第13話 55万円……⁉︎

 【換金所】の男性職員にボスの魔石を渡した途端、ざわざわと室内が騒がしくなった。


 何かまずいことでもやってしまったのかと不安が脳裏を過ぎるが、謝罪の言葉より先に男性職員が再び声を出す。


「……き、君、これ……まさかその子犬と一緒に倒して拾ってきたのかい?」


「え? あ、はい……そうですけど……」


 事実なので肯定する。


 その瞬間、さらに室内が沸いた。近くにいた探索者と思われる者たちが、次々とひそひそ声で会話を始める。


「お、おい、聞いたかいまの!? 登録したばかりの駆け出し探索者が、初日からいきなりボスの魔石を持ち込んだらしいぞ!」


「いや、さすがに嘘だろ。一層のボスでも普通に強いぞ?」


「実際に魔石を持ち運んだなら間違いねぇだろ! しかもあの男、ペットを連れているって話だし、聞いてるかぎり例のテイマーじゃね?」


「テイマーって……あの超が付くほどレアなスキル持ちのこと? 日本人で他に持ってる人っていたっけ?」


「俺は知らん」


「俺も」


「つまり……日本人で最初のテイマーってことか!?」


「しかも、初日からいきなりボスを倒せるくらい強いらしいぞ。ヤバイな。期待の新星ってやつだ……!」


「……………」


 声、デカイよ……。


 覚醒したことによる影響かどうかは知らないが、向こうからしたらひそひそ声でも十分に僕の耳に届く。内容はすべて筒抜けだった。


 けれど、その中に僕もびっくりする内容が含まれていた。




 ——日本人テイマーで最初のひとり目がボク……? マジで?




 これにはいくらなんでも動揺を隠せない。


 覚醒者は、世界規模でいまもなおその存在が多く確認されている。年々、スキルに目覚める者は増えているらしい。


 その中で、少なくとも日本人の人口のおよそ三割をしめると言われる覚醒者の中に、十年経ってはじめてテイムスキルを持った人間が現れた。


 無知な僕でもわかる。——これはアカンやつだと。


 なるべくこの噂に釣られて寄ってくる人たちとは、仲良くしたくないなあ……。


 いや、別に噂を信じて近付いてくる人が嫌いなわけじゃない。僕を囲んで、ギラギラと暑苦しい視線を向けてくる彼らのような人たちが苦手なのだ。


 これが異性からの視線だけならまだしも、ヤ○ザや大昔の遺物、世紀末で生きているかのような人たちに見られると……普通に怖いし変な汗をかいてしまう。




 下手すると換金中にも声をかけられかねないと思った僕は、先ほどからペラペラとひとり語りをはじめた男性職員の声を遮って、早々に換金を終わらせることを決めた。


「いやあ、私もこの仕事をはじめて二年ほど経ちますが、お兄さんみたいに初日からボスの魔石を持ってきた人なんて初めてみましたよ。もしかすると世界でも初めての——」


「あの、すみません」


「——え? あ、はい」


「換金をお願いします。できるだけ、早く」


「あー……畏まりました。少々お待ちください」


 男性職員が僕の後ろへ視線を送って事情を察してくれる。


 やや残念そうに笑ってから、魔石の鑑定をはじめた。


 ものの五分ほどで査定が終わる。


「たいへんお待たせしました。こちらの魔石すべてを五十五万円で買い取らせていただきます」


「——ご、五十!?」


 いきなり飛び出してきた金額に目が点になる。


 探索者ってそこまで儲かる仕事なのか、と強い衝撃を受けた。けれど、男性職員はさも当然のように答える。


「はい。ボスモンスターの魔石は他の魔石に比べ、魔力の供給がスムーズかつ長持ちするんですよ。これひとつでどれだけのエネルギーを負担できることか……。なので、こちらの金額になります。よろしいでしょうか?」


「……は、はい。よろしくお願いします……」


「では探索者証明書の情報をもとにお金を振り込みますので、もう少々お待ちください」


 そう言って男性職員がパソコンをカタカタと操作する。


 探索者の登録時には、銀行の口座も登録できる。情報はすでに渡しているので、金銭の振込みなどを担当する部署へ連絡を入れているのだろう。


 しばらくすると、プリントアウトした一枚の紙を手渡してきた。


「こちらが魔石の買取証明書になります。振り込まれるまでは決して紛失しないようご注意ください」


「わかりました。ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 互いにぺこりと頭を下げてその場から離れる。


 当然、探索者たちが押し寄せてきそうになっていたので、僕は急いで彼らを無視して探索者協会から飛び出した。


 今日は、帰ってからいろいろと考える必要がある。
















 透が探索者協会から姿を消すと、コンタクトを取ろうとしていた複数の探索者が残念そうに肩を落とした。


 その様子を遠巻きに眺めていた二人の少女が、ひそひそと携帯電話を片手に話す。


「いまの人……なんだか凄かったね。大きな声で話してたから聞こえたけど、登録初日で一層のボスモンスターを倒したらしいよ」


「みたいだね〜。それに、ネットでもテイマー現る! って有名らしいよ?」


「……あ、ほんとだ。すごーい……同じ駆け出しでも、ずいぶんと差を付けられちゃったね、茜」


「ふふーん。私たちは私たちのペースで強くなればいいもん。ただ……」


「ただ?」


「あのワンちゃん……めちゃくちゃ可愛かった!」


「たしかに」

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