第7話 大人と子供

 栄養の偏りと値段と調理の面倒さから、滅多に出てこない豪華な料理たちは、つい先程まで並べられていたが、テーブルの前に座る8人により大部分がなくなり、世間話をしながら堪能していた全員の手が落ち着いたタイミングを見計らって、北原天音は箸を置いて真面目な空気を出してきりだす。


「ちょっといいかしら。あなた達6人の今後について話があるの」


 何か大事な話なのだと、藤堂以外の6人は箸やフォークを置いて北原に顔を向ける。藤堂は予め聞いていたのか、邪魔しないよう静かに料理と自前のワインを堪能していた。


「レンヤとタクミとアイナは今年で17歳、サユリとヒナコは、16歳になるわよね?」


 5人は頷いて肯定する。


「あなた達は生い立ちが生い立ちだから、仕方がないけれど普通なら高校に通っている年齢だわ」


 16、15年前に生まれてから今まで、レンヤ達の五人は一度も学校に行ったことがない。

 それは幼少期の生い立ちのせいである。

 そのため素性が怪しく、そもそも各々の特技を活かして稼げているため、高校に行くという考えが最初から抜けていた。


「確かに、既に十分な能力を持っていて、自立ができていると思うわ。それは立派なことで、自信持って誇るべきことよ。……でもね、いくら能力があっても、まだ十数年しか生きていない子供よ。…………急いで大人と同じところに立つ必要なんてないと思うの」



 北原は別にレンヤ達五人を頭ごなしに子供だからと決めつけて言っている訳では無い。まだまだ色々と経験をしてほしいと、子供の特権を使ってほしいと言っているのだ。

 それは五人も北原が自分たちのことを考えてくれていることはわかっているため黙ってうなずく。


「だからね。……私が理事をしている学校に通ってみない?」


 五人は揃って目を瞬かせる。

 北原が大きな学校のおえらいさんであることは5人とも知っているし、自分たちの素性について北原は知っているが、世間からすれば怪しく思われることは5人とも理解している。

 だから北原が自分たちを通えるようにすることは簡単ではないことぐらい、5人は容易に想像できた。


「私のとこの学校って、ハンター関連のことを学ぶ高専なのは知っているかしら? 当然ハンターになる子もいて、関わりのある様々な装備のメカニックや開発者になる子、治療ナノマシン治療薬から生命石にといったものの研究者になる子までいるわ」


 生命石とはモンスターにとっての心臓のようなもので、異界のエネルギーの塊である。

 現代では石油以上に流通されたエネルギー源で、特に日本ではそれが顕著で、電気のように様々なところで用いられている。


 五人は北原の学校がハンター関連のことは教えていることは知っていたが、詳しいことは聞いていない。自分たちと関わりが深い事柄な分、興味を持ちながら耳を傾ける。


「基礎学問として午前中に数学、現代文、英語、物理基礎、化学基礎、金融経済を曜日ごとに学び、午後にそれぞれ選択した専門コースに別れて学んでもらってるの。一時限四十五分で、午前が三時限、午後は五時限、というのが基本の時間割ね。ほとんど専門分野だから十分にやりたい分野について行えるわ」


 基礎学問はハンター関連の職につくなら学んどいたほうがいいもの、社会に出て必要になるものだけで、使わないものや困らないものは排除され、学びたいことが満足に行える環境ができていた。


 ハンター関連の食に付きたいと願う子供らにとっては願ってもいない環境である。それは、具体的に聞いた五人にも感じていた。




「……とは言っても、あなた達には既にそれぞれの専門分野では十分すぎるほどの知識とスキルを持っているから、正直、高専で学べることなんてほとんどないわね」


 今までの流れから一転、いきなりの手のひら返しで五人は(え?)と困惑。藤堂風香はガクッと僅かに崩れる。

 藤堂斎は予想していたのかどうじていない。


「ん? だって、あなた達は十分なスキルを持っているのよ? 今更、一から学んでも仕方がないでしょ?」


「た、確かに、私達が言うのもなんですがそうですね。……でしたら、結局学校に通う必要はないということですか?」


「いえ、そういうことではないわ。通ってほしいわよ」


 五人プラス一人の頭にハテナが浮かぶ。


「えっとね、専門コースでは学ぶのではなく、生徒たちに教えてあげてほしいの。……つまりね、専門コースの教師になって欲しいのよ。これは風香にもお願いしたいわ」


「……ん? …………私も!?」


「えぇ、風香もよ」


 いきなりの教師になってほしいという言葉に、今度こそ斎以外の六人はしっかり驚く。斎は、聞いていて知っていたために、驚くことはない。




 風香の年齢は18歳で、去年高専を卒業して高校卒業の資格を得ていた。

 高専は通常五年間通うはずだが、三年になったら一応として高校卒業資格を得られる。そのため、大学に進学することにした生徒たちなどは三年で学校をやめたりする。実際にハンター志望以外の技術者志望の生徒の1割以上は大学に行ったりする。


 ただ風香の場合は、学校内で圧倒的な実力があり、ハンター資格を既に得て十分にハンターとしての能力を身に着けたということで、大学に行くためという理由ではなくただたんに辞めただけだった。

 風香のような生徒は圧倒的少数だがいないわけではない。



「他の時間、専門ではない午前中の基礎科目を、風香以外は生徒として学んでもらうわよ。あなた達って専門分野以外は、サユリを除いた四人は特に壊滅的でしょう? サユリはそっちもできると思うけれど、独学みたいだし。一部の科目だけでも、もう一度学び直してみるのもいいと思うの。……それに、あなた達って信用できる五人がいるからあまり他所と関わろうとしないじゃない? 風香も結局一人でハンター活動しているみたいだから。人との付き合い方、コミュニケーションを学ぶためにもいいと思うわよ」


 レンヤとアイナ以外の三人は一見、コミュケーションが取れているように見えるが、一般的なコミュニケーション能力があるだけで、三人も含めて簡単に他者と関わろうとはしない。



「専門コースの教師と言っても授業ばかりするのではないわ。大学の研究室みたいな感じだから自分たちの作業も十分にできる時間はあるわよ。当然、少ないけれど教師としての給料も出すわ。それに、個人で所有できないような設備や実験器具なども置いてあるから、この家ではできないような作業もできるわね。十分な利点はあると思うわ」


「…………でも、教員免許、ないよ?」


「大丈夫よ。あなた達には特別非常勤講師ということでやってもらうから免許は必要ないわ。……かわりに給料は低くなってしまうけれどね。ただその分、想像よりは時間は取られないと思うわよ。……それに……」


 北原天音は一旦、一呼吸を入れる。


「……ハンターの高専だから、異界のの情報が多く入ってくるの。……あなた達が、あれの手がかりを見つけられるかもしれないわ」


 あれとは5人が幼少期に問わられていた施設の者たちである。彼ら5人の顔が一瞬こわばる。それを見逃さなかった風香は、なんのことか気になるが黙って見守る。


「……あなた達の、その記憶の理由や」


 一通り聞いて、風香を含めた六人は真剣に考えてるため、黙っている。五人は言わずもがな、ハンター活動を一人でやっていて行き詰まっていた風香にもいい話であることは間違いない。




 それでも躊躇してしまうのは六人とも学校にいいイメージがないためである。




「……いくつかいいですか?」


「えぇ、もちろんいいわよ」




 サユリが代表して質問をする。


 これは他の四人が彼女を信頼しているためなのだが、同時にサユリに甘えているということにもなるのだ。これは悪いことではないが、任せると押し付けるは紙一重だ。北原は、こういうところを徐々に改善できればと考えての、この話である。




「まず、私達のことを考えていただきありがとうございます。とても嬉しいです。……ただ、こちらに、特に私達五人に都合が良すぎるように思うのですが、北原さんの立場的によろしいのでしょうか」


 サユリを含めて、この場に入り全員、北原が詐欺のようなことをするとは思っていない。そういうことではなく、サユリは自分たちを身びいきし過ぎではないかと心配なのである。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。これは私だけの判断ではないの。こちら側にも十分すぎるほどのメリットはあるのよ」




 風香を含めた六人はあまり自覚がないため、能力の高さを理解していない。


 同世代で自分たちよりも高く、大人の専門家と同等以上の技術や知識を持って、社会に出て活動していた経験もある。そもそも、まだハンターという職業が必要になってから日が浅く、稼ぎやすいため、わざわざ教師をやりたがる人が少ないのだ。


 ただ、大人に教えてもらうよりも同年代という刺激があり、自分達と近しい視点を持てる彼らを、教師として呼ぶには十分な理が学校側にもあるのだ。


「なるほど、ありがとうございます。……ですが、同年代ということで学生側に不満が出ると思うのですが」


「そうね、はじめは不満を持つ子はいると思うけど。……でも、すぐにあなた達ならすぐ認められると思うわ。それに生徒に教えられるだけの十分なスキルはあるのだから気にしなくていいわよ。それでも反発するのならほっといていいわね。……高専は義務教育ではないもの。明確に理由がないのに拒否するなら仕方がないわ」


他にもちょくちょくと、サユリはいくつか質問をした。少しずつ声のトーンが下がっていた。


「わかりました。……最後に」


サユリの口元が震える。レンヤとアイナとタクミとヒナコ、4人の視線は机に向いて、影が射していた。


「…………私達が通っても迷惑になりませんか? ……私達は特殊な成り立ちです。……本当にいいのですか?」


 風香は心配しながら見守る。

 5人は大人に頼ってこれなかった。幼い頃から様々に強いられる生活を送り、甘えることができず、たった5人という狭い世界を生きてきた。


 他者と関わることに恐怖し、戦う才能という他者を傷つけることえの楽しさと道徳心との葛藤を抱えるレンヤ。

 頭が良すぎるがゆえに人に理解されず、周りに疎まれながらみんなと一緒を共用され、傷つけられてきたサユリ。

 自分の好きなものが理解されず、感情がないなどと勝手に決めつけられてイジメられ、人に期待しなくなったアイナ。

 勝手に期待しといて才能がないと見捨てられ、やりたいことをやらせてもらえず人形のように人の顔色を伺って理想を装ってきたタクミ。

 優しさを踏みにじられて恩を仇で返され、大事だったものを理不尽に奪われてなくなり、理不尽に押しつぶされたヒナコ。


 そんな、覚えていたくもない記憶を抱えながら、それでも人生を楽しみたいと、努力し、5人で一緒にと願ってきたのだ。


「………えぇ、大丈夫よ。……そんな心配はいらないわ。大人にほどよく甘えるのが子供の特権よ。あなた達は私達に甘えなさい」


「……おう、俺達をもっと頼ってくれや」


 北原と藤堂斎の顔が悲しそうな表情を一瞬だけ見せた後、優しく、それが当たり前であると示すようにつたえる。


 だから五人は、覗かせていた影をはらい、嬉しそうに安心できる。


 五人は正直、高校にに特段興味はなかく、通えないことに不満はなかった。

 だが、北原の話を聞いて興味を持ち、他の同年代が当たり前のように経験する高校生活を経験したいと、やり直したいという思いもあって、5人の結論は出て、北原に通いたいとお願いする。


 風香もそんな5人を見て寂しかった学生生活を塗り替えたいと、5人がいるならと決意が固まって、またお世話になりますとお願いをした。


 一般的な少年少女からすれば何を大げさなと、ただ学校に通うことになっただけどろうと思うようなことだが、彼ら6人、特に5人にとっては重要なことである。

 ただ、お願いした6人も客観的に大げさなと、思い始めて少し気恥ずかしくなった。


「ふふ。えぇ、こちらこそ、これからもよろしくね」


「……よし、そうと決まればかたぐるしい話はこれで終えて、飲み直そう!」


 くすっとニッコリした北原と斎の声を合図に、少し残った料理に手を伸ばす。


 遅い時間まで、八人は心地いい空間を、和気あいあいしながら過ごすのだった。

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