第322話 白竜と老人

 扉の中に入ると、一本の廊下が続いていた。

 白理石に囲まれた廊下は、光る鉱石で照らされている。


「ウォン」


 エルウッドが吠えると走り出した。


「お、おい! エルウッド!」


 俺とヴァルディも後を追う。

 すると、巨大な空間に出た。


 部屋の広さは一辺が五十メデルトほどだろう。

 天井の高さも五十メデルトで、正方形の空間だ。


 天井の中心から床に向かって光が降り注ぐ。

 部屋の中心で、その光を浴びる生き物が寝そべっていた。


「りゅ、竜種?」


 白い鱗の竜種だ。

 全長は二十メデルト、巨大な二枚の翼、四足歩行であろう手足、長さ十メデルトの尻尾。

 頭部には五メデルトの長い角が一本。

 全てにおいて神々しい姿だ。


「美しい……」


 俺は思わず見とれてしまった。


「ウォウウォウ!」


 エルウッドが白い竜種に走る。


「お、おい、エルウッド!」


 俺はすぐに剣を抜いた。

 だが竜種は動かない。

 エルウッドが竜種の大きな頭部の前に立ち、もう一度吠えた。


 そこで目を開ける竜種。

 漆黒の眼球に、金色の瞳孔。

 竜種特有の瞳だ。


 その瞳がエルウッドの姿を捉えた。


「エルウッド! 危ない!」


 俺は剣を構え竜種に走る。


「やめんか!」


 突然の声に驚く。

 突進を止め恐る恐る振り返ると、入り口に一人の老人が立っていた。


「貴様は……シドの小僧のところの国王か」

「誰だ!」


 俺は冷静を装っているが、まさか人がいるとは思わず、心臓が飛び出そうなほど驚いていた。

 竜種に意識を向けながらも、老人に注意を払う。


「なぜこんなところに人が……」

「それを言いたいのはこちらじゃ。驚いたぞ」

「あ、あなたは! デ・スタル連合王国の……ノルン宰相殿」

「ふむ。よく覚えておったの。アル陛下。そうじゃ、儂の名はノルン・サージェントじゃ。儂も貴様がおって本気で驚いておる。外に赤い飛空船が停まっておったからもしやと思ってな。大きいやつじゃないが、さすがは立派な飛空船じゃのう。グハハハハ」


 一国の宰相が一人で何しに来たのか。

 それよりも、どう見ても俺を敵視している様子だ。


王の赤翼ラルクス! こ、壊したのか!」

「そんなことはせん。いや、他の場所なら奪ったが、ここではやらぬ。ここは神聖な場所じゃ。誰であってもここで争いは認めぬ」

「認めぬとは、まるであなたの物のような言い方ですね」

「当たり前じゃ。ここは儂の神殿じゃからな」

「え? あなたの神殿?」


 ノルンは、エルウッドとヴァルディに目を向けていた。


「それにしても、雷の神イル・ドーラ火の神アフラ・マーズ
か。よくぞ始祖を二柱も従えたな」


 ノルンは左手を腰に回し、右手で長い白髭を擦っている。


「貴様は何も知らぬか。ふむ、少し教えてやろう。まずこの神殿は古代文明中期、今から七千年ほど前に建てた神殿じゃ。寿命を迎えた白竜の墓となるように建てた」

「白竜の墓?」

「この地に住む竜種クトゥルスじゃ。クトゥルスの正確な年齢は分からぬが、数百万年は生きておる。だがもう動けぬし食事もせぬ。あとは死ぬだけだ。儂はクトゥルスの死を待っておる」

「白竜クトゥルスの死を待つ?」

「まあ聞け。クトゥルスと雷の神イル・ドーラは対じゃ。この地が現在安定しているのは、クトゥルスの力が尽きておるからじゃ。さらに最後の一柱となった雷の神イル・ドーラもこの地を離れておる。ここはもう土地の力を失い衰退するだけじゃ。グハハハハ」


 笑いながら髭を擦るノルン。


「しかし、また悠久の年月をかけ、新たな竜種と始祖が生まれる。そして気が遠くなる年月を経て、土地は発展して衰退する。世界はこれの繰り返しじゃ」

「そ、それは……世界の理?」

「ふむ。貴様はよく理解しておるな。その通りじゃ。『初めに竜種と始祖が生まれる。竜種が壊し、新たに作る。始祖が育み、終りを告げる。世界は破壊と創造の繰り返し』じゃ」

「そ、それは! 竜種と始祖の古代書!」

「貴様も知ったか。シドの小僧に古代書を送ったのは儂じゃ。あの小僧は何も知らぬからの」


 さっきからシドのことを小僧と呼ぶ。

 この神殿のこと、白竜のこと、古代書のことなど不可解なことばかりだ。


「それにしても、雷の神イル・ドーラ火の神アフラ・マーズは、竜種の特殊能力を得たようだな。何体分の竜種じゃ? 儂の知ってる雷の神イル・ドーラ火の神アフラ・マーズの姿ではないぞ」


 始祖が竜種の血を舐めると、その竜種の能力を獲得する。

 エルウッドとヴァルディは、俺が討伐した三体の竜種の血を飲んでいた。

 もしかしたら、それ以前にも飲んでる可能性はある。


「まあ良い。貴様が始祖を従えているように、儂も竜種を従えておる」

「な、なんだと! 竜種を従えてるだと!」

「使役じゃ」

「し、使役師なのか?」

「正確には違うがの。似たようなものじゃ。儂の竜種はここに入れぬ。遺跡の外で待っておるわ」


 ノルンが白髭を擦る。


「このクトゥルスも使役するために囲っているのか?」

「バカを言うな。クトゥルスにそんなことはせぬ。クトゥルスは絶対に守る。そのための墓じゃ」

「クトゥルスは特別なのか?」

「そうじゃ。儂はクトゥルスの自然死を待っておる。死骸は儂のものじゃ。クトゥルスには秘密があるのじゃよ。雷の神イル・ドーラと同じようにのう」

「エルウッドの秘密……」

「ヒントを与えすぎたか。グハハハハ」


 ノルンが出口に向かって歩き出した。


世界会議ログ・フェス出席のついでに立ち寄ったが、貴様に会えて良かったぞ。シドの小僧に伝えておけ。来月の世界会議ログ・フェスは儂も参加する」

「それはデ・スタル連合国としてか?」

「当たり前じゃろう」


 そこでノルンが立ち止まった。

 首だけを回し、俺の顔を見る。


「貴様、生き返るモンスターを知っておるだろう?」

「なぜそれを!」

「グハハハハ。儂じゃ、儂が作った毒じゃ。カル・ド・イスクを盗んでな。リジュールを討伐した貴様なら、その強力さが分かるじゃろう」

「ま、まさか! 狂戦士バーサーカーか!」

「グハハハハ。全ての準備が揃った。シドの小僧、レイという女、貴様という遊び相手もできたしのう」


 ノルンは今なんと言った?

 レイの名を出したぞ。


「レイ……だと? お前レイに何をする」


 感情の奥底からこみ上げる黒い怒り。

 レイを傷つけようとする者は、誰であっても許さない。


「さすがに妻の名を出されると温厚な貴様も怒るか。その怒り……恐ろしいよの。竜種以上か。この化け物め。じゃが、今ここで儂を殺すと世界は終わる」


 俺が紅竜の剣イグエルに手を置いたことで、牽制しているようだ。


「世界が終わる?」

「グハハハハ。そうだ。生き返る毒を世界にばら撒いたらどうなる? 解毒剤は儂しか知らなかったらどうじゃ?」

「な! ふ、ふざけるな!」

「ふざけておらぬ。グハハハハ」


 ノルンが声高らか笑う。


世界会議ログ・フェスで儂は宣戦布告する。せいぜい準備しておくがよい」

「せ、宣戦布告だと?」


 宣戦布告?

 どこに対してだ?

 国家間でそんな予兆はなかったはずだ。


「戦争じゃ! 儂は世界を相手に戦争するのじゃ! 儂には黒竜がおる! グハハハハ! 存分に楽しませてもらうぞ」


 ノルンが興奮して大声を張り上げる。


「ま、待て!」

「それともう一つ、儂の名はノルン・サージェント・バレーじゃ。グハハハハ」


 ノルン・サージェント・バレー。

 バレー……聞いたことがある名だ。

 いや、俺はその名を知っている。

 当たり前だ。


「待て!」


 老人はもう消えていた。

 だが、俺はなぜかその場から動けずに立ち尽くす。


「バレー……。シ、シドの本名だ」


 シドの名はシド・フロイド・バレーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る