第88話 刀工「明夜」✿名刀『月下小町白雪』

 メイヤーは不眠不休で一心不乱に刀を打った。


 この『刀』という武器は、4種の異なる部位を焼き回数や、素材バランスで重ね焼き強度切れ味を鍛えていくことから始まる。


 この武器の、特にこの世界でのとなるのだろうが、こと『刀』の出来上がりの質については、この作業が一番それを左右させるのだと、彼女の憧れの人物は言っていたそうだ。


 因みに全体工程はというと、日本の刀造りと比べ、ファンタジー特有の『鍛冶スキル』のアシストや、『魔法』により、多くの工程が省略されるのだが、概ね鉄を叩き重ねるという作業は同じであった。


 ◇

― ☘

 メイヤーは今回、集まった素材を、刀の芯にあたる心金しんがねと、峰側である棟金むねかねは鉄鉱石に比重を置き、側面の側金がわかねにはスケルトンシリーズの骨粉を、各々『黒銀鉱』に混ぜベースの鋼を造った。

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 また、片刃の切る部位である刃金はがねには、『黄金ラミアの鱗』と『黒蛇鱗』のプレートを混ぜ、合計15回もの鍛錬を行っている。


 それらの部位を、重ね・沸かして・鍛接たんせつし、その後も何度も何度も叩いて伸ばし、火を入れ、冷ます作業を休まずに繰り返した。


― ☘

 そして今、最後の焼入れを経て……ついに『刀身』が出来上がったのだ。

 残るは、磨き、つば等の装飾品と、フリージアの手に合わせた柄の取り付け作業である。


 ◇


 ここからフリージアは、剣の使い手として、オーダーメイドを出した客として、持ち手の採寸等を行っていく。そして、手先の器用なリンデンとザコイチが、最後の仕上げまでメイヤーの手伝いを担う。


 別軸世界において、日本のそれと比べることが、そもそもナンセンスなのかもしれない。だが、それでも……日本のそれと見比べても遜色ない出来栄え。

 

 日本の刀造りでは、15日~20日掛かると言われる日数も、こちらの世界でのスキルと魔法により、ここまで5日。


 このことから、その手間は、日本のそれとは、比較にならないことが伺えるが、気持ちと思いは決して負けない熱き魂の研鑽―――。


― ☘

 柄の持ち手最後の結びを、メイヤーはしっかりと、そしてゆっくりと……。

 自分の思いを込めて施し、そして目を閉じる。

 即ちそれは、ここに完成を迎えたことを意味していた。


 ✿

― ☘

 この度のこの5日間、

 『自称:刀匠メイヤー』にとって、渾身・会心の『刀』造り―――。

 それによって完成した『フリージアの為のフリージアの刀』。


 フリージア自身も、単純作業ではあったが、全てに注力し、手を抜くことなく出来ることを手伝った。


 命を預けることが出来るかどうかの一点に関しては、これ以上のない剣である。


― ☘

 『アリアウルフ』は最後の工程まで、瞬きを忘れ見続けていた。

 久方ぶりの『魂』と命の籠った武器の誕生のシーン。


―――だがそれは、まだ、産声が上がっただけだ。

 アリアは、フリージアの後ろに立ち、両手で彼女の両肩を持ち、


「さぁ、フリージアちゃんの子よ。しっかりと持って躾けていらっしゃい!」

 と、大切な『娘』である彼女を、『刀』を持つメイヤーの前まで押す。



「力作だと自負している。確認を頼む―――。」


 メイヤーは、片足を付き刀をフリージアに利き手に合わせて回し、フリージアに差し出す。



 ゴクリッ―――。

 生唾を飲み込み、メイヤー渾身のそれを手にする。


―――――ッッッッ!!!!!?

(何これ!? とんだじゃじゃ馬。……クッ、刀に意思があるような嫌な感覚!)


― ☘

 フリージアがそれを手に持った瞬間に伝わる暴風のような何か。

 従えと言ってくるような刀の圧。


(生意気! お前は私のもの! 従え!)


 蹴落とされそうな圧力を無理やり力で押さえつけるように念じる。


「んー、念だけじゃないのよねー。『気』を張りなさい。そして包み込み屈服させなさい! その剣はそれで従うタイプ。」


― ☘

 師匠からの金言がフリージアの意識を更に集中させる。

 思い出す師匠が話してくれた『意志ある剣』を抑え込んだ物語―――!


(すぅ―― はぁ――――――ッ!!!)


 2つの拍で息を吸い、8つの拍で息を吐き止める。

 上丹田で火を付け、中丹田で気を練り、下丹田で気を留める。


 肩を下げ姿勢を整え、顎を引く。

 そして、声のない声で『気合』を吐く――――ッ!!!


『――――――ッ!!!!!』 


 フリージアを中心として、彼女の吐息で空気が揺れれ、手に持つ刀がカタリカタリと音を成す。

― ☘ 

(一進一退……? いいえ、これは……少し足りないのかもしれない。)


 アリアが見抜くその『刀』との攻防と張り詰めた無空の波動。


 ✿


―――そのときである。

― ☘

 奥歯を噛みしめギリギリと歯ぎしりをして応援をしていたマーガレットの手が光り、『イエロースライム』が、


『きゅぴー』と、飛び出した!!!



 にっこりと笑うフリージアの導きの妖精ナビゲーター『スノウ・ホワイト』。

 そして、スライムに手を差し出し『光』を貰う。


「え? スライムちゃん?」

「フリージアの『スノウ』が……何?」


― ☘

 驚く一同を背に、『スノウ・ホワイト』が光の粉を撒き散らしながら『刀』にその光を一生懸命に顔を「ぎゅううう」として押入れる―――ッ!



『――――――はああああああッ!!!!!』 



 一瞬だけであろうがが、義母であり師匠である『アリアウルフ』に届く『覇気』。


 刀に光が宿る!!!

 ……そして、落ち着いていく無空の波動。


― ☘

「まさかねぇ。見に来たかいがあったかなぁ……。宿意の刀を弟子が服従させる瞬間と……そして―――『神秘の涙クオーツが宿る刀』が生まれる瞬間を見せつけられるなんてね。震えが止まらない……。」


 アリアが震える手でフリージアと『スノウ』の頭を撫でる。


 ◇


 一連の流れを瞬きもせず、息も忘れて見ていたメイヤーが『くはっっ』と時が動き出したかのように息を吐きだし崩れ落ちる。


― ☘

「名を!!! 名を付けたらどうでしょうか!!!」

 目が薄っすらと七色に光り、覚醒したような表情でリンデンがフリージアに叫ぶ。


― ☘

「名前……。月下……うん……。

――――名匠メイヤー漆太刀がひとつ「月下小町白雪」。」



 フリージアがその「名」を読んだ途端、メイヤーの鎖骨の下にある鍛冶師のタトゥーが輝き、刀の刀身が呼応する。

 そして、刻まれるその名前―――。

 ルーン文字ではなく、異国の文字だろうか。



 美しい柾目柄の刀身肌に刻まれた文字は 「月下小町白雪 刀工明夜」

― ☘

 『自称:刀匠メイヤー』は、後世に伝わる「『刀』名工明夜」となり、

 そして、柾目肌稀代の名刀「月下小町白雪」が誕生した瞬間であった。

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