妻と共演したテレビ番組に、浮気相手が...
萬賢(よろずけん)
よろず賢ー短編集ー
穏やかな春風が頬を撫で、僕は空に舞い落ちる桜の花をぼんやりと見上げた。
「うん?」と妻の真優が急に足を止めた僕のほうに振り返った。
「ああ、ごめん」、僕は歩き出して彼女のへ早足で追いつく。腕を組んできて、真優は聞く。
「なになに? ”桜の妖精“でも思い出した?」
いや、と答えると真優は口を尖らせた。
「桜って記憶がある花よね」
「うん、ゲームのセーブポイントみたいな?」
足下に落ちていく花びらを見て僕がそう言うと、
「そう、でもゲームと違うのは記憶が自ら、主人の未練、心残しをリマインドしてくれる、あたしはそう思うの」
何も言わずにいると、真優は続ける。
「とは言っても、この年頃になって桜を見ても皺の数を心配するだけよ、あたし」
真優は手の甲で口を覆ってふふふと笑った。「あら、白髪の数が増えたじゃないのあなた」
「そろそろ白髪染めデビューかな」
僕も笑った。
タイムラグが生じたように、で?何を思い出したの?と、真優は聞いてきたが、僕はなんでもないと答え、真優の手をつないで撮影現場に向かう。
今日は「夫婦コンビタレント」として、大御所のテレビスタジオにて、3本連続、番組の撮影が控えている。
元々から夫婦コンビではなかった。むしろピン芸人といって、一人漫才や一人コンとをやって注目を浴びてきた。好運にも大学を中退し、漫才コンテストに優勝したことが契機にブレイクした。その後、何本ものレギュラー番組を持ち、世にも珍しいスムーズな出世で、とにもかくにも僕は順風満帆な道のりで、40代後半を迎えた。
夫婦で、というのは、プロデューサーの懇願だった。どうやらタレントで大学時代から付き合って結婚して、今だに続く良好な夫婦関係がとても稀のようで、面白がられやすいそうだ。家まで乗り込んできて、禿げた後頭部を見せてくれたのでさすがに、僕も真優も断ることができなかった。
そして、ちょうどいま、僕と妻は例の後頭部の眩しさに目を細めていた。
「今日もよろしくねーおしどり夫婦さん」
「あぁ、はい」
楽屋へと移動する途中で振り返ったら、まだ光っていた。
「ちょっと、悠人……行くわよ、もう、ふふ」
「真優も笑ってんじゃん」
「でもすごいよね、彼の予想通りになったんだから」
「え?」
「私たちのこと」
国民的婦――僕と真優は、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
ファンの間では、自分の旦那を、僕と比べたり、真優の優しさと賢さを羨んで自分の妻に白目を向く視聴者までいた。でも、多くのみんなは「お二人はまるで前世から決まっているような運命めいたカップル。きっと、二人の間では何一つ、汚点ないだろう」と妄想するものが多い。
僕は、そんな理想に答えたいが、まだ僕の中ではどうしても拭えない後ろめたさがあるのも事実である。
「どうしたの、ぱっとしないわね。桜のせいかしら」
女優ミラーの前に座って、スタッフの化粧を施されながら真優は、半ば無理に顔を僕に向けた。
「いや、なんでもない。ところで、今日のテーマなんだっけ」
「これよ、あなた見てないのね台本」
僕は台本に書いてある内容を機械的に読み上げた。
いい夫婦の秘密(あれば)、円満な家庭の条件、家事など仕事分けのルール、二人の馴れそめ。それらのテーマに沿って想定される司会者の質問に、答えてほしい答えまで、用意周到。
夫婦というものは、こんなにも教科書的だったとは僕は知らなかった。
「お待たせしました、本日のゲストは真島夫婦です、ようこそ真島悠人アンド、真島真優!」
司会者の呼び込みとゲストの拍手と同調するように扉が開く。同時に、僕は自分の中のスイッチをオンにした。僕は真優と手をしっかりと繋いで、華やかなスタジオの階段を降りていって、用意されているピンクのソファに座った。
ちょっと待って、と僕はソファから飛び跳ねた。
「なんだこのハート型のソファ、ハードモードにするんじゃねえ」
僕的に、まあまあ滑って、こめかみに汗が滲むけど、ハハハと効果音のような大勢の笑いを誘ったことに安堵し、ハート型のそれに座った。
「いつまでも新婚みたいにラブラブなお二人だから、ぴったりよぉ、ねえ?」
司会がゲストの反応を煽るように会場を見渡す。スポットライトが眩しくて顔の表情まで見とれないが、ゲストはみんな頷いたのが伝わる。真優もつられて、幸せそうに手の甲で口を覆って笑った。
僕は座って質問を答える構えをする。長年の経験で、どんな捻くれた質問でも、笑いを挟むように答える自信はある。用意しなくても、いや、正確に言えば僕が質問の的を外しても、真優は保険の役割を果たし、ちゃんと答えてくれる。僕は笑いを誘い、彼女はその隙間を見抜いて、意表をつくような名言を放つ。このバランスが、ブレイクの理由でもあると僕は考察した。
「夫婦の関係を保つのは、感謝だとあたしは思います。この人、ふざけているように見えますけど、あたしが何か家事を終わらせると、ちゃんと感謝をしてくれます。皆さん信じますか? 寝る前に、そういえば今日倉庫を綺麗にしてくれたね、ありがとう、とか言うんです。こんなごつい見た目だけれど。それがね、とても心地よくて、もっとやってあげたいと妻として思うのです」
真優は言い終え、僕に微笑みをかけた。
なんとも言えない照れくささが会場を包む。「あら、本当ですか悠人さん、楽屋が隣だから収録後に待ってますよ」と司会者。
「行かないよ! というか気持ち悪い顔をするんじゃない。まあ、結婚が視野にあれば話が別だけど」
と後半、僕が司会の変顔を真似た。二人して人差し指を擦って、目も口も精一杯歪めた。会場が笑い声に覆われて、遠くに光る後頭部が自分の膝を叩いていた。
「そっちの趣味もあるの?」と真優が乗ってきた。
「あると言ったら、たまにお尻の掃除に行かせてくれる?」と僕は真剣な眼差しでギャグを挟む。
「うーん、仕方ないわね、でも君が浮気をしても別にいいのよ、もうこんな年だから」
浮気というワードを聞いて、ちょっと心が痛む。
いい夫婦がテーマで、浮気という爆弾が降り注いで会場がシーンと構える。唾を飲むものもいるだろう。
「話がそこで終わると、まるで僕が浮気をしそうな人になっちゃわないか」と僕が咎めると、真優は静かに、魔性のある声で語り始める。
「最近思ったことですけど、例え相手が浮気をして自分から離れていっても、その人はあたしの敵にならないと思います。人が些細なきっかけで、変わるのはとても自然なことです。嫌になる気持ちも分かります。裏切られると、まるでこの人に尽くした自分がバカみたいとか、青春を、時間を返せよ、と言いたくなります」
ここまで言って、すこし間を置いた。
マイクがまるで彼女の声しか拾わないように、会場が、彼女の声に引き込まれていった。そして続ける。
「でもね、楽しかった過去、愛し合った過去があるのも事実です。そのために、変わることを無理にコントロールしようとせず、変わる前提で、大切な人の今日を大切にする。というのが大事だとあたしは思います」
だから、と真優が僕に意味ありげに見る。「いいのよ、あたし」
「おおおっと、これはこれはまさか悠人さん、お前」
と司会者が何かを煽ろうとしたとき、一人の女性が立ち上がった。
「真島悠人さん、あたしのこと、覚えていますか」
聞いたことがあるような声。
僕は本能的に逃げたくなる。
すると、番組の効果なのか、会場のスポットライトが一気に彼女に集中した。モヤっとした彼女のシルエットが、正体が、光によって露わになり、僕は彼女の顔を見た。 隣で、おそらくマイクを渡した犯人であろう光る後頭部が、にやっと歯を見せてきた。
僕は固まった。
彼女のことをよく知っている。それはそうだ、僕が深く、深く傷つけた初恋の女性。 岡田成美。
二十年以上会っていないのに、まだ華奢で、綺麗なままで、僕がよく夢に見る姿とちっとも変わっていない。
「大丈夫? 途中から石みたいになっちゃって」
楽屋で真優が心配そうに、僕の隣に座った。頭が真っ白になったので、ほぼ覚えていない。話を聞くとどうやら一時的に収録を中止したらしい。
「大丈夫、心配ありがとう」
「そう? なら良かった」
「何も、聞かないの」
「何を?」
「いいえ」
僕はプロデューサーに謝ってくると、真優に嘘をついて外を出た。
表に出たら僕は囲まれた。群衆を掻き分けて、僕は一人の姿を求める。息が切れて、僕の体は水分を求めた。テレビ局を一旦離れて僕は自販機で適当にお茶を買って、河川敷にやってきた。
適当に芝生に座って僕は綺麗に川沿いに咲く桜の木をぼんやりと見上げた。舞い落ちる桜が記憶のピースみたいに僕を過去に接続させてくれた。
「今日は人生で初めて、桜が綺麗だと思う日」
高校生姿の成美は僕の肩に頭を預けて言った。
「そう? 日本人なら小学生でも桜が綺麗だと思うじゃないの」
「あたしは思わなかった。だってただの花でしょう?」
そういうもんかね、と僕は顔を赤らめて言った。
「だからね、意味をつける必要があるの。初めての彼氏と初めてのお花見、それがセットになって、記憶としてあたしの中にしまっておく。桜を見る度、きっとあたしね、悠人くんを思い出すと思う」
成美が物憂げな目になって、川沿いにある桜の木を見渡す。
「成美!」と僕は立ち上がって、桜に誓った。
「まだ付き合って一年も経っていないが、僕は成美のことを本気で愛してるんだ。だから、僕は成美の帰国を待って、成美と結婚する、約束」
そして成美も立ち上がって「イエス、アイドゥー」と恥ずかしそうに言ってくれた。
桜の木が枯れた頃、成美は父親の仕事で、渡米した。三年間の間、僕は彼女の言う「桜の意味」を思い知った。桜と成美はセットになってしまった。
遠距離恋愛になって、僕らは毎日のように国際電話をした。彼女に電話するために、僕は懸命にアルバイトをした。学校、部活、家庭に不快なことがあっても成美の声を聞くだけで僕は癒やされ、明日の到来、桜の季節を長らく待てていた。
でも、ある日、彼女は悪いニュースを僕に告げた。
「お父さん反対しているから、もう電話はできないかも」
ある桜が舞う頃の日曜日、僕は我慢できなくて、電話したらお父さんが出た。
「うちの娘を諦めなさい、彼女は受験で忙しいんだ。お前ごときに、娘の前途に泥を塗るな。わかったか」
微かに聞こえる、成美の泣き声。
「おじさん、私は本気で――」
言いかけて、電話を切られた。
その後、電話しても電話しても成美の携帯につながることはなかった。
それから1年が経ち、僕は大学生になった。
「どうしたの、目に表情がないわ、あんた」
声をかけてくれたのは、真優。彼女は友達がいない僕に構っていつも学食で僕の隣に座る不思議な女性。僕は桜を見る度に、声をかけてくれるか、何かを言ってくる。
「桜を見るといろいろ思い出すんだ」
「分かる、分かれと出逢いを多くの人が桜で感じる。でもあなたは違う、なんというか、理不尽や不条理に愛を奪われたような無力感が漂っている」
僕は答えなかった。
「じゃさ、提案だけど、あたしとそれを上書きする思い出を作らない?」
真優は僕の前に顔を突き出してきた。
まるで桜の花びらのようにふっくらと丸い顔立ちに、キラキラと輝く宝石のような瞳。
「桜の妖精、ですか」
彼女はわらった。
「そう、桜の妖精。これは命令だ、あたしと付き合って」
断った。僕には成美と結婚する約束があった。でも――。
『The number you have dialed is not――』
今日も、だめか。もう、何年経ったんだ。 桜が枯れた頃、僕は初めて真優の誘いに答えた。彼女と二人きりに、初めての酒を飲んだ。
「飲みっぷりいいね悠人くん」
顔が赤くなった彼女は、僕の頬っぺたを触った。
「ちょっとトイレ」
そう言って立ち上がった瞬間、視界がぐらっと揺れた。そこまで自分が酔っているとは思わなかった。気がついたら真優に介抱されていた。ごめん、と僕が言うと、飲み過ぎだって、と返ってきた声が、成美のそれだった。
彼女がこちらを振り向く。成美だった。僕の体の中の血が沸騰するようだった。鼓動も早まり、彼女の肩を掴んで唇を強引に合わせた。
翌日、知らない場所で起きた。
真優の部屋だった。となりですやすや眠っている無防備の真優の顔を見て僕は昨日の出来事を思い出した。
酔った勢いで、彼女を覆い被さったのだ。これが僕の初めてであり彼女の初めてである。よく男子の間では、幸せそうに初体験を語る人がいる。でも、僕にとって、激しく腰を振った自分が馬鹿馬鹿しくて、罪の味でしかなかった。
結局、僕は流れで、真優と付き合った。今思えば、彼女に、いくら頭があっても、下げ足りない。光る後頭部を借りたいくらいだ。
「悠人くん」と女性が声がして、僕はびっくりした。振り向いたら成人になった成美が隣に座った。
「やっぱりここにいるのね」
極普通に、まるで昨日でも一昨日でも会っているような落ち着きようで彼女は僕に声をかける。
「な、な、成美――」
「どうしたの、カメラに映らない場所では昔と変わらず噛み噛みなのね」
彼女は後ろにいる女性に、ちょっと待っててと言わんばかりに、目を合わせた。
「彼女は?」
「今の恋人」
「そう、なんですね」
反応できずにいた。恋人という響きと、その女性とうまく僕の脳で処理できない。
「勘違いしないでよね、あなたに傷つけられて男が無理になった、そういうのじゃないから」
「はあ」
成美は前髪を耳にかけて言う。
「真優さんはとても素敵な奧さんです。今度は大事にしてよね」
じゃ、と彼女は恋人のところに戻った。何かを言わないと、もう二度と会えないと思った。僕はあの、と彼女の足を止めた。
「僕は、あの時、本当に成美のことが好きだったんだ。本気で愛していた。結婚したいと言ったのも、本当だった」
言って気づく。僕は過去形を使っていたこと。彼女は振り向かなかった。
「成美、あなたを傷つけてしまった。でも、ありがとう。あなたに教えてもらった。大切な人を傷つける痛み」
「傷づけるフラグみたいに言うのね。大切なことを教えてあげたのは、真優さんのほうよ。彼女は良いことを言った。人っていつでも変わる。そう思って生きなさい」
成美は、自分にも言い聞かせるように一筋の涙を許した。
「あなたとの秘密は、桜の花びらにしまっておくよ、思い出すこともあるけれど、でもあたしは欲張らない」
そう言って、彼女は恋人と去っていった。 風に靡かれたまま、僕はしばらくその場から離れられなかった。
真優に言えない、僕と成美の秘密。
ちょうど真優と付き合って一年経った頃。連絡を絶えた成美は突然僕の前に現れた。この場所で、ちょうど今日と同じような、桜が舞う時期。
僕は真優のことを成美に言えなくて、しばらくの間、成美とも恋人でいた。いわば二股。
「ねえ、もうあたしたち大人同士ね」
成美の部屋に、僕が邪魔した。今日は一滴もアルコールが体に入っていない。
でも、と僕は理由を探すと、彼女は僕のズボンの上から優しく愛撫した。
真優のことを思うと、胸が痛む。でも体が僕の意思ではなくなった。石のように破裂しそうな怪物を成美が封印を解けた。そして、成美がそれを飼い慣らす。僕はされるままに、欲を満たされた。
事が終わり、僕は我慢できなかった。嘘をつくのを。
「暗い顔ね」
「うん」
「まさか、他に好きな人ができたの」
成美は揶揄うように言う。「言って、怒らないから、本当よ、あたしのせいだもん、連絡ができなかったの」
「実はね――」
話した。すべてを話した。真優のこと。彼女に悪いことをした本音。
成美の口が微かに痙攣する。ぽたぽたと目から水滴がベッドに落ちて、染みついていくのを、僕は見るしかできなかった」
ごめんと、彼女が言って、今日は先に帰ってと。
破局した。そう思う翌週に、成美の電話があった。夜ご飯を一緒に食べない?という誘いだった。僕は何も考えずに行った。
「ひどいわね、本当に来るんだ」
成美は腰まであったロングヘアが、三分の一になっていた。
「ひどいって」
「悠人くんは、こうしてあたしの誘いに答えた意味、わかる?」
頭が回らなかったので、口を噤んだ。
「つまり、悠人くんは、その彼女さんのことを傷つけているのよ」
「ごめん」
「ごめんってあたしに言うんじゃない」
また僕は口が強力なテープを貼られたように思いのまま開かない。
しばらく二人は沈黙のまま、パスタを食べる。
「わかったわ、悠人くんは決められないのね、自分が付き合いたいのは、あたしか、彼女か」
うんともすんとも言わない自分。仕方なく僕は頷いてしまった。
「じゃ、提案だけど、3ヶ月間、あたしと一旦分かれるのはどう? 彼女と真剣に付き合ってみる。もしやっぱあたしってなったら――、ってなったらその時に決める」
この時、僕は本当にバカだった。その問いは「罠」であることにまったく気づかなかった。すんなりと、受け入れた。いや、気前よく受け入れたわけじゃない。僕は彼女の前で、考えたのだ。真剣に、考えた。それだけでも、僕は深く、成美のことを傷つけた。
「ちょっとでも、分かれる可能性を、真剣に、あんな顔で、君は――考えるのね」
みるみる彼女の肩が震え出す。
そして、壊れた。
口に運ぼうとしたパスタがまた皿に戻し、声を出して泣いた。
僕はそのパスタを眺めて、自分は最低だと思った。大切な人を傷つけ、それを慰めることもできない。
胸を締め付けられた。かつて無いほど心が痛い。
あれ以来、彼女は本当に姿を消した。
そう、僕にとって、桜の意味は「痛み」。 真優は何も知らない。
僕は何も言わない。はずだった――。
「今の人、元カノね」
びっくりして僕は飛び跳ねた。
「真優、いつからいた」
「全部聞いてたよ、ふふ、綺麗な人だったわね、この年になっても、でもね、負けないわね」
行ってしまった成美を探すように真優は遠い所を見て言う。
「あのね、なる――美優」
「ああん? 今、呼び間違ったよね、呼び間違ったよね!」
真優が大きい声ではしゃいだ。それが合図のように、何台かのカメラが一気に近寄ってきた。そして真優がへそに隠したマイクを取り出して、司会進行をした。
「ただいま、あたしの主人、こちらの悠人くんが、あたしを元カノの名で呼んだ」
そして、なぜか司会者も現れて、オレンジ色になった河川敷が収録スタジオになった。
「これはこれは、離婚の危機に直面してますね、さあ、悠人さん、なんとか言って」
僕は深呼吸した。
そしてオレンジ色に光るプロデューサーを見る。初めて、彼は心配そうな顔を浮かべた。僕は彼に、そして真優に微笑んでから、言う。
「真優、テレビの前の皆さん、僕は皆さんが思うような「いい旦那」ではない。簡単に言うと、僕は浮気をしていた。それも、真優のほかと、じゃなくて、真優を浮気の相手にしてしまったのだ」
真優の顔を見た。しかし、真優は真剣に僕の話を聞いているだけなので、僕は続ける。
「実は真優と付き合う前に、僕は彼女がいた。遠距離になっていて、音信不通だが、いや、それは言い訳だ。僕は優柔不断で、流されたまま、二人の女性と二股してしまった。そして、僕は一人の女性を、深く傷つけた。さっきスタジオで手を上げた女性だ。たぶん、彼女はもうとっくに、僕との過去から解放されたのかもしれない。でも僕は今でも、覚えている。大切な人を傷つけた痛み、傷つける方の痛み。だから、美優、ずっと言えなくて、すまなかった」
しばらく沈黙が降りて、通りすがっていく自転車乗りの爺さんが不思議そうにこちらを見る。
真優が僕の前に歩きだして、僕の手を繋いだ。
「ううん、あたしはむしろ、成美さんに感謝しているわ。そしてほっとした。君って、真剣に人を愛し、人の痛みが分かる人だと、教えられた気がする」
「真優――」
僕は、また、桜の意味が変わったと心で思って真優を強く抱きしめた。
それがクランクアップの合図のようで、カットと大きい声で聞こえ、拍手が起きた。 遠くにいるオレンジ色に光る後頭部が泣きながら走ってきて言った。
「やっぱお前ら、最高なカップルだ」
妻と共演したテレビ番組に、浮気相手が... 萬賢(よろずけん) @Yorozuken
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます