不安な世界で出会う

「誰だよ?げっ……エマ=トレースかよ!」


 私が好きな登場人物の勇者様はあからさまに嫌な顔をした。サラサラとしたダークブラウンの髪に涼し気なアイスブルーの目をしていた彼は小説の記述どおり、かなり綺麗な顔立ちをし、人を惹きつける雰囲気がある。


 かっこいい……と一瞬見惚れたが、それどころじゃなかった!


「あっ!えーーっと、魔王退治に……行きなさいよっ!」


「またそれかよ!?……断る!何度も言うが、オレはのんびりまったりスローライフを堪能して、暮らしたいんだっ!」


「すこーーーしだけ行ってみない?」


「少しってなんだよ!?オレはメエ子と一緒にここに居る!」


 メエ子って、家の前に居た白ヤギのことなのかしら!?……大事にしてるらしい。


 でも、まぁ、そうだよね。私なんかが説得できるわけもない。諦めよう。あっさり帰ろうとすると、勇者様がお、おい!?と声をかけてきた。


「これで終わりなのか?帰るのか!?」


「え?魔王退治へ行きたくないんでしょう?自分がしたくないのにさせられるのは嫌でしょう?」


「えっ、いや、そうだけど、魔王退治をしたいやつがすればいいとは思う。でもエマ=トレースがそんな反応っておかしいだろ!?なんか変なものでも食べたとか?」


 ギクッとしてしまう。


「ほ、ほっといて!」


「いや、ほっときたいけど、気持ち悪すぎる!なんか企んでないよな?」


 気持ち悪いとか酷い言われようである。好きな登場人物の勇者様にそんなこと言われるなんてちょっと悲しい。


「魔王退治に行きたくないことを共感してくるなんておかしい!昨日まで『なにグズグズしてんのよ!魔王くらい、サクッと倒して来なさいよっ!』……って言っていたやつとは別人じゃないか?」


 ダラダラと冷や汗が出てきた。どうしよう。胃が痛くなってきた。


「ん?どうしたんだ?具合悪そうだな。冷たい水でも飲むか?」


 私が黙り込み、下を向いた様子に気遣い、優しく水を差し出してくる私の憧れの勇者様はやっぱりめちゃくちゃ良い人だー。


 そう思ったら、ポタッと差し出されたグラスの中に私の涙が落ちた。


「えっ!?ええええっ!?ホントにどうしたんだよっ!?」


 焦る勇者様。私は涙が止まらなかった。知らない世界は不安で怖くて仕方なかった。

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