなくて、香蓮のことを――!」

「香蓮さまはもういません! ……ですが、由蘭さまはいます。由蘭さまはひかりさまを必要としていらっしゃいます! ……出過ぎたことを申しますが、ひかりさまはずっと、私と由蘭さまの思い出話を苦々しく聞いていらっしゃいましたね。それは、由蘭さまに少しでもお気持ちがあるからではないのですか……?」

 言った瞬間、ひかりさまが両手に力を込めて身を乗り出してくるのが分かりました。それでも私は平身低頭を貫いて、自分にできることをするしかないのです。

「お願いします! 由蘭さまのお話だけでも、また聞いてくださいませんか。あるいは衝突したっていいのです。香蓮さまに言えなかったことを、由蘭さまにお伝えする形でもいいと私は思うのです。ですから、何卒、何卒……!」


 *


 全部、ばかばかしい。

 由蘭は勝手だ。どんなにこの人が由蘭のことを良く言い繕ったところで、由蘭が私から香蓮を奪おうとした事実は変わらない。

 私が好きだから? 本当に? 香蓮の気持ちを踏みにじるためにこの人を使って、いざ香蓮の気持ちが離れていったらそんな香蓮を妬んで執着して、そんなのに振り回された香蓮がかわいそうだ。

 由蘭は被害者ぶっているが、実際のところ加害者だ。香蓮は由蘭によって変わらざるを得なかったんだ。由蘭がいなければ、香蓮はきっと真っ当に育って、真っ当に人を好きになって、私じゃなく、もっと別の素敵な人と仲良くなって――。

「ひかりさま。お二人は、愛を知らずに育ちました。もうお察しのことかと思いますが、ご家庭は決して温かいものではありませんでした。それは今もそうです。ご両親は、お二人が高校に上がられてすぐ、部屋をお二人に明け渡して、別の場所にお住まいになっているのです。お二人はご両親の愛がない中で、互いに傷つけあうことでしか愛を感じられなかったのかもしれません……」

「そんなの……ずるいじゃないですか。孤独だったら、仕方がなかったら人を傷つけていいんですか。私だったらそんな風にはしない……!」

「お二人は、だからこそひかりさまを好きになったんだと思います! 何にも流されずそこに在り、ただ止まり木のように寄り添っていられるあなたさまのことを……!」

「それを本当の好きだって言えるの? 執着する先が私に変わっただけなんじゃないの?」

「始まりが何であれ、好きという気持ちに貴賤はないのではないでしょうか……!」

「……勝手です。みんな、自分の言いたいことだけ言って。あなたも、由蘭も、みんな……」

 でも。

 ……でも、この人の言う通り、『好き』の根っこにあるものなんて分からない。どうして好きになったか。どうして今も好きなのか。そんなこと全部分からない。

 分からなくて、不安で、知りたくて、気になってしまって仕方がない――それが『好き』だってことなのかもしれない。

 私はまだ、香蓮のことを知りたい。私の根っこに香蓮がいるから、香蓮の気持ちを確かめたくて仕方がない。

 だけど――もしかしたら、同じくらい、私は由蘭のことも知りたいのかも知れない。

 由蘭はムカつくし、許せない。あれだけ頭がよくて美人なのに、どうして私なんかにこだわるのか、どうして香蓮との思い出の残るあの家にまだ住んでいるのか、どうして冷たい自分を装っているのか、どうしてあの時こういうことを何も話してくれなかったのか――私のことが好きなら、どうして。

「…………あって」

「え……?」

「会って、由蘭と話がしたいです」

「ひかりさま……!」

「勘違いしないでください。由蘭を許したわけじゃない。でも、香蓮のことを聞ける人は、もう由蘭しかいないし、あなたの話が本当なら、それを由蘭に伝えて、そこから話せばいいかな、って……」

「ああ、ああ……っ! ええっ、そのくらいでいいと思いますっ! ぜひともっ、ライトな気持ちで、ねっ、全然いいですよ……!」

「はあ……」

 結局、私は鼎に言いくるめられる形で、自分のメッセージアプリのIDと電話番号を書いたメモを手渡した。

 鼎は受け取ったそれを大事そうに手帳に挟むと、「お会計は私が!」と伝票を引ったくり、そのままレジの方へと突き進んでいった。出す出さないの話をすると長引きそうなので、今回は素直に厚意に甘えさせてもらうことにした。


「ご自宅は近いんですか?」

 喫茶店から駅まではすぐだったので、鼎を駅まで見送ることにした、その短い道すがらのこと。

 鼎のその質問に対し、私は返答に窮してしまう。

「……ひかりさま?」

「あ、えっと……実家は、もう少し行ったところです。最近は、友達の家に大体いるので……」

 左手の小指の違和感がずっと拭えない。だったら外せばいいのだけど、亜紗への申し訳なさで、そうすることができない私がいた。

 正直なところ、亜紗の家に帰るか、実家に帰るか、迷ってる。でも、どうせ実家に帰ったところで、その理由を邪推させて、亜紗を余計に心配させてしまうだけだ。なら真っ直ぐ亜紗のアパートに向かえばいいのに、こうして足踏みしてる私がいる。

「あの、お友達って……もしかして、尾山、亜紗さまですか?」

「えっ」

 鼎の口から突然発されたその言葉に私はびっくりして目を見開いた。どうしてこの人が、その名前を知っているの……?

「その、勘違いでしたら、ご放念ください、すみません」

 鼎はぺこぺこと細かい会釈を繰り返した。そうしていると駅はもう目の前で、鼎は「では、また」と言って改札を通り抜けようとした。

 嫌な胸騒ぎがして喉の奥が気持ち悪い。今ここで鼎に聞かなかったら、私はそのまま大事な何かを見落としてしまうような気がして、

「あのっ! どうして亜紗のことを知ってるんですか」

 そう言って、鼎のことを引き留めてしまった。

 鼎は、何かを迷うように少し動きを止めたあと、改札に背を向け、ゆっくりと私の方へと近づいてくる。

 そして、言いにくいことを言う前のような嫌な歯切れの悪さで、その口をもごもごと開いた。

「尾山さまは……その……ちょうど、香蓮さまが元気になられたあたり……なので、高校二年生の十一月ですね……そのあたりから、よくマンションを尋ねてこられていたのです……」

「えっ……そんなの、知らないです」

「そう、なのですね。実は私も、どういった理由で尋ねてこられたのかは分からないのです。ただ、一回や二回のことではありませんでした。私が受付で見た限りでも、三回ほどは……」

「だ、誰に、なんのために?」

「尾山さまの目的は、先ほど申した通り不明で……ただ、誰に会っていたかという点で言えば、そのお相手は、香蓮さまでした」

 その話を聞いた瞬間、言いようのない、焦りのような感情がじりじりとこみ上げてくる。その感情の実体に気づきたくない自分と、すでに実体を悟って酷く苛立っている自分とが、頭の中でせめぎ合って弾けた。

 亜紗が、香蓮に会っていた? それも頻繁に?

 私と香蓮が仲良くなって、よく遊ぶようになっていた、あの秋の頃……?

「基本的に、来客に関しては、ご入居者様が拒めば、その先には進めないようになっています。ですが……尾山さまは、お尋ねになるたび、毎回お部屋に通されていました。香蓮さまがそれを許していたということです。時期的には香蓮さまが落ち着かれていた時でしたので、そういった関係ではないと気には留めずにいたのですが……この前の香蓮さまの三回忌の席で、その尾山さまの姿を見てしまったもので……」

「……まさか、香蓮と亜紗が……っ!?」

「あっ、ひかりさま……!」

 私は亜紗のアパートに向かって駆け出した。こんなこと、電話でもメッセージでも聞けない。直接顔を見て話してもらわないと気が済まない。

 どうして亜紗? どうして香蓮に会いに行ってたの? どうしてそのことを私に隠していたの? どうして由蘭と会った私に、高校の卒業記念で買ったきりつけてなかったこの指輪をつけさせたの?

 なんだ、私だって怖いんじゃないか。亜紗が別の女の方を見てるんじゃないかって思った途端に嫉妬して、執着してるんじゃないか。これじゃあ由蘭と同じだ。これまで私の前に現れた女たちともそう変わらない。自分の手の中から離れていきそうになる、その時になってようやくその大事さに気づいて、縋って、執着して、でもそうなった時にはもう遅くて。

 走って、走って、亜紗のアパートが近づいてきて、階段を駆け上がって。

 息も絶え絶えに、扉に合鍵を差し込み、扉を開けて、転がるように部屋に飛び込んだ。

「亜紗……っ! ……っ、はあ、はあっ……いない……」

 肩で息をしながら、靴を脱いで家に上がる。

 台所に、ラップのかかったお皿が置かれていて、そのかたわらに、かわいい柄の一筆箋が添えられていた。

『亜紗ちゃんはバイトに行ってきます! 食欲なくても食べて元気出すんだぞ♡ 亜紗』

「亜紗……っ!」

 見慣れたはずの親友の手書きの文字が宝物のように思えて、じわっと目頭が熱くなる。

 最近の私はどうかしていた。雅にあんな啖呵を切っておきながら、私のことを想ってくれる人を大事にしてなかったのは、本当は私の方だったんだ。

 この手紙と、私のために作ってくれたご飯がある。私はまだ遅くない。亜紗が帰ってきたら、今日までのありがとうとごめんねをたくさん言おう。そしてまた、笑い合いながら一緒にご飯を食べて、一緒に寝よう。

 急に心が温かい気持ちでいっぱいになって、全身から力が抜けていく。私は戸棚に背中を預け、そのままずるずると、もたれかかるように腰を下ろしていった。

 亜紗が帰ってくるまではこのままでいよう。帰ってきた亜紗に見つけてもらって、心配させて、亜紗の胸の中でいっぱい泣こう。きっと亜紗は、そんな私を許してくれるから――。


 ガコン。

 それは、戸棚の上から四角い缶の箱が落ちてきた音だった。

 箱は落下の衝撃で蓋が飛び、その勢いで、中に入っていたものが外に飛び出していく。

「……?」

 それはスマートフォンだった。二年くらい前の型で、画面にひどいひびが入っている。まるで何か重いものに突き飛ばされてできたかのような、大きくはっきりとした罅だった。

 手帳型のスマホケースはかわいいピンク色をしていて、亜紗のセンスじゃない。でも、なぜだか見覚えがある。私は記憶を手繰り寄せるように、そのスマートフォンを手に取った。

「――あ」

 私の頭の中で幾つもの映像がフラッシュバックする。罅が入る前のそのスマートフォンと、それを握っていた人の手。肌が白くて、指が長くて、女の子らしい楕円形の爪をした――。

「香蓮のスマホが、なんで、亜紗の家に……?」

 瞬間、玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が響く。

 季節外れの五月の真夏日に、部屋はじっとりと嫌な熱をその中に閉じ込めていた。

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