第323話 もう一人の

 ノルンが去った後、俺は白竜クトゥルスの頭部へ近付く。

 目は開けているが、焦点が合っていないようだ。

 もう目も見えていないのだろう。


 死期を迎えて数千年経っているそうだが、悠久の時を生きる竜種にとっては数千年などほんの僅かな時間。


 クトゥルスと雷の神イル・ドーラは対と言っていた。

 エルウッドの血の秘密は不老不死だ。

 ではその対となる白竜の秘密とは……。


 これは一旦帰ってシドと話すべきだと感じた。

 あの老人……ノルンのこともだ。


「エルウッド。ヴァルディ。行こう」

「ウォン」

「ヒヒィィン」


 俺は最後にクトゥルスへ最敬礼する。

 これはラルシュ王国の正式な礼式で、古代王国の礼式を元に皆で作ったものだ。


「クトゥルス、どうかお元気で」


 わずかに頭部が動いたような気がする。

 白竜も挨拶してくれたのだろうか。


 俺たちはその場を離れ、王の赤翼ラルクスに戻る。

 ノルンの言う通り、船体は無事だった。

 ここでは何もしなかったようだ。


 ――


 五日後、俺はアフラの王城へ帰還し、臣下の出迎えや、諸々の手続きを終えた。

 翌日にシドを誘い、旅する宮殿ヴェルーユ内にあるシドの研究室へ向かう。


「忙しいところ悪いね」

「何を仰いますか。陛下が臣下を呼ぶ。これは当然のことです」

「まあそうなんだけど……」


 シドが珈琲を淹れてくれた。

 カップを受け取る。


「これはシドにも関わる話だ」


 俺は全てを伝えた。


 ベルフォン遺跡に入ったこと。

 ベルフォン遺跡がエルウッドの故郷だったこと。

 白竜クトゥルスがいたこと。

 ノルンに会ったこと。

 生き返る毒を作ったのはノルンだったこと。

 ノルンが黒竜を使役していること。

 クトゥルスと雷の神イル・ドーラたるエルウッドが対だったこと。

 そして、ノルンの本名がノルン・サージェント・バレーだったこと。


 シドは話を聞いて動かなかった。

 いや、動けなかったようだ。

 額から汗が落ちていることにも気付いてない。


 俺は声をかけず、ゆっくりと珈琲を飲む。

 珈琲を飲み干すと、シドが額の汗に気付きハンカチで拭った。


「どれも信じがたい話だ……」

「ノルンが言っていたことだし、信憑性は分からないよ」

「いや……信憑性は高い。それに辻褄が合うのだよ」


 シドが冷めた珈琲を飲む。

 

「ノルン・サージェント・バレーはな。……古代王国の初代国王の名前なんだ」

「な! なんだって!」


 冷静を装っているが、シドの言葉遣いが素に戻っている。

 動揺している証拠だ。

 まあ俺は気にしないからいいのだが。


「古代王国って一万年間も続いた王国でしょ?」

「そうだ。今から一万二千年前に建国され、二千年に滅亡した。私は古代王国最後の王太子だった。滅亡間際の混乱で不老不死にされたから王にはならず、国家は滅亡した」


 シドが言葉遣いに気付いたようで「失礼しました」と謝ってきた。

 俺はそのまま普通に話すように促す。


「古代王国の最盛期は、それはもう栄華を極めた。世界の全てを手に入れ、何体かの竜種すら従えたそうだ」

「ノルンは黒竜を使役している」

「黒竜ウェスタード。竜種でも最強格だ。最も深き洞窟エルサルドに住んでいたとされる。そしてその場所は現在のデ・スタル連合国だ」

「ノルンはデ・スタル連合国の宰相……」


 少しずつ繋がっていく。


「それにしても、白竜クトゥルスがベルフォン遺跡にいるとは知らなかった。しかも、この遺跡がクトゥルスの墓として作られていたとはな」

「シドでも知らない情報をノルンは知っていたのか」

「ああ、そうだな……。もしかしたら……」

「ん? どうした?」


 シドがポットの珈琲を注ぎ、そのままカップを見つめていた。


「ノルンの不老不死は確定だろう」

「バカな! シド以外に不老不死だって?」

「そうだ。しかも私よりも先に不老不死になっているのだ」


 雷の神イル・ドーラ不老不死の石パーマネント・ウェイヴスの素材となったことで、二千年前に狩られた。

 それよりも遥か以前に、同じようなことが起こってたということか。


「初代国王と同一人物なら、一万二千年も生きていることになる」

「そういえば、シドのことをシドの小僧ってずっと言ってたよ」

「私の祖先だ。一万年もの歳月だから、血の繋がりは分からんがな」


 ノルンは不老不死の可能性が非常に高い。

 これまでの言動や行動を当てはめていくと、シドの言う通り辻褄が合う。


「ノルンは世界会議ログ・フェスに参加するそうだよ」

「ふむ。向こうがどう出るかだな」

「俺の予想だと、ノルンは黒竜の存在と毒を世界にばら撒くことを仄めかし、各国に対し宣戦布告すると思う。解毒剤はノルンしか知らないと言っていたから、その場で身柄拘束は無理だ。そもそも不老不死だ。殺すこともできない」


 シドが腕を組みながら、大きく息を吐き「確かにそうだな」と呟いた。


「ひとまずこのことは俺とシドの秘密だ。世界会議ログ・フェスの結果によって、レイやオルフェリアにも説明する」

「分かった。ギルドでもデ・スタル連合国の動向を調査しておこう。戦争はとにかく金と物資と食料が必要だからな」


 シドが保冷庫から瓶に入った麦酒を二本取り出す。


「戦争は何としてでも止めたい。私は幾度となく見てきたが悲惨だぞ」

「ああ、俺の国では戦争なんて起こさせない。大切な国民を守る」

「うむ、頼もしいぞ。それに戦争なんて始まったら、この美味い麦酒が飲めなくなるぞ」

「そうだな。それは阻止したいな」


 シドから麦酒を受け取った。


「でもシドは酒が弱いだろ?」

「な! それは関係ないだろう! 味を楽しんでるのだ!」

「アハハ、そういうことにしておくよ」


 俺たちは久しぶりに二人で乾杯した。

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