第4話 トワイライトの村の家族
一日の終わり。
背後からクランのいびきが聞こえてくる中、ベリーランプの明かりを頼りにしながら、私は一日の仕事を片付けていた。
すべての帳簿をつけ終わったら、次にやることが手紙の内容を考えることだ。
宛先はトワイライトの村で待っている家族たち。主に姉のグースとやり取りしているのだが、彼女を介して母や祖母にもその内容は伝わるだろう。
私が元気でやっていることや、タイトルページで起きたこと、そして、私が旅をしている最大の目的でもある兄ブラックにまつわる情報など、伝えておくべきことを文章にうまくまとめなくてはならないのだが……これがなかなか難しい。
せっかちな性分であることは自覚しているのだが、それがどうしても文体に反映されてしまうのだ。
さらに、文章がまとまりきらないうちに、滞在期間中に様々なことが起きてしまう。最低でも仕送りの前──ここを出発するひと月ほどの間にはしっかりと書いて郵便局に預けなくてはならないのだが……と、ため息交じりに窓の外を見ていると、足元からひょっこりとブルーが顔を覗かせてきた。
「どうしたの? 何か悩み事?」
机の上に彼の首の鑑札がこつんと当たる。見上げてくるその鼻先を軽く撫でながら、私は正直に話した。
「手紙の内容を考えていたの」
「ああ、手紙ね。……えっと、手紙ってなんだっけ?」
そう言って、ブルーは首を傾げた。
無理もない。ほんの少し前まで、ブルーはトワイライトの森で普通のオオカミとして暮らしていたのだ。特性として他のオオカミと違って喋ることが出来るだけで、人間の世界で暮らしていたわけではない。ひょんなことから私と出会って、一度はお別れしたものの、人間の世界に興味を持ったことで森を飛び出して追いかけてきてくれたばかりなのだ。
「手紙っていうのはね……ああ、ちょうどいいのがあった。こんな感じに誰かと文字を送り合うことだよ」
そう言って、ブルーに見せたのは、ここタイトルページで受け取った故郷からの手紙だった。
トワイライトの村を出てすぐに訪れるのがこの町だけれど、森を抜けるまでには恐ろしいグリズリーとの遭遇の危険もある。それもあって、姉グースが無事にタイトルページに着いたら連絡が欲しいとタイトルページの郵便局へ手紙を送っていたのだ。
姉からの手紙を見つめ、ブルーはくんくんとその匂いを嗅いだ。そして青い目を輝かせ、オオカミなりの笑顔を私に向けてきた。
「ラズの匂いに混ざって、色んな人の匂いがする。これをトワイライトからここまで運んだ人がいるってこと?」
「そうよ。配達員さんは人間だったり、鳥だったりするのだけれど、いずれも指定された場所まできちんと届けることをお仕事にしているの。時には危険も伴う大変で、とても有難いお仕事なのよ」
「そうなんだ。……それで、この文字をやり取りするんだね。ボクにはやっぱり読めないけれど、これでメッセージを伝えるんだっけ。ボクたちの遠吠えみたいに?」
「そうね……たぶん、遠吠えみたいな感じなんだと思う」
実際のところ、どのくらい共通しているのかは分からないけれど、遠くの誰かに気持ちを伝えるという意味では一緒だろう。
ひとり納得しながら頷く私に、ブルーは尻尾を振りながら問いかけてきた。
「お手紙の相手は誰なの?」
「故郷の家族たちよ。宛先は私の姉さんのグースよ」
「グースさんかぁ。ラズのお姉さんなら、きっと美人なんだろうね」
「そうね。私はともかく姉さんは美人よ」
幻想的な夜が似合う金髪碧眼の姉。栗毛に茶色の目という地味な色合いの私とは全く違うその特徴は、母方の祖父譲りなのだと祖母が言っていた。小さい頃は、姉の神秘的な見た目に憧れたものだった。
「ラズだって美人だよ。いいニオイがするし」
苦笑する私に向かって、ブルーは不思議そうにそう言った。無垢なその視線に微笑みかけ、私は鼻先を撫でながら小声で言った。
「ありがとう、ブルー」
お礼を言ったことで少しは安心したのだろうか、ブルーは気を取り直して机へと視線を向け、犬のように軽く尻尾を振りながら訊ねてきた。
「お手紙の内容はどういう感じなの?」
「主に近況報告よ。タイトルページであったことがメインね。ブルーと一緒に旅をするという報告とか、クランと再会してこととか、それに、兄さんの情報のこともね。ああ、そうそう。今後、どこに向かうつもりなのかとかも書かないと」
「そっか。……えっと、サンセットを経由してミルキーウェイだっけ?」
「うん。売上が目標に達したらだけどね」
予定では一か月の滞在。ブラックの行方が特定できた今、すぐにでも旅立ちたいところだったが、この目標は守らねばならなかった。
旅をしている最大の理由は、家族に連絡も入れずにドラゴンメイドをほっつき歩いている兄ブラックを見つけ出すことなのだが、家計を助けるということも重要だった。父が亡くなり、母が病に倒れ、年老いた祖母と家を守っている姉のためにも、ここを疎かにするわけにはいかなかった。
「お兄さん、見つかるといいね……」
ブルーが少しだけしょんぼりとした声で言った。私は小さな声で、そうね、と言って、ブルーの両頬をわしゃわしゃと撫で続けた。
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