第2話 オレンジピールアーモンドローストガーリックパウダー

 パタリと途絶えた時が動き出す、合体魔法を使った直後どたりと倒れてしまった魔術師アイは────。



「────んンン…………アッ!? ……合体魔法……ここはまだ鏡の中か。魔術の出力を誤った……のか? とにかく生きて」


 久々の合体魔法を出力し痛む重い身体で起き上がり、目やにを取りつつ周辺の状況を確認していく。


 ぼやけた景色もやがて鮮明を取り戻し左を振り向くと、紅い瞳がしゃがみ見つめていた。


「うお、よぉ」


「死ぬの?」


「はは死んでないってぇ」


 あれからどうやら、合体魔法でガミは殲滅した……ようだな。


「出たい」


「寝起きなんだが目まぐるしいな……まぁ、パパッと出るか! ……あ、杖拾ってきてくれ黒兎、あの視力聴力だ記憶してるだろ」


「……うぃ」




▼▼▼

▽▽▽




「よしマジナイをここに刻んで。これでここは俺たちのホームだ」


 アイは爪を無魔法で鋭い切れ味にし青い森の木の一本に刻み込んでいった。


 ∀i


 そしてそのマジナイを鏡の欠片のペンダントに映し記憶させた。


 マジナイは魔術とも違うが魔術師のサインみたいなものだ。魔術師に限らず文字を刻むということは拭き掃除をした鏡のセカイの鍵を作ることと同義であり。


「ホーム?」


「あぁ、まぁ売るけどな」


「こんなに広いのに?」


 緑の地と青い森、晴れ晴れしい天。たしかにこの世界はこんなにしっかりと広い……。


「ん? ……あぁたしかに広いな。遊び足りなかったか?」


 またもいつぞやの左手をスナップさせ兎のジェスチャー。魔術師アイは目を変に見開き黒兎に向かいおどけているようだ。


「…………」


 じっと紅い瞳にノーマルな顔で見つめ返されており。


 これ以上は意味がないと判断したアイはそれをやめ、左手でぐしゃぐしゃとゆっくり金髪をかきむしった。


「まぁ帰ろうぜ腹減った」


「うん」




▼▼▼

▽▽▽




「こちらクエスト達成報酬です」


 ラミラという女神の横顔が彫刻された。


 金貨が2枚。


 銀貨100枚で金貨1枚の価値があり、金銀銅は魔術では生み出せないため通貨として採用されている。もしも偽造でもしてバレたらそれこそこの世から追放だ。……まぁ昔やったことあるんだけどな、ミラー機関の魔術ってのはあなどれない……。金に困りようがない魔術師アイにとってナンセンスなことだったな。


 今回達成したクエストは本来、おおまかに13段階のうちAランクいちばん下だった。俺だってあんな事があってもヤケにはなってない。


 だがどうやって調べたのか……倒した敵の強さ的にMがとりあえずの最高として6番目Fランクだったみたいだな。大はずれ、はは、大当たり。


 合体魔法……師匠には絶対に使うなって言われていたけど命かかってたしな。


「回収した欠片はどうしますか?」


 アイがぼんやりと長すぎる考えに耽り金貨を眺めていると受付の銀髪がきれいな女性職員に問われた。いつものイメージ癖が出てしまったようだ。


 カウンターには返されたあの欠片があり。リングケースならぬミラーケース、開いた洒落た小箱の中にふわりと置かれていた。


 動かせるようになった鏡拭きの成果をアイは持ち帰りクエストセンターに届け報告していたのだ。


「ん、あそだなー。ちょっと考えます」


「そうですか、その際はいつでもお声がけください」


「あぁ! おつかれさん! えっと、サティさん!」


 カウンターに置かれた木箱の口をパチリと閉じ掴んだ。ニッ、と受付のお姉さんに笑顔を見せ。


「はいおつかれさまです望鏡者様」


 銀髪のサティに少し微笑み返されて気分良くクエストセンターを後にした。




▼▼▼

▽▽▽




 どこまでも続く緑地、晴れ晴れしい青い天、適当に部屋からかっぱらって来た木の机と椅子。そして。




「カツカレーだ」


「カツカレー」


「どうだ!」


「……なにが?」


「アレンジ! 知らなかったろ?」


「しってる」


「はははは王道アレンジ! とりあえず俺とお前の勝利のカッタカレーということで」


「……うん勝った」


 時刻はいつまでも変わらぬ青い天の午後4時、勝ち取ったあの場所でカツカレーを食う。


 向かい席の黒兎はダークガーネットの瞳にじっと見つめられる中無言で食して魔術師アイ作り置きの自家製カツカレーの量を減らしていく。


 スプーンを止め、ひとことだけぼそりと発し。


「売るの?」


「うーん、食べてから考える」


 アイはそう言うと、黙々とガツガツと半分まで皿を減らし────何かを振りかけて猛スピードで平らげた。


 席を立ち上がり、緑の地の上ひとつ身体の疲れを解放するように伸ばし。


「思うんだよな。なんでこんなに綺麗な景色にもガミはいるんだろうって」


「しらない」


「よな!」


 のどかな景色ののどかなじかん、突如前触れもなく天に撃った炎。掲げた右手から白煙が上がり。


「魔術師アイの訓練場にでもするか」


 びくりと立てた黒い耳、ノーマルな表情とマッチしないそれを見つけたアイは笑ってしまい。


「うん……広いし」




▼▼▼

▽▽▽




 オレンジピールアーモンドローストガーリックパウダー。


「……は」


「ただのカツカレーは終わり! 魔術師アイの真骨頂ってな!」


 オレンジピールアーモンドローストガーリックパウダー。


 黒兎のカツカレーが半分を切ったときにその魔術師の魔術は発動されてしまった。


 お洒落な透明瓶からチャチャっとルーへと魔法の色はかけられ、料理長の金髪はシメシメと妖しく微笑んでいた。




「……うざ」

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