第11話 ポチのスキル

 ボスエリアの前の扉を開けると、ずいぶん大きなモンスターが立っていた。


 形容するなら、先ほど戦った【ゴブリン】の巨大版。同じように緑色の皮膚に腰布、しかし手にはしっかりと大きな斧を持っている。


「……もしかして、ゴブリンの王様? それともこれまで倒したゴブリンのお父さんだったりします?」


 返事が返ってこないとわかっていながら、僕は目のまえの巨人にそう尋ねた。


 もちろん返事は返ってこない。代わりに、ボスモンスターの視線が鋭さを増したように見える。


 もし本当にこれまで倒したゴブリンたちの親玉だとしたら、すでに三匹以上のゴブリンがポチによる被害を受けた。もうこの世にはいない。


 それを思うと、僕を睨む相手の意図も理解できる。……が、あくまで戦いゴブリンを倒したのはポチだ。ポチに責任を押し付けるような形になるのはアレだが、そこまで僕が悪いとは思えない。なので、そんな目で見ないでください。


 ……え? ペットの責任は飼い主が負うべき?


 まったくもってその通り。一言もボスモンスターは喋っていないが、無言の圧をそうだと受け取る。


「わふわふ! わんっ!」


「ん。ごめんごめん、ポチ。結構強そうだからビビッてた。ポチのほうは平気なの?」


 僕がいつまで経ってもその場から動こうとしないのを見て、しびれを切らしたポチにズボンを噛まれ引っ張られる。


 苦笑しつつポチに言い訳をしてから、覚悟を決めてエリアの中に足を踏みいれた。


 すると、待ってましたと言わんばかりにボスモンスターが動き出す。




「グォオオオオオオオ————!!」




 やる気に満ちた雄叫びがエリア内に響く。


 あまりの声量に咄嗟に耳を塞いだが、それでもびりびりと激しい音圧が僕の聴覚を刺激した。


 さすがはボスモンスター。叫びからして道中の雑魚とは違うらしい。


 ひとしきり叫び終えると、じろりとボスモンスターの視線が再びこちらに向く。斧を振り上げて走る。


「——ポチッ!」


 咄嗟にポチの名前を呼ぶ。


「わんっ!」


 ポチは「まかせろ!」とばかりに吠え、直進してくるボスモンスターに合わせて地面を蹴った。自分より数十倍はデカい標的に向かってポチが駆ける。


 非常に心配になる絵面だが、僕はもうよく知っている。ポチが自分より大きな敵をらくらく倒してきたことを。


 今度もそうであることを祈り、ぶつかる二匹を黙って見守った。


 そして、影が重なる。


 振り下ろされた斧。それをポチは俊敏な動きでかわすと、一足で相手の懐にはいり爪を振るう。鋭い一撃が、ボスモンスターの体を大きく刻んだ。


「……い、いまのは……!?」


 あきらかにボスモンスターが負った傷は、ポチのその小さな前足に見合ったものじゃない。巨大な図体に深々と、それも三割ほどが引き裂かれている。


 ボスモンスターが自らの爪で掻き毟らないかぎり、あそこまで大きな爪痕はできないだろう。ということは、答えはひとつ。


「ポチが持つ……スキルか?」


 超常的な現象のすべては【スキル】による影響。僕の【テイム】スキルだって、科学的に証明することができない奇跡だ。自分の爪の何倍もの斬撃? を放つスキルがあったっておかしくはない。


 犬っぽくない凶悪なスキルだが、そもそもポチは、外見は犬でもモンスター。そこに突っ込むのは野暮だろう。


 いまは何より、ポチがスキルを使えていたことのほうがびっくりだ。


 道中ではそんな素振り一切見せなかったのに。


 しいて言うなら、ゴブリンを倒したときに爪で攻撃してたくらい。


「ワオ————ン!」


 ポチが甲高い雄叫びをあげた。まるで狼みたいな雄姿に、可愛いがカッコイイで埋め尽くされる。


 そして、一方のボスモンスターは、力こそ強いが速度の面でポチに敵わない。スキルで腕力差も埋められるとなると、勝敗は明白だった。




 三十分にもおよぶ激闘。それを制したのは……ドヤ顔を浮かべるポチ。


 案の定ボスモンスターの血にまみれたポチが、尻尾を激しく揺らしてこちらに突撃してきた。


 それを避けながらも、僕はポチのあまりの強さに心からの賞賛を送る。


「ポチ最強! ポチ無敵! ガチチートだよポチ!」


「わふわふっ!」


 僕からの大絶賛にしまりのない顔でポチが吠える。


 先ほどまではあれだけカッコよかったのに、戦闘が終わるなりもう可愛いモードだ。


 てっきりボスモンスターには苦戦、ないし勝てないと思っていたが、それでもポチは圧倒してしまった。


 さすがはレアスキル。世の中にいるボク以外のテイマーもこんな感じなのかな?


 主人より強いペット。子犬に守られる男子高校生……。




 やっぱりちょっとだけ、不安があるかもしれない。


 そう思いながらも、倒れたボスモンスターのほうへ視線を移す。ちょうど、ボスモンスターの肉体が霧散するところだった。


 亡骸の下には、これまでで一番大きな魔石が落ちていた。さらに、そのそばには……。




「? なんだこれ……指輪?」


 銀色に緑色の宝石をあしらった、小さなリングも落ちていた。

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