第12話 大事になった

「……指輪だね」


 ボスモンスターからドロップしたと思われる、キレイな銀緑のリングを拾う。


「ダンジョンで手に入ったってことは、これがニュースとかで出てくる【魔法道具マジックアイテム】ってやつかな?」


 まじまじと指輪を見つめる。


 探索者になったばかりなので、当然ながら初めて見た。


 見てくれはなんの変哲もないただの指輪だが、魔法道具には、外見からは想像すらできないほどの力が秘められているらしい。


 すでに持ち出されたものだと、


 空間が拡張された折り畳み式のテント。

 一軒屋すら入ってしまう異次元の収納袋。

 バチバチと雷を放つ剣。


 ——などが存在する。


 中でも装備できるタイプの魔法道具は、基本的に戦闘に向いたものが多く重宝されるとか。滅多に出ないので価値も相当に高いらしい。


 この指輪がどんな能力を秘めているかで、僕のいまの生活環境すら一変する可能性が……。




「——ないな」




 いくらなんでも第一層のボスが落とすドロップ品が、そこまで高値で売れるとは思えない。


 脳裏に浮かんだ淡い希望を振り払う。


 舌をべろん、と出して「ハァハァ」鼻息の荒いポチを抱っこした。例のごとく顔をぺろぺろ舐めてくる。


 それを無視して、僕はポチとともにボスが守っていた最奥の扉へと近付いた。


 その扉は、入り口と同じデザインだ。


 ——手抜きかよ、と思いながらもその扉を開けると、眼前に新たなフロアへ通ずる階段が現れる。


「ここを下りると次の二層に行けるのか……。たしか、テレビの情報によると次の階層へ入るまえにがあるはずだけど……」


 呟きながらもポチとともに階段を下りていく。


 ものの一分ほどで平坦な通路に出た。その一本道をさらに一分ほど歩くと、不自然にひらけたエリアに足を踏み入れる。


 ——まさかもう二層に着いた?


 そう思った僕の視界に、しかし目当てのものが映ってホッと安堵の息を漏らす。




 それは、五メートルを超える巨大なクリスタル。


 謎の装置の上を浮遊するそのクリスタルは、聞いた話によると【転移クリスタル】と呼ばれるダンジョンの機能の一部だそうだ。


 持ち運ぶことはできないが、クリスタルに触れることで魔力を吸収され、個人の魔力パターンとやらを自動で記憶してくれるという。


 実は一層の手前、探索者協会からダンジョンに降りてすぐの場所にもこの巨大クリスタルが置いてある。


 どんな力が働いているのか、登録した者が次にこのクリスタルに触れると、魔力を消費して自動で一層の手前のクリスタルに転移できる。


 手前のクリスタルから一度記憶したクリスタルへ飛ぶこともできるため、決して毎回まいかい何層もの長い道のりを超える必要はない。


 逆に言うと、このクリスタルに触れずに先に進むとあとで帰るのが大変になる。まあ、帰りの途中で登録すればいいんだが。


「よかった……。ちゃんとここにも転移クリスタルがあるんだな。これですぐに地上へ戻れるよ、ポチ」


 舐め飽きたポチが、もの珍しそうにクリスタルを眺めていたのでそう説明する。


 ポチはよくわからないのか首を傾げた。


 僕は、「よしよし。いま見せてやるからちょっと待ってろ」と言って、片手でポチを抱きしめたままもう片方の手でクリスタルに触れた。


 すると、クリスタルの表面に青色の線が浮かび上がる。その線は、僕の手元から伸びていた。


 ——なんだろう? これ。


 次第に線は上から薄く消えていき、最後には僕の手元付近の線ごとすべて消えた。その後、大きくクリスタルが発光する。


 これでもう記憶とやらは済んだのかな? と思った僕は、ドキドキする気持ちを抑えながら再びクリスタルに触れる。そして、クリスタルがさらなる光を放ち——。


 あまりの眩しさに瞼を閉じていた僕が、次に瞼を開けたとき……そこは、一層手前のクリスタルの前だった。二層のクリスタルと置いてある位置が違うので間違いない。


 その証拠に、振り返って一分ほど歩くと、地上へ続く階段が見えた。これも一層から二層へ移動する時のものとは若干異なるため間違いないだろう。


 抱きしめていたポチも体の一部として認識されたのか、一緒に転移されていてホッとする。


 そのままポチを抱えたまま地上へ上がると、異世界から現実に戻ってきたかのような安心感を覚えた。


 次いで僕は、すぐに自宅へ帰るのではなく探索者協会の一階、別室にある【換金所】へと向かった。


 そこで、本日の成果である魔石をお金に換金してもらう。




 ▼




 足早に周りの視線を無視して換金所に入る。


 他にも何名かの探索者が換金を行っているが、受付の数が多いのですぐに僕の順番がやってきた。


 営業スマイルを浮かべた男性職員に探索者の証明たるカードを提示する。


 機械を通して僕の情報を確認した職員に、続けて、ポチが狩りまくったスライムやらゴブリンやらの魔石を渡した。


 最後にボスモンスターの少し大きな魔石を目のまえのテーブルに置くと、それを見た職員が衝撃に声を失う。


 …………アレ? もしかしてなにかまずいことでもしちゃった? と思った矢先、固まっていた職員が今度は震えながら小さな声で尋ねた。




「こ、これは……ボスモンスターの魔石!? まさか……新人が、初日にいきなりソロでボスモンスターを倒したっていうのか!?」


 男の声を聞いて、ざわざわと換金所の空気が変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る