第87話 昇格試験✿と生まれる『刀』

 伝えることは伝えたとフィオレは、

― ☘

「彼のことは、考えておいて。きっと良い『ご褒美』が付いてくるわよ!?」

 と、言い残しカイトと共に帰っていく。


迷宮探索家フローターとしてのアドバイスは、今のエヴァ達には十分なくらい説明してくれた。次はギルド職員として、私の番ね。)


 と、サーシャは4人と向かい合い真剣な顔で言う。


「さて、あなた達が気になっていることの話をしましょうか。」



 『ランカー』になった彼女達が気になっていること、それは当然、D級への昇格であろう。いくら自由が代名詞となりつつある3人娘ですら、昇格するには試験があることを知っている。


 だから、それは試験のことを意味すると直ぐに分かり、3人の顔付きが変わる。

 リンデンは、この彼女達の切換わる瞬間が堪らなく好きだ。この空気が締まる瞬間は、自分の思考をクリアにしてくれる気がするのである。


― ☘

「流石に目付きが変わったわね。今回のD級昇格試験は5日後よ。」


「あら、5日後って急ですわね。定期のタイミングですの?」


「ふふ、定期のタイミングよ。運がいいのか悪いのか……。エヴァちゃんがいるから、運がいい……なのかな?」


 エヴァの『強運』が影響しているのかもしれない、サーシャはそう思いながらエヴァをチラッと見て笑う。


「私の立場としては、それをあなた達が受けるかどうかを確認して、エントリー事務を進めるのだけれど、当然……受けるわよね。」


『もちろん!』

 キラキラと決意と憧れと不安の目を見ながら、


「だよね。それならエントリー処理を後でしましょう。」

 と、サーシャは笑顔を彼女達に向ける。


「んー、それでね。フィオレさんも言っていたじゃない。ランカーへの妬み嫉みっての……、特に若い迷宮探索家フローターが集まるD級昇格への試験では、その不穏な気配ってザラなのよね。」


 と、サーシャは、フィオレ達の会話を前振りにして――、


― ☘

『だからD級昇格試験の会場は「世界樹じゃなく別の場所」で、その「場所」と「内容」は当日まで教えられない。』


 と、4人に伝える。

 当然、試験会場は世界樹じゃないという言葉はエヴァにとって驚きであった。


 たが、その前にあった『不穏な気配』……。

 これが、さっきまでのルイゼ達の話し合いの焦点であり、私達のことを考えての『ザコイチ』なのだなと感じ、不穏への怖さと母達の温かさをエヴァは覚える。



 ✿ ✿ ✿


 フリージアの弟「セナ」「テオ」と簡単に朝食を済ませ、ギルドでD級昇格試験の登録を済ます。


 ロビーでは、昨日のお礼や頑張れと背中を押してくれる先輩迷宮探索家フローター達と、簡単に言葉を交わして第10階層の『メイヤー’S 武器店』に向かう4人。


「メイヤーさん~昨日ぶり~!」

「お、来たね! 1000本ノッククリアとランカーおめでとう!」


「くくくっ……。」

「何よ?」


 メイヤーはフリージアを見て笑い出す。


「いやねっ、リンデンが『ランカー』になったときの、フリージアお前の顔を思い出しちまってね。ハッハハ――。」

「嫌味、むかつく!」


「まぁまぁ、そう言うなって。これを見ろ。」

「これは?」


― ☘

 メイヤーは木の箱の中から銀黒の金属の塊を出す。

 その横には、金色と漆黒色の長さ80cm程の細い棒状のプレートが美しく光る。


「お前の『刀』になる素材達さっ。」


 銀黒の金属は恐らくは、『ちびレム』から落ちた『黒銀鉱』と鉄鉱石を鍛造したものであろう。

 と、いうことは、金色のプレートが『黄金ラミアの鱗』。漆黒色のプレートが『黒蛇鱗』を加工したものなのであろう。


 その美しさに見とれる4人。

 特にリンデンはひとつひとつ手に取り、脳に網膜に刻むように集中して見ている。


― ☘

「わかる……。メイヤーの刀鍛冶師の思いが。この素材から伝わってくる。」


―――ゾクリッ 背中の何かを感じ、フリージアの体温は逆に1度は上昇したのではないかと思えるほど高揚する。


「い……何時完成するの?」

 震えているのであろうか、声が少し上ずるフリージア。


「試験は5日後だったか? そこには間に合わせる!」


「本当!? 試験に間に合うならありがたい。」


「でな、客にこんなこと言うのも何なんだが……。」

 頬をぽりぽりと書きながらメイヤーが言う。


― ☘

「フリージアとリンデン。『刀』製作を手伝わないか?」

「え? よろしいのですか?」


 フリージアより前にリンデンがこの話に飛びつく。


 彼は何処まで行っても、攻撃職というより職人よりの商人である。

 一生でどれだけ拝めるか分からない超レア素材を使った鍛錬を手伝える……、彼にとっては、ある意味でD級昇格試験よりも興味があることだ。


 フリージアは二つ返事なのだろうか……、リンデンは彼女を見る。

 彼女は、『黒銀鉱』の金属の塊をじっと見ている。

 返事はなかった。だが、彼女のその目を見れば誰もがそれは分かった。


 ✿


「あの、その。ザコイチさんは何処に?」

 てっきりここにザコイチが居ると思っていたリンデンは、メイヤーに尋ねる。


― ☘

「あいつ、『祝い』だと言って、朝まで鍛造を手伝ってくれていたんだけどね。ついさっき、カイトから連絡があって飛んで行ったぞ?」


「あ……入れ違いでしたか。恐らくはカイトさんと同じこと……だと思います。」


「ま、また来るだろう。」

 メイヤーはリンデンの背中を叩き笑うと、エヴァとマーガレットを見る。


「それより、エヴァとマーガレット。すまないね、試験の前だって言うのに。」


 少し申し訳ない顔で言うメイヤーに、エヴァ達はにっこりと笑う。

 フリージアの弟達には伝えておくことを伝え、明日も来ることを約束して店を出るふたり。


 余談だが、この後数日、ふたりが行った先が、結局『各階層のラミアの巣』であったのは、本当に御し難い話なのであった。



 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿


― ☘

 そして、別々に行動をして4日が過ぎる―――。


 ザコイチのチーム参加は結局のところ、試験の後に決めることとなり、それまではお守りとして彼も『メイヤー’S 武器店』で武器製作を手伝っていた。


 工房には、フリージアの特別な剣、しかも『刀』の完成が間近であることから、『アリアウルフ』も『メイヤー’S 武器店』に顔を出している。


― ☘

 汗だくのフリージアとリンデン、そしてザコイチが固唾を呑み見守る中

 メイヤーが最後の火入れを終わらし、特別な水で『刀』を冷やしたとき―――。


―――ジュッッッッ

 と、いう冷やされた音が工房に響き渡り、『フリージアの刀身』が産声を上げる。

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