第15話 新たな出会い
逃げるように探索者ギルドを飛び出した僕は、ちょっとだけ眠そうなポチを抱いて帰路に着く。
「それにしても……まさか初日からいきなり五十五万も稼ぐとは思わなかったなあ……。そりゃあ誰もが探索者になりたいわけだよ」
探索者は選ばれた覚醒者のみが就ける職業。
動画配信者が、子供のなりたい職業ランキングに上がった時のように、覚醒者という存在が現れてから探索者を目指す子供があとを絶たない。
機材さえ揃えられれば始められる動画配信者や、道具さえ揃えれば目指せるスポーツ選手と違って、探索者には生まれながらの才能が必要になる。
別の言い方をすれば——運命、だろうか。
その運命に選ばれなかった者は、いくら体を鍛えようと、知識を身に付けようと意味がない。結局のところ、探索者にもっとも必要なものが【スキル】であるかぎり。
それに、覚醒者になった途端、これまでの常識を逸脱した能力を得る。
ひ弱な子供が、覚醒者になった途端にムキムキの外国人を素手で殴り倒した——なんて話、いまじゃ平然と起こりうる。
恐らく覚醒者として目覚めた僕も、覚醒者以外の人と殴り合えば簡単に勝てるだろう。それだけの身体能力が身に付いているはずだ。
ゆえに、探索者にはかなり厳しい罰則が存在する。
「くぅ~ん……」
いろいろ考えていると、胸元でポチが鳴いた。
視線を下に落としてポチの顔を見ると、スキルの影響でなにを考えているのかなんとなくわかった。
くすりと笑ってポチに声をかける。
「どうした、ポチ。お腹がすいたのか? そうだね……今日はポチのおかげでものすごくお金を稼げたから、なにか美味しいものを作ってあげるよ? 定番だと……やっぱりステーキとか寿司になるのかな?」
ポチはモンスターだ。人間と同じ食事を食べても問題ない。極論、その辺の雑草や木の実だって平然と食べられる。
だが、モンスターだって生き物に変わりはない。人間と同じように好き嫌いがあって、美味しいものとまずいものを分ける。
それでいうと、ポチの好物は肉類。嫌いなものは野菜類だったりする。
まんま子供のような内容だが、事実、ポチは僕の胸元にすっぽり納まるくらいのサイズだ。子犬なんだから、まだまだ野菜の美味しさなんてわからないよね。
胸中で「ステーキ……? なにそれ?」といった風に首を傾げるポチの頭を優しく撫でると、ここは寿司よりステーキだよね、と結論を出してポチに教えてあげる。
「とっても美味しいお肉のことだよ。昨日食べた小さな肉なんて目じゃないくらい大きいから、ポチもきっと気に入ると思う」
「——わんっ!? はふはふっ」
大きい、という単語を聞いてポチの瞳が輝いた。
ポチはモンスターだからかかなり食べる。明らかにその体のサイズに見合わないほど食べる。だからだろう。
サイズはなによりも気になるところだった。無意識にポチの口元から涎が垂れる。
ぜんぶ僕の腕に落ちてるからやめてほしいなあ……。
「はやく、はやく!」と、今度は僕の顔を舐めはじめたポチに急かされて、急いで最寄りの駅周辺まで向かった。
帰りももちろん歩きである。
▼
二駅分の距離を二度にわたって歩く。
自宅に帰るまえに駅前のスーパーで買い物を済ませ、外で待たせているポチと合流とした。
群がる人たちをなんとか振り切り、二人で自宅に帰る。
リビングの中で、ステーキが楽しみでしょうがないポチが忙しくなく走りまわる。その様子を眺めながら肉を焼き、食いしん坊さんとその日の夕食をともにした。
風呂にも入り、ダンジョン探索とさまざまな騒動で疲れきった体をベッドで癒す。
日曜日はゆっくりと休んで、すぐに月曜日がやってくる。
さすがに多くの探索者が騒いだあとで、連続して探索者ギルドに行く気は起きなかった。日曜日は、ポチとテレビでも見ながら自室で遊んだ。
一日くつろぐことができたためか、月曜日の朝はすっきりとした目覚めを迎える。
が。
「…………ポチ……」
相変わらずポチが、僕の顔の上でぐったりと寝ていた。
スライムみたいにぐでっと伸びた体を鷲掴み、すぐ隣へそっと置く。
「なんでわざわざ僕の顔の上で寝るかなあ……。面白いの、それ?」
ぼやきながらもベッドから起き上がる。
背筋を伸ばし、欠伸を噛み殺して浴室のほうへと向かった。
顔を洗い、タオルで拭いてからキッチンで朝食を作る。
匂いに誘われたポチが、元気よくリビングへと入ってきた。僕はフライパンを片手に挨拶する。
「おはようポチ。すぐできるから待っててね」
「わふっ」
了解、と言わんばかりに鳴いてから、テレビがあるほうへとポチが消えた。
それを確認してから料理の続きをする。
完成した朝食をテーブルに並べると、テレビをつけてポチと一緒に朝食を食べる。
朝から物騒なニュースを何件か目にして、朝食を食べ終えるなり歯を磨き登校の準備を行う。
クローゼットに入れてある制服に袖を通すと、教科書などが入った鞄を片手に玄関へと向かった。
テレビはつけっぱなしだ。電気代はかかるが、ポチが暇だと可哀想なので。
それに、お金はポチのおかげでかなり潤ったしね。これくらいしてもバチは当たるまい。
そう思いながら靴を履いて鍵を手にすると、寂しそうに尻尾を揺らすポチの頭を撫でてから扉を開けた。
「ごめんねポチ。いってきます。なるべく早く帰ってくるから」
「くぅ~ん……わん!」
わかった、とポチが言ってくれたような気がした。
笑みを浮かべて扉を閉める。しっかり鍵をかけると、僕は今日も学校へ向かった。
▼
片道十五分程度の通学路を歩いて校門をくぐる。
行き交う生徒たちの波に合わせて靴を履き替えると、ポチのことを考えながら教室へ向かう。
階段をあがり、二階の廊下を歩く。
すると、その途中で背後から声をかけられた。
知らない女生徒の声だった。
「あ、やっぱりあの時の人だ」
「——ちょ、ちょっと茜……!?」
「?」
なんとなく気になって足を止める。
振り返り、仲良く並ぶ黒髪と赤髪の少女を見つめた。
——誰だろう。
視線がたしかに合わさった。
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