第89話 娘 ✕ 刀 ✿対『アリアウルフ』

「「月下小町白雪」いい名前にしたわねぇ! ナイスセンス! 流っ石~私の自慢の娘なだけある♪」


 神聖な光景に皆が感じた『刀』への命の吹込みと命名。

 静かに厳かに―――、そんな周りの雰囲気をまったく無視して、アリアがフリージアの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「御師様! 御師様の何時ものそれに付合っていられる程、私今冷静じゃない。」

 興奮冷めあがらない面持ちで、フリージアがアリアに言う。


― ☘

「うふふ。ならぁフリージアちゃん。その刀……『試して』みる?」


―――ゾクリッと背筋が凍るのを覚えるフリージア。

 だが、敢えて師にそれを聞く。


「誰と? (そんなの決まっている……。)」

「『わ・た・し・と』よ!?」


― ☘

 そう言うとアリアは、腰に付けた直剣エストックと、背中に担いだ曲剣を音速で抜き、形相を変える。


 ✿


「あ~だめねぇ、ダメ。娘だからと言って……極上。堪らないー。」

― ☘

 ペロリと曲剣の刃を舐めずる彼女の『気』にあてられて、エヴァもマーガレットもリンデンもが一瞬気を失うかのような眩暈とふら付きを覚える。


 これが……『アリアウルフ』と、エヴァ達が震えたその瞬間――――!



『――――ギャャキャン!!!』


― ☘

 アリアが『アリアウルフ』の顔を覗かせたと同時に、鞘がまだないその『刀』を瞬時下段に構え、義母に向かって逆袈裟斬りを放つフリージア。


 それを冷たくも妖艶な笑みを浮かべて、『アリアウルフ』は曲剣で軽くいなす。


 いなされた刀を、柄で刃を回し、通ってきた軌道をそのままなぞるように、追撃するフリージア。それを、火照った娼婦のように興奮した表情を浮かべて、再び受け止める『アリアウルフ』。

 

「んー、えいっ♪」

 直剣による『アリアウルフ』の反撃がフリージアを襲う。


『――――キ――ンッ。』

 甲高くも乾いた鉄のぶつかる音が工房に響き渡る。



「フフフフフフ……。」

「グフフフフフ……。」

 フリージアと、何故か一緒になってメイヤーが不敵な笑い声を漏らす。


「ふむ。『刀』は当然として、フリージアちゃんも少しは成長してるね! 合格。」


― ☘

 剣と刀がぶつかったタイミング。

 瞬時に……消えたかのようにフリージアの後ろを取り、曲剣をフリージアの喉元に突き立てている『アリア』が、楽天的で調子がよい何時もの優しい微笑みに戻りフリージアを褒める。



 ✿

― ☘

「えっ? 『影縫い』?」


 『アリアウルフ』が使った瞬時に体を消したその技は、フィオレ以外に使えないと噂され、『 スター に最も近い』とされたスキル『影縫い』――。


 しかも、フィオレ姐さんと同格の範囲に精度……エヴァは、震え驚愕を覚える。


「エヴァちゃんには『影縫い』。びっくりだったかな?」

 アリアがエヴァに優しい声で聴く。


「うん。フィオレ姐さん以外の人が使えるなんて思わなかったー。」

「ん? エヴァちゃんも使えるんでしょ? それと『同じ』よ?」


「ふぇ?」

― ☘

「私の場合は、昔「彼女の更なる進化」の為に「教え返した」のだけどねっ。」


 それはどういう? と、エヴァはその言葉の意味を考えるが、「アリアとフィオレの次元のことだ」と納得をし、終始ゾクゾクしている感覚を楽しんでいるかのような、『歪』な笑みを浮かべて、アリアを見返す。


「いいわねぇ、その顔。そして……マーガレットちゃんもね!」


― ☘

 『アリア』は、エヴァのその表情を見て、舌でぺろりと上唇を舐めながら、死角から矢尻を指と指で挟み投擲で自分を狙っているマーガレットを気配で制して、再び頬を赤めて言う。



「す……すごいですね。母娘で急所をしっかり狙った打ち合いに、それを目で捕えているエヴァさん。そして、瞬時にアリアさんの死角に入り、矢尻を投擲しようと身構えたマーガレットさんも。」


―――虹色の瞳のまま、リンデンが言う。


「これが皆さんの本気の顔。恐ろしい……。」


(いや……お前のその今の顔も、負けず劣らず恐ろしいぜ!?)

 ザコイチは、自分のことには気が付いていないであろうリンデンを見て苦笑う。


 ✿ 


「しかし、どいつもこいつも狂ってやがるな……。」

 メイヤーがこの戦いの後を見て呆れるも、ザコイチにそれを返される。


「あのな……。俺から言わせれば、発注者のフリージア嬢ちゃんの喉元に剣を突付けられてたタイミングで、嬉しそうに笑ってるお前も十分普通じゃないぜ?」


― ☘

「馬鹿野郎! フリージアがどうのなんてどうでもいいんだよ! 俺の『刀』があの『アリアウルフ』の秘剣ハーフムーンとホライゾンに撃ち負けなかったんだぞ? これを喜ばない鍛冶師はいねぇよ! グフフ……。」


「流石は盟友、気持ちは同じ。フフフ……。」

 メイヤーの言葉に同調して喜んでいる、喉元に剣を突き付けられた本人。


 結局は異常で歪なふたりのシンクロの笑いを見て、「どいつもこいつもとは、俺のセリフだよ」と、この中では唯一の『普通?』ザコイチが溜息を付く。


 ◇

― ☘

「でな……刀造りの最後の『スライムと妖精』は何だったんだ?」

 思い出したように、メイヤーがぼそりと言う。


 全員が苦笑いをして、あーだこーだと言い訳をエヴァ達はしたのであったが、メイヤーは終始ジト目が変わらない。

― ☘

 最後はアリアが『アリアウルフ』の顔になり、

「仕方ないわねー、他言無用よぉ? もし話したら『アリアウルフ』の暗殺対象。」

 と、冷たい笑みを浮かべ ”エヴァ達が理解している範囲” で説明をする。



「あーまじかよ……。聞くんじゃなかった。何の特にもならねぇ爆弾だ。」

 と、聞いたはいいが、エヴァ達も良く分かっていない程度の秘密と『アリアウルフ』から命を狙われれるリスクを背負いこみ、肩を落とし嘆くメイヤーであった。



 ✿ ✿ ✿

― ☘

―――『迷宮』ギルド執務室。

 明日に控えた『D級昇格試験』に向けて、職員は確認と準備に忙殺されていた。


(フフフ、今頃、エヴァちゃん達は、フリージアちゃんの新しい武器の完成を祝っているのかな~。アリアさんが珍しく世界樹に入って同行したのが……不安でしょうがないけど。)


 サーシャは、肩をとんとんとんーと叩きながら、彼女達の喜ぶ顔を想像して、思わず笑みを漏らす。


― ☘

(でも、まさか試験予定場所がモンスターの大量発生に見舞われて、冒険者と迷宮探索家フローターで、対応する事態になるなんてね……。代替地が代替地だし……、これは『裏』がありそうね。)


 ルイゼの言っていたギルドに潜らせている『三つ葉』のひとり「赤髪のローズヒップ」に、色目を使いながら自慢そうに指導をしてるセビオを遠目から睨みながら、


― ☘

 サーシャは、『D級昇格試験』の急遽変更となった代替地―――『砂漠』の地域データに目を通すのであった。

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