この世界にいること

「いきなり倒れるなよ……大丈夫か?」


 意識が戻ると、ベットに寝かされていた。


「……どうしよおおおおおお!」


 記憶と知識を手に入れた私は思わず叫んだ。エマはやりたい放題、自由奔放かつ能力が人より桁外れ、彼女が歩けば悪党も善人も皆が避ける!エマを知ったことで不安がさらに膨れ上がってきた。


「落ち着け!……ん?人の気配がするな」


 誰だ!とリュカがドアを開けるとディランが立っていた。


「おい!あの鏡を返せっ!」


 落としていった鏡のこと?返しちゃいけないことは私でもわかる。あれは入れ替わったきっかけになる道具。大事に持っていなきゃ!


「返せないわよ。もしかして、とっても高価なものなの?」


「わ、わるいか!?全財産果たして買ったんだ!」


「私を倒すために全財産賭けれるあなたがすごいわ」


 ディランにそう言うと、顔を真っ赤にした。


「おまえさえいなくなれば、『マギ』になれる!」


 私はベットの下にあったブーツを履いて、ゆっくりと立ち上がる。魂をよくも入れ替えたわね!と怒りがフツフツと沸いてくる。


「そんな簡単になれると思ってるの?こんなエマだって、努力はしたと思うわ。天才と呼ばれているけれど、人知れず勉強も特訓もしていたみたいだし……」


 私の中の記憶のエマは天才の名だけでは片付けられない努力を人一倍していたのだった。性格はともかく……誰にも負けたくない!誰かに必要とされたい!そんな彼女のひたむきな心や姿があることを、私だけは理解してあげたい。


 ……まぁ、理解できない部分の方が多いけど。


「努力!?そんな言葉がエマ=トーレスから聞かれるなんて幻聴か!?」


「そもそも魔導具に頼って、魂を抜こうなんて酷いこと考える人が『マギ』にふさわしいとは思えないわ」


「おまえに酷いとか言われたくないんだが!?魔王より魔王らしいエマ=トーレスのくせに人を非難する権利があると思うのか!?鏡を渡さないなら、力ずくだ!」


 私とディランのやり取りを見守っていたリュカが動いた。スッと私の前に守るように立つ。


「やめろ!彼女が言っていることは、間違いじゃない。姑息な真似をしたのはそっちだろう?大人しくここは退け!退かないならオレが相手になろう」

 

 えっ?私はリュカを思わず見た。相手を睨み、圧倒する彼は光を帯び、勇者の力である淡く白い聖なる光を放っている。動揺するディラン。


「勇者が、こんな女を庇うのか!?正気か!?」


「ウワサが色々あることは知っている。だが、今回のことは、おまえに非があるだろう?彼女を傷つけることは許さない」


 さすがに勇者様は敵に回せないと思ったらしいディランは悔しげに顔をゆがめて、また来るからなっ!と背中を見せて、扉をバンッと荒々しく閉めて去っていった。


「あ、あの……助かりました。ありがとうございます」


 私のお礼にクスッとリュカは優しく笑った。


「良いんだよ。君の言ってることは確かに正しい。努力も無しに天才とは呼ばれないし、最年少でマギにもなれない。オレはエマ=トーレスのことを誤解していたのかもしれない」


 いや、ウワサが誤解じゃない部分もありますと思いつつ、私は、リュカの湖面のように澄んだ綺麗なアイスブルーの瞳に囚われていた。


 ……勇者様に恋してはダメ!そう心に言い聞かせる。リュカの笑顔をいつまでも見ていたいなんて思っちゃダメ。私はこの世界の者ではない。元の世界に戻るんだから……。

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