7. 三年後の自分は犬を飼っているか

私には恵さん(仮名)という友人がいます。

拒食症と乳がんを患っている彼女は、五十代半ばの年齢で、シーズー犬のヨナちゃんを飼っているのですが、16歳を迎えたマロンほどではないにせよ、ヨナちゃんも10歳という犬としては、なかなかの年齢になっているのです。


癌に罹患している彼女にもしものことがあったら、ヨナちゃんを引き取るよ、とは約束してあります。(私側の家族の了解ももちろん得ています)その約束はきちんと果たす覚悟でいるのですが、そんな彼女と最近、久しぶりに食事をする機会がありました。


彼女は私に頼みごとがあると、開口一番、切り出しました。

「あるブリーダーさんの仔犬の情報が見たいのだけれど、相手側はサイトのカテゴリを見てくださいって言うんだけれど、私、ネット音痴だから、よくわからなくて」

え? 仔犬? と思いました。なんだか嫌な雲行きです。内心、眉をひそめた私に彼女は続けます。

「ヨナがいなくなったときの、保険にね」

保険? 保険ですかあ……。


以前飼っていた、アンディが亡くなったのは16歳。

マロンがアンディの享年と同い年になり、私もいろいろ思うところはあります。


しかし、恵さんは癌を患っているうえ、拒食症でやせすぎて骨がスカスカなので、一人ではろくに外出もできない身です(普段は、訪問看護などを利用しています)

ヨナちゃんの散歩も手押し車を使ってなんとかできるかどうか、という体なのに仔犬を迎えるのは、それこそ自殺行為ではないか? もっといえば、無責任ではないか? と、私は思ってしまいました。


仔犬は運動量も多いですし、躾もしなくてはなりません。散歩のとき、リードを引く力も老犬のヨナちゃんと比較したら段違いに強いでしょう。


そういうこと諸々、恵さんは、ちゃんと考えているのだろうか、と。

そう、思ってしまったわけです。


ただ、彼女が怖がる気持ちも、理解できるのです。

というのは、彼女の拒食症はヨナちゃんを飼う前に飼っていた犬が亡くなったことに端を発するからです。


プライベートでも離婚やいろいろあった彼女を襲った愛犬の死。

それで、彼女は引きこもり、食べられなくなり……友人さんが見つけなければ餓死か衰弱しか、というところまでいってしまったのだといいます。


私は恵さんを責めないように気を付けながら、彼女に自分の心の内を語りました。

「私もね、犬のいない生活を想像するとぞっとするほどさみしくなるけれど、マロン亡きあと、うちが仔犬を迎えるのは両親の年齢や、自分の経済状況を考えると、難しいと思っているんだ。

引き取り手のいない、生い先が短い老犬を縁があったら迎えるとか、保護犬の預かりボランティアをするとか、保護犬カフェに通うとか、そんな未来を目指せればいいかなあ、とぼんやりと考えてはいるよ」と。


すると、恵さんは言いました「真世は偉いね」


そして、ぽろりと涙を一粒こぼし、本音を吐き出し始めました。

「ヨナにお友達を作ってあげようと、可能ならすぐにでも仔犬を迎えようと思っていた」

と。


私は彼女を否定しないように気を付けながら

「でもさ、ヨナちゃんと新しく迎える子が相性がいいとは限らないよ。恵さんの住まいは広くないから、部屋をわけてあげることもできないし」

「そうか……それは考えてなかったな」

しゅんとする恵さんに私はずっと考えていたことを口にすることにしました。

「あのさ、前から考えていたことなんだけれど、恵さんが万一また入院するときはヨナちゃんをうちで預かることも出来るよ。生活、苦しいんでしょ? ペットホテルにローンが残ってるって言ってたよね」

「本当? もし、そうしてくれたらすごく助かるけど……」

「うん、家族にもその考えは話してある。でも、ちゃんと改めて了解をとるね。あと、次に恵さんのところに遊びに行くときはマロンも一緒に連れてくるね。二匹が仲良くできるか、恵さんも不安でしょ?トライアルだね」


恵さんは真世、ありがとう、本当にありがとう、と繰り返したのでした。


そんなことがあった水無月。もう、遠いです。


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三年後の自分へ


あなたは犬を飼っていますか。

マロンがまだ生きていてくれたら最高なんだけれど。

19歳の犬、というのを私はネット上でしか見たことがなくて。

ああ、でも本当に、おむつをつけっぱなしでも、

ずーっと鳴くようになってしまっても

それでも、それでもいい。

マロンに生きていてほしい。

そう思う私は残酷かな。

自分は生きたくないとかいうこともあるくせに


ヨナちゃんを引き取ることになったとしても、

単なる取り越し苦労に終わったとしても、

命にはいつか終わりがきて、それがいつかは誰にもわからない。


忘れたくないのに、いつも忘れてしまうこと。

「今を大事に生きよう」

それを思い出させてくれるのは、私にとってはアンディだったりマロンだったり……犬なんだよな。


三年後のあなたが後悔のないようにマロンをたくさん愛したい、と今の私は思っています。

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