望鏡の魔術師アイ

山下敬雄

第1話 望鏡の魔術師

 魔術師として望鏡ぼうきょう都市ラミラにやってきたがパーティーから追放されてしまった。


 そこそこのエリートだと思っていたんだが上には上がいる、もちろん師匠には遠く及ばないしそんな事は知っている……新しく入ったロリババァの方が俺の7倍は強いらしい。


「残念だがワタシの方が全属性出力が上だなマイ五のアイよ」


「残念だけどそうみたい……だな……」


 そして本日ロリババァに魔術勝負で負けてしまった。これは言い訳できない。魔術師として純粋な全属性の出力を試す魔術勝負で負けたのだ。


 人差しと中指の手銃から垂れ流した炎、威力の跡である白煙が指から天へとのぼっていく。


 彼方に突っ立つお互いが魔術シールドコーティングした案山子かかしを先に燃やしたのは俺じゃなく────。


 俺の得意な炎属性の魔術勝負は終わり、風、地、氷、水、無、炎。魔術攻撃の基礎となる全てでロリババァに負けた。


 魔術勝負の行われていた緑の地に近付いてきたのは美しい青髪の女性騎士。ぞろぞろと他のパーティーメンバーたちも集まり。


「……決まりだな。アイ、お前は私のパーティーから抜けてもらう」


「どうしても?」


「っヤル気のない死んだ目をこれ以上置いておく必要もない」


「そんな風に思われてたのかよ、ヤル気の塊だぞ俺は?」


「……今まで黙っていた実力はそこそこ買っていたけど、私の想定するパーティーに前衛で戦えない魔術師は2人もいらない。それに魔術師はパーティーの流れを作る攻撃の要それをおまえに……」


「もしものときのサブで」


「この私にもしもは起こらない、後ろが万全ならばな。お前も私の実力は知っているはずだ」


「あ、そだ! 料理毎日作ります」


「けっこうだッ、お前の当番の日の料理は変なスパイスの味が足されている……アレはなんだ? アレも何度もやめろと2人のときにやんわり私は……言ったはずだ!」


「ええ!? 高いんだぞアレ好評だったろ?」


「馬鹿! 料理の事を言えば争いになる、料理の否定すなわち文化生き方の否定、殺しにまで発展することもあるんだぞ? みんな言いたくても言えなかっただけだ!」


「そんなわけ……コムサちがうよな?」


「むさ……」


 ムササビ族のコムサは目を逸らしている。


「イガードお前は旨いって!」


「…………」


 女性用フルプレートアーマーを纏った重騎士イガードは静止、沈黙。


「ロリババァも旨いって!」


「ナ!? だれがロリババァだ馬鹿者!!!! 小僧の料理など口にしたこともない!!」


 ロリババァはロリババァと言われ怒った、枯れ草色のくるりとした前髪、内巻きの毛先にロリババァ特有の年季に抗った若い顔をしていればそれはロリババァである。


「そだったなすまん……ロリババァ」


「また言って!」


「私と……私たちとお前はひどく相性が悪かった、これでわかったな?」


 戦闘でもないのに後ろに束ねた青い髪、青い天のような綺麗な瞳なのに目つきは少し鋭い。


 昨日までは仲間、今は彼女にとって俺は敵に見えているのか。



「……わかった」


「なんだその手は?」


「手切れ金、まぁ渡すも渡さないも自由ってことでお互い円満に的な?」


 差し出した右手は握手ではなく、手の平は天を向き。魔術師アイの暗い瞳は青い天の瞳を見つめ笑っていた。


「……わかった!!」


 これはせめてもの仕返しだ。呆れられようが怒鳴られようが俺が去った後にはそれが残っちまうだろう。新しい魔術師? ロリババァ? ふざけんなよ。そりゃベテランの方がマジックに触れてきた時間もながい出力も強いだろうさ、でもな魔術師ってそれだけじゃねぇ魔術師としてのイメージ構築、将来性なら俺の方が! ……飲み直す! とか言いながら後悔しやがれ!


 彼女ががさごそと取り出した黒紫の巾着袋、その全ての重みが彼へとのしかかった。


 惜しみもしない、俺をパーティーから追放するためには手持ちの金すら。


 思わず受け取ったモノを見つめ唖然とした、だが直ぐに理解し怒りと変わった。


 震える静かな怒り、もう一度彼女の目を見れたかははっきりと覚えてはいない俺は望鏡パーティー【そら】のホームの鏡から抜け出していた。




▼▼▼

▽▽▽




「ちくしょーーーーっ、好きだったのにいいいい」


 あの後地面を見ながら歩いていたら自宅へと戻っていた。少し冷静さを取り戻したけど、また思い返しては俺は叫んでいた。


 ……だって好きな子には嫌がらせしたいものだろう? 嫌われたらなおさら。


 ヤル気のない死んだ目をしていると言われた。気合いを入れて金髪にお洒落したんだが目のことを言われたらもうどうしようもない。


 変哲のない大鏡、その中に映る立ち姿、ダークガーネットの瞳にすっきりとしない長さの金髪。


「さてどうするか」


 大鏡に右手をつき、前傾した自分の顔と睨めっこしながら思考をめぐらし吐き出していく。


「正直今俺は正気じゃない。まさか追放されるなんて……アレのせいか……アレから急に態度が変わったよな……。ちっ、師匠より脆いアイツが悪いんだろ! ……イヤ、師匠がおかしい?」


「と、とにかくこのまま帰るわけにはいかない……帰れない、このままじゃ師匠の顔にも脚にも泥を塗りたくっちまう」


 ……クエストは烏使いの伝書烏が運んでくる。俺は今超絶空いてるフリーだという知らせの手紙をさっき出しておいた、まぁこれでもぉっ? 有名魔術学校の有名魔術師の下で学ぶ人格的にも優れたエリート魔術師……! だれか食いつくだろう。この俺に後ろを任せてもらえるヤツ、ひじょうにラッキーだぜ!




▼▼▼

▽▽▽




 怒りを沈めてベッドに沈み朝は……新しい昼は訪れた。


「そよ風」


『ふぃぃぃぃィィ』


 身支度を済ませたアイは4階の窓を開けて天に向かい風の魔術で静かな高い音を鳴らして、街へと出かけた。


 ミラー機関に望鏡者として認められ与えられた狭い家から飛び出し。


 曇り空の街路をゆく。かちかちと変なリズムで歯を合わせイライラと速歩き。


 誰も食いつかない何故だ?


 やがて人気のない路地裏に入り込み待っていたのは黒い兎、の女。


 情報屋の女だ。ガキだ。


 ピンと前傾させていた長い黒耳は垂れ下がり黒髪へととかし、さらに黒いパーカーのフードを被った。


 アイは青いジーンズから銀貨を1枚取り出し彼女に手渡した。ギンイチ、盗み聞きの情報にはそれだけ払えば十分。


「おい教えろ何故だ」


「……全部きろくされている」


「は?」


「まほう」


「……あ、あーーっロリババァァァァ!!」


「待てよ……そうか風魔術を魔術勝負のときに仕込んでた!? それならバレねぇ……クソロリババァが! それで俺という極上の餌にだれも食い付かねえんだな」


「…………」


「なんか言え!」


「……なんで?」


 きょとんと、息を荒げている男を見上げるガーネットの瞳。


「馬鹿か! 相槌も情報屋の仕事だ、返事は?」


 男は左手を上にぴょこり、軽く前にスナップ、真剣な顔で見つめ兎の真似をしている。


「…………うざ」


「よし良い子だよーしよしよしよしうさうさー」


 妙に近い距離感からパーカーごしの頭を撫で回され情報屋は苦い顔で睨み動かない。魔術師アイはしらず自分を慰めるようにそれを延々と撫で回していた。




▼▼▼

▽▽▽




「ってことでよろしくな」


「……なぜ」


「それはな…………友達がいない!」


「…………」


「よしいくぞ! 大丈夫だおまえもうさぎ族の端くれなら戦える!」


 情報屋なんて言うがこいつはくだらない雑多な情報を集めてるお小遣い稼ぎかなんかだろう。だが、兎族としての能力は高いと見ている。ここまで耳の良いやつを俺は知らないからな……ま兎族自体あんま知らないんだけど……。それに俺はまだ帰るわけにはいかない兎の耳だってギュッとつかんで借りてやる!


「本当にくれる?」


「ん、前金渡したろ? 心配ならマナバンクに預けてきてもいいぞ」


「…………」


「なんか言え!」


「……なぜ?」


「フッ、望鏡パーティーだからさ!」


「…………うざ」


「よしよしよしよしうざかわいいなぁお前はよしよしよしよし」


 またも頭をよしよしと撫で回す金髪に黒兎の情報屋は苦い顔をしつつ。


「これはなに?」


 魔術師アイは情報屋の黒兎に首から下全身を覆うほどのぴっちりとした黒いボディースーツを着るように命じていた。


 その上に黒いパーカーを羽織ろうがお洒落をしようが問題はなかった。


「黒兎専用フルアーマーマナアーマー」


「ふるまーなーなまあーらー?」


「フルアーマーマナアーマー」


「…………うざ」


「なんでだおい!」




▼▼▼

▽▽▽




 ミラー機関から受け取ったクエストを達成しにきた。


 仮の望鏡パーティーを組んだ2人は魔力カーゴと呼ばれる鉄の乗り物に乗りやって来た都市から離れた荒地。


 クエストへの大まかな場所は貰った地図に指示された通り、カーゴの速度を緩め飛び立った黒い烏の背を追いながら。


 2人はカーゴから降り、烏の降り立った荒地付近にキラリと光るもの。


「あった、鏡の欠片だ」


 欠片は小さければ小さいほど中にいるガミも弱いと言われている。まぁ、それだけじゃないんだろうけど詳しい事はまだよく分からないな。


「道案内おつかれぇー、ほらスパイス干し肉だ」


 道案内してくれた借り物の烏に報酬のチップを投げ渡すと器用にくちばしでキャッチし礼も言わずに飛び去っていった。


 地にキラリと煌めく小さな欠片をうかつに触ってはいけない。というか何故だか触ろうが動かせない。思うに……セカイという重みが詰まっているからだろう。


 鏡の欠片のペンダントを持っていれば中へと入れる。望鏡者として認められた物にのみミラー機関から配られる。


 そして、これから行うことは鏡拭きみたいなもんだな。


「じゃ行くぞ! ちゃんと俺につかまれよ黒兎」


「うぃ」


 黒兎はアイに言われていた通りにぎゅっと腹に両腕を回しだきつき。


 俺は魔術師……気力と武器を使った肉弾戦が不得意だ。もしものときは運動性能の良さそうなこいつに頼らせてもらう。まぁ、もしもはないだろぅー準備万端イメージ全開!


 右手に持った鏡と荒野の鏡は互いを映し出した途端に────。




▼▼▼

▽▽▽




 俺の存在はここにいる。そう鏡のセカイ。


 立つ一面は緑の地、青い天は晴れ晴れしい、当たりだ!


「────なにここ」


「ようこそ鏡のセカイへ黒兎!」


「カガミのセカイ……」


 ぎゅっと抱きついていた黒兎は離れ、ガーネットの瞳を凝らし辺りを見回している。パーカーを下し黒耳を立てて警戒している様がうかがえる。




 俺の服装は。


 クラシック魔術師スタイル。


 深緑の長いローブにこのデカい杖だ、チャチじゃないぜ。帽子はイメージの邪魔。逆にイカすだろ?


 さぁ魔術といえばイメージ構築だ。構築はここに入る前に既に済ませている。まぁ維持管理しないといけないからこの古杖ふるつえぐらいの収納スペースが俺には丁度いい。


「なんか森から羽音が来てるッ」


「ガミだ! その調子で耳は立てとけッ、行くぞ見てろ魔術師の戦い方を黒兎!」


「みてるッ」


 遠方に見えていた妖しい青い森から侵入者のアイたちを嗅ぎつけたのか、空を飛ぶ白い虫たちの編隊が。


 魔術師ならば先ずは、用意したマジックをぶっぱなす。


「出てこい、フレイムボール散」


 宙にふわりと浮き出てきたのは西瓜ほどの大きさの赤い球。


 杖で叩き飛ばした! 炎の玉は空彼方へ進み、定点に不意に留まり爆発。乱雑に撒き散らす全方位マシンガンは空飛ぶクワガタなどの白い虫の編隊をデタラメに射撃し焼き堕としていった。


「先走る前衛が居ないならエリート魔術師だってアレンジフル解放だ、そらよっ」


 もう一丁、同じフレイムボール散を杖で弾き飛ばしお見舞いした。


 宙に浮かび定点から2つの炎球はその大きさをすり減らしながら空を制し向かってきた羽虫を殲滅していく。


 近付いてきたイヤな羽音は爆炎に呑まれて失せていき。


「じゃんじゃん出ろ、お次は氷の弓師アイズ」


 アイは古杖に仕込まれていた魔術を惜しみなく解放していく。冷気と白もやを発しながら出力された美しい氷の彫刻アート、氷の弓師アイズ。


「弓矢はたんまりだたのんだ」


 既に彼女の周り地に突き刺さっていた18の矢、その一本引き抜いたアイズは氷の弓につがえて放った。


 見事に炎のあられを抜けた虫のガミを貫き撃ち落とす。


「魔術師アイは炎だけじゃないむしろ氷の方が繊細にアレンジしがいがあるぜ!」


 右手の杖を地に突き立てて余裕の高笑い、用意していた魔術はこの男の思惑通りにガミを効果的に葬っていった。


「下から来てる」


「はははは、ん?」


「んおおお!」


 緑の地が揺れ、突如、天へと貫いた白い紐。


 アイは慌ててステップ揺れる大地と踊りながら回避、勢い突き抜ける白く太いミミズを下手な踊りで避けるが。


「ナァァァ!?」


 魔術師アイのメインウェポンであった古杖が宙に弾かれへし折られてしまい。


「ちょ逃げるな! さっき教えた通り頼んだぞ、黒うさぎ!!」

 

「……うぃ!」


 危機を察していち早く避難していた黒兎が全身をバネにし右手から投げ放った銀色の三日月。


 高速回転し魔術師アイを絡め取ろうとしていた白ミミズを華麗に切り裂いていった。


 美しい軌道を描き、彼女の手の元へと回転を緩めて戻り。


「ひゃああうおお!? よ、よしナイスコントロールよくやった!! ま、まじか、さ、さすが師匠から譲り受けたブーメだ!! 切れ味!!」


 すれすれを掠めた銀色のブーメに肝を冷やしながらもアイは尻餅をついた身体を起き上がらせ。


「また空から来てる」


「視えてるっての!! 来んなァ!」


 人差しと中指、構えた手銃から炎は発射された。放出された熱線は先程よりも距離を詰めてきた宙の敵を撃ち抜き。連射、迎撃に次ぐ迎撃射撃。


「魔術師は全身が武器!! 杖なんて飾りだ!!」

「って多い!!」


「……逃げる」


「……だな!」

 

 杖を失ったならプランは崩壊逃げるべき。一旦立て直すべきだ。とりあえず巻いて何か代わりになる収納スペースがあれば!


 クソこの鏡界は大ハズレかよ! 虫に食われる最後なんて魔術師アイじゃねぇぞ!


 黒兎はブーメを背のホルダーに仕舞い、アイと共に空から迫る虫の大群を背に緊迫の中を走る。


「死ぬの?」


「死ぬかァァァ!!」


「いいかピンチには合体魔法だ」


「……は」


「どの道死ぬんだ俺を信じろ、合体して死ぬか合体せずに死ぬか! どっちがユニークだ? それとも俺を置いて先に逃げたいか!」


「…………ん」


「合体魔法する」


 ガーネットの瞳は並走し彼の目を見据えている。その輝きに曇りはなく、耳もぴょこんと立っている。


「……あぁ合体魔法、しようぜ!!」


 そう力強く答えるとアイは黒兎を両腕にお姫様のように抱きかかえ去り。


 立ち止まって、彼女の身体の深をさぐる秒速のイメージ構築。


「──すげぇ、ははははは一瞬かよ合体魔法はこれでイクぞ!!」


「うん! 魔術師アイぜんぶ捉えた」


「捉えてろ、その視えてるセカイを」


 離した右手の人差し中指。


 天へと向けられた手銃はイメージ構築、出力全開。毛糸玉のように複雑に絡まり合った紅球は解けて。


「いまッ命名、感覚共有ファイア!! だ!!」


 火の矢は飛んで行った。解けていった紅い線は次々と空へと解き放たれ、ぴんと前に立てた黒い耳ガーネットの瞳がロックオンした全てを放物線で描き貫き彩っていく──無数の爆発花火。




 全てをつらぬきスベテを燃やした。


 白い虫ガミの大群は焼け堕ち、合体魔法は空を制す。




「アレンジイメージユニーク、魔術師アイはこうじゃなくっちゃな! 黒兎」


 首に抱きつき左で支える黒兎、白い煙は右から天へ吹き、金を靡かせ立つ男は。




 魔術師アイ。

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