第10話 はぐれグリズリー

 生粋のグリズリー。そう聞いていたのだが、アーサーは思っていたようなクマではなかった。

 聞けば、クマ族の血は一切引いていない──仮に引いていたとしても、おそらくごく僅かだろうとのこと。それでも、表情の端々にバーナードとの血の繋がりを感じるのは、気のせいなどではないだろう。


 アーサーの両親はグリズリーらしい暮らしを望んでいたらしい。

 主に母と共に暮らし、父は度々会いに来る。ドラゴンメイド国民とも他のケモノのクマとも少し違った伝統的なグリズリーの暮らしである。

 アーサーの父母は生まれてきた子熊たちにも伝統的な暮らしを望んでいた。ところが、成長したアーサーは、ひょんなことから少し変わった叔父の存在を知ってしまった。両親がひた隠しにしていた母の弟で、あろうことかシュシュの末裔──つまり人間のクマ族と結ばれ、子供まで生まれているという。

 まだ小さく好奇心の塊だったアーサーは、伝統を捨てた叔父と、人間である叔母、そして自分たちとは違った血を引く従姉に深く興味を抱いた。

 その心を抑えきれずに、両親の目を盗んで遊びに行ってしまったのだ。


「その結果がこれさ」


 そう言ってアーサーはボロボロになったシャツを掴んで見せた。どうやらその服は、アーサーの叔父──つまり、バーナードの祖父が生前に着ていたものらしい。

 祖父のお下がりは何度か貰って着たこともあったらしいのだが、その行為はグリズリーの両親を悲しませ、血を分けた兄弟姉妹からは白い目で見られ、同じ森で暮らす他のグリズリー達からは怖がられてしまったらしい。


「叔父夫婦も亡くなって、従姉のねえさんは旦那さんと共にもっと大きな町へ引っ越してね。私を気にかけてくれるのはバーニーだけになってしまった。だがね、私は服を着る生活を後悔していないよ。そもそもグリズリーってものは、必要最低限しか他者と関わらないものなんだ。群れないのがグリズリーの美徳なのだよ」


 そう語るも、アーサーはどこか寂しそうに見えた。

 私の気のせいかもしれないけれど。


「その……群れないグリズリー達が、なんで町の人たちの捜索を邪魔しているの?」


 と、そこへブルーが物怖じせずに問いかけた。

 無邪気さゆえの度胸が羨ましいやら有難いやら。ともかく、彼の問いかけに、アーサーは快く答えてくれた。


「それはね、彼らに問題が起きているからさ」

「問題……ですか?」


 恐る恐る問い返すと、アーサーは深く頷いた。


「数日前にね、グリズリー達の間でちょっとしたいざこざがあったのだ。野生のケモノの世界では、はぐれオスというものが時折問題を起こすのだが、残念ながらグリズリーの世界でもそういう事がある。身勝手な男が何の罪もない子熊を傷つけ、その父母によって罰せられたのだよ。犯人はもう排除されて安全になったが、問題は被害にあった子熊の容態だ。非常に悪くてね、ブラッドベリーが大量に必要だという話になったらしい。そんな折、町からふらふらやってきたベリー売りのシュシュが事故に遭って動けなくなった。……そういえば、ラズさん、あなたもベリー売りだったね? それなら、グリズリー達が何を望んでいるのか分かるのではないかな?」


 アーサーの話を聞いて、私は冷や汗をかいてしまった。

 分かる。分かってしまう。しかし、とても嫌な話だった。


 ブラッドベリーは、今でこそ人工栽培が当たり前になっているが、もともとはそうではなかった。

 名前の通り、血の味のするベリーで、肉食者にとっては非常食用の代替肉にもなる。そして、ブラッドベリーが生える場所というのが、血が流れた場所──特に生き物が死に絶えた場所なのだ。その亡骸が土にかえり、魂のすべてがドラゴンメイドの夢へと消える際、その場所には必ず大量のブラッドベリーが生まれる。

 複数の先住民たちからその言い伝えを聞いたとある人物が、ブラッドベリーの栽培に成功したのだ。

 グリズリー達も当然、この仕組みは知っているのだろう。だから、つまり──。


「ブラッドベリーがたくさん生まれるのを待っているんですね……」


 息を飲みながらそう言うと、アーサーは静かに肯いた。

 そして、腕を組みながらクマながらも憂鬱そうな目をこちらに向けてきた。


「怖いと思ったことでしょう。けれど、子熊のためだと彼らは信じている。私もそれを止められるほどの力はない。彼らの邪魔をすれば、子熊が助からない。子熊を助けるだけのブラッドベリーも持ち合わせがない」

「……ですが、このままだと町の人たちは武装してグリズリー達に危害を加えるかもしれません。仲間に帰って来て欲しいからです。私もまたその一人です。やっぱり同じベリー売りですから、放っておけません」


 それに、今の話ではっきりしたこともある。

 まだ間に合う。待っているということは、彼──ビヨンはまだ生きているということ。


「あの……そのグリズリーのお子さんかご家族と会うことは出来ませんか?」

「え?」

「私もベリー売りですから。手持ちのベリーでどうにか出来るかもしれません。お子さんの容態次第では、大量のブラッドベリーも必要ないかもしれない」

「うーん……会わせることは不可能じゃない。だが……あまりオススメできないね。まず、彼らはきっとあなたを警戒するだろう。シュシュどころかヒト族……それも開拓民の末裔だからね。つぎに、私はそうではないが、グリズリーの中には迷信深い者も多い。いかに便利だからと言って、言い伝えにないベリーを乱用することが竜母への不敬となると畏れる者もいる。うまく行くだろうか」

「アーサーさんも一緒に説得してみてよ」


 ブルーが言った。


「ボクとラズよりも、同じグリズリーのひとが言った方が説得力あるだろうし」


 そんなブルーの要望に対し、アーサーは低く唸った。クマ族よりもずっとクマらしいその唸り声に内心怯んでしまったが、やがて、彼はこくりと頷いた。


「そうだね。やるだけやってみよう」

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