05

 リーズロッテは今朝通った商店街を、ジレとソリアを引き連れて再び歩いていた。


 ジレが背負っているリュックサックと、ソリアが斜め掛けにしている鞄には、一本の〈星屑の湧水〉と二つの〈苞葉ほうようの傷薬〉が入っている。

 これらは、紹介所エシテラシアが迷宮探索の一助となるよう、サービスとして分配しているものだった。


 ジレから「迷宮探索の際の装備選びに付き合ってほしい」という要望があったので、リーズロッテはとある店に向かっていた。

 魔獣は魔法と呼ばれる特殊な力を使うため、迷宮探索者は衣服の上に、魔法に耐性のある特殊な羽織り物を身に着けるのが一般的だった。


 後ろを歩く二人の足音を聞きながら、リーズロッテは道を進んでゆく。


「ここですね」


 やがてリーズロッテは一軒の店の前で足を止め、振り向いた。ジレは、看板を見つめながら口を開く。


「……『ファシアリー』?」

「そうです、防具店ファシアリー。このお店はうちと提携しているので、幾らか安く買うことができるんです。

 それに、丁寧につくられていて着心地もいいんですよ。わたしが今羽織っているフーデッドコートも、ここのものなんです」


「へえ、そうなんだ。着てみるのが楽しみだよ。ソリアもそう思わない?」

「別に思わないな」

「ソリアはかっこいいし、きっと似合うと思うよ!」

「ぼ、僕はかっこよくなんてない!」


 珍しくあたふたとしながら否定するソリアを見て、リーズロッテは(むしろ可愛いな……)と思った。特に言うことはせず、いつものように微笑む。


「それじゃ、入りましょうか」


 そう告げてから、店の扉を開く。かららん、という小気味のいい音が響いた。


「おお、リズちゃんいらっしゃい!」

「ノスさん、こんにちは。いつもお世話になっています」


 三人を笑顔で出迎えてくれたのは、黒い髪の青年――ノスだった。

 歳の頃は二十代後半ほどに見える。浅黒い肌をしており、すらりとした肢体には程よく筋肉が付いていた。


 店内には様々な羽織り物が並んでおり、色彩豊かだった。ジレは興味深そうに、店の中をあちこち見回している。


「今日は、そちらのお二人さんの探索同行かい?」

「はい、そうなんです。そのため、二人に合いそうな装備を幾つか見繕みつくろっていただきたくて」

「勿論構わないよ! どういった種類のものがいいとかある?」

「とのことですが、ジレさんとソリアさん、どうですか?」


 首を傾げたリーズロッテに、ジレはソリアの様子を確認してから、代表するように口を開いた。


「正直どういうのがいいかとか、よくわかっていなくて。なのでもしよければ、リーズロッテさんのおすすめでお願いしたいな」

「なるほど、了解です。予算はどのくらいか聞いてもよろしいですか?」

「予算か……両親が家を出るときに結構お金をくれたから、かなり余裕あると思う」

「わかりました。そうしたら……」


 リーズロッテは再びノスに向き直ると、言葉を紡ぐ。


「既にお金があるようなので、それぞれの階層に合わせたものを随時ずいじ買うよりは、多少高価でも魔法への耐久性が強く、長く使えるものを選んだ方がいいと思います。

〈ユクシアの森〉は地下六階から難易度が上がるので、地下五階まで着られるものがいいですね。地下四階に出現するユクシアガーディアンが強力な結氷けっぴょう魔法を使用するので、結氷属性に幾らか耐性があるものでお願いしたいです」


 すらすらと提案するリーズロッテに、ノスは「なるほど、そうすると……」と言いながら、店の中を少しばかり移動する。


 やがてノスは、一つのハンガーラックの前で立ち止まった。そこには、綺麗な銀色のボタンが印象的なコートがずらりと掛けられている。

 ノスはそのうちの一着を手に取ると、ジレとソリアに見えるように掲げた。


「これはどう? 結氷属性に耐性があるし、何と言っても魔力回復の魔術が付与されているのがポイント! 少しずつではあるけど、着ているだけで使った魔力が元通りになっていくって訳さ」

「ああ、よさそうですね。お二人、どうでしょう? デザインの好みもあると思いますし、忌憚きたんない意見を言っていただいて構いませんよ」


 リーズロッテの言葉に、ノスは「緊張しちゃうなあ」と笑う。

 コートを確認していたジレが、嬉しそうに口を開いた。


「すごく素敵だと思います! スタイリッシュな感じでいいですね。ソリアはどう?」

「僕は別に何でもいい」

「……とのことなので、よければこちらでお願いします!」


 ジレの言葉に、ノスは「了解だ、褒めてくれてありがとな」と笑顔を浮かべた。

 それから思い出したように、ハンガーラックの方に視線をやる。


「色が幾つかあるんだけど、どれがいいとかあるかい? 特に性能は変わらんから、お好みの奴を選んでくれ。今あるのは……白、紅、緑、黒だな」

「そうなんですね。そうしたら俺は、緑がいいです。ソリアはどう?」

「僕は別にどれでもいい」

「ああ、そうなの? 確かソリアって赤系の色が好きだったよね、そうしたら紅にしよっか」


 ソリアは無表情のまま、こくりと頷いた。


「了解だ、そうしたら身体に合いそうなサイズを試着してみよう。向こうに鏡があるから、その前でやろうか。お二人さん、ついてきてくれ」

「はい!」


 掛けてあるコートを幾つか手に持って歩き出すノスに、ジレ、ソリアの順番で付いていく。


 リーズロッテはその光景を見守ってから、売られている羽織り物を眺め始めた。

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