04

「さて、それでは軽く迷宮の説明をさせていただきます。今回探索するのは、〈ユクシアの森〉――俗に言う第一迷宮です。

 この迷宮は地下十三階まであり、既に踏破とうはされています。出没する魔獣もそこまで強力ではなく、初級魔術を使いこなせれば地下五階までは余裕で探索できる……そう言われています。しかし」


 リーズロッテはそこで一拍置いて、ジレとソリアを藍色の双眸そうぼうで順番に見据みすえた。


「第一迷宮で死亡する迷宮探索者の数は、決して少なくありません。この迷宮が最も低い難易度であるとされているのにも関わらず、です。

 迷宮は、決して人間に優しい場所ではない……そのことを、どうか心に留めておいてください」


 緊張した面持ちで頷いたジレと、つまらなさそうに聞いているソリアを交互に見つめながら、リーズロッテはそっと微笑んだ。


「ですが、過度に怖がる必要はありません。お二人を危険から守るために、そして探索の喜びを知っていただくために、同行魔術師――わたしたちは存在しています。そのため、お気軽に信頼を置いていただけると嬉しいです」


 そう説明してから、リーズロッテは用意しておいた二枚の紙を、ジレとソリアにそれぞれ渡す。その内容に、ジレはほのかに目を見張った。


「……地図?」


 その言葉に、リーズロッテは「そうです」と頷いた。


「今回の迷宮探索における行動範囲は、〈ユクシアの森〉の地下一階のみなので、その場所に関する地図です。迷宮は場所による景色の違いが余りないので、ちょっとした目印になりそうなポイントを記載してあります。

 表面は地図ですが、裏面には出没する魔獣や探索の心得などお役立ち情報が満載まんさい! うちの紹介所特製なんですよ」


 にこやかに言うリーズロッテに、ジレとソリアは裏面を眺め始める。


「わあ、すっごく綺麗な字で書かれてる」

「ありがとうございます。うちで一番字が綺麗と評判の同行魔術師、トルテスさんが書いてくれました」


「載ってる魔獣、スライムとスイーティスライムしかいないんだが」

「地下一階はスライムとスイーティスライムしか出没しないんですよ。ちなみにスイーティスライムはレアなので、ほぼスライムしかいませんね」


「『二つの「ほ」を忘れるな』……?」

「迷宮探索において欠かせないとされる二つのアイテム、〈苞葉ほうようの傷薬〉と〈星屑の湧水〉の頭文字を取った心得ですね。前者は怪我の治療に、後者は魔力と水分の補給に必要です」


「何でケーキ屋の情報まで書いてあるんだ?」

「スイーティスライムは甘いものが好きなので、出会いたい方はケーキを持参するのがおすすめなんです。というのは建前で、推しのケーキ屋を布教したいわたしが駄々をこねて載せて貰いました」


 二人の質問にすらすらと答えながら、リーズロッテは筆記具を手で優雅ゆうがに回した。

 質問が終わると同時に、彼女は筆記具の動きを止める。


「では、そちらの地図は肌身離さず持っていてくださいね。ああ、それと、今回の迷宮探索において絶対に守っていただきたいことが一つあります」

「守ること?」


 ジレは首を傾げる。リーズロッテは真剣な表情を浮かべて、言葉を紡いだ。


「わたしの元を離れない、ということです」


 その言葉に、ソリアが面倒くさそうに口を開く。


「……地下一階は、スライムみたいな雑魚魔獣しか出ないんだろう? 別に、お前の元を離れたって平気だと思うが」


 リーズロッテは、ソリアを見据えた。

 藍色の双眸は強い信念を孕んでいて、ソリアは驚いたように眉をひそめる。


「確かに、スライムはかなり脅威きょういの低い魔獣です。けれど、既にご存知かと思われますが、迷宮には魔獣の他にも罠というものが存在しています。今この瞬間にも、新しい罠が迷宮のどこかで生じている可能性があるんです。

 ……先程もお伝えしましたが、第一迷宮で死亡する迷宮探索者は決して少なくない。些細ささいな油断が命の危険に繋がると、どうかご理解ください」


 リーズロッテの真面目な言葉に、ソリアは不機嫌そうに俯いた。

 そんな弟の様子に、ジレは困ったように笑った。


「ほら、ソリア。リーズロッテさんは、君のことを心配してくれているんだよ」

「十七年も生きてるのに恋人の一人もできたことがない兄さんは黙ってろ」

「ゴハアッ!」


 ジレは叫び声を上げて机に突っ伏した。


 ――おお、全く関係ないところから傷をえぐられているな……


 可哀想だなと思って、リーズロッテは微笑む。


「ジレさんはお顔立ちも整っていますし、言動から優しさが伝わってきますし、これから素敵な方が見つかると思いますよ。そんなに将来を悲観なさらないでください」

「うう、ありがとう、リーズロッテさん……」


 のろのろと顔を上げたジレに、リーズロッテはこくりと頷いた。

 そんな兄の様子を、ソリアは横目で見る。


「万年いい人止まり」

「ゴハアッ!」


 再び放たれたソリアの弾丸のような言葉に、ジレは胸を押さえてまた突っ伏す。


 ――おいおい、何だこの兄弟……


 そう思いながら、リーズロッテは「お二人は仲がよろしいんですね」という完全に社交辞令の言葉を発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る