第40話 始まり

 俺は日の出と共に目を覚ました。

 城の外を見ると、空はまだ朝焼けの最中だ。

 赤く染まる空が美しい。


 朝日が完全に顔を出した頃、朝食を用意したメイドが部屋に来た。


「本日の予定ですが、昼食後にレイ・ステラー様との面会が予定されております」

「そうなんですね!」

「はい、今しばらくお待ち下さい。また、宿屋にあるアル様のお荷物は、本日こちらへ届くように手配しております」

「ありがとうございます!」


 やっとレイさんに会える。


「エルウッド! レイさんに会えるよ!」

「ウォン!」


 エルウッドも嬉しそうに頷いてる。


 昼食までは特にやることもないので、試験勉強をすることにした。

 試験はもう明日だ。

 用意してもらった学術書を見ると、内容よりも紙質の良さに驚く。

 こんなに高品質の紙は初めて見た。

 さすが王城の書だ。


 そして、昼食が終わると執事に呼ばれた。


「レイ・ステラー様がお待ちです」


 執事に案内されながら城内を移動。

 エルウッドと一緒に階段を下りていく。

 どうやら地下室のようだ。


「こちらで椅子に座ってお待ち下さい」


 何もない部屋だが、部屋の中心にテーブルと椅子が二脚あった。

 俺はその椅子の一つに座る。

 エルウッドも俺の横に座り込む。


 部屋には窓がない。

 シャンデリアに立てられた蝋燭の炎が僅かに揺らめく。

 きっと情報が漏れないようにする部屋なのだろう。


 部屋に木が軋む音が響くと、ゆっくりとドアが開く。


「レイさ! え?」


 突然、黒ずくめの集団が一気に流れ込んできた。

 三十人はいるだろう。

 あっという間に俺とエルウッドは囲まれた。

 そして一斉に弓を構え、いきなり矢を放つ集団。


 俺はとっさに頭を抱えて床に飛び込む。

 横目でエルウッドを見ると、矢を躱しながら即座に男たちに向かって攻撃を始めていた。

 牙をむき出し、一人二人と瞬殺していく。

 エルウッドのあんな表情は初めて見た。

 まるでモンスターそのものだ。

 エルウッドは恐ろしいスピードで、黒ずくめの集団を倒していく。


「お、おい! これほどなのか!」


 最後に部屋へ入ってきた女が叫んだ。


 エルウッドは矢を避け、一人また一人と確実に動きを止めていく。

 時に喉元を爪で切り裂き、時に喰いちぎる。

 次第にエルウッドの角が光り始めた。

 光に反応するように、移動速度も上がっていく。


 エルウッドは次々と男たちを倒す。

 角の光が増すたびに、速度が上がっているようだ。

 俺は混乱しながらも、エルウッドが危険に晒されてることだけは理解していた。


「エルウッド!」


 どうすればいい?

 何かできることは?


 部屋の中央にあるテーブルと椅子を、黒ずくめに向かって力一杯投げつけた。

 破壊音をかき鳴らし、机が割れ椅子が砕ける。

 何人かの黒ずくめがその場に倒れ込んだ。

 だがこれだけではエルウッドを守れない。

 部屋を見回すと、一本の剣が立てかけてあることに気づいた。


「あ、あれは!」


 どう見ても俺の剣だ。

 急いで剣を拾い、黒ずくめの集団に突っ込む。

 エルウッドだけを狙っていた集団は、俺の突然の攻撃に驚いたようだ。


「させないよ!」


 両手剣グレートソードを持った赤毛の女が割り込んできた。

 俺よりも背が高く、筋肉質な女だ。


「アンタがアル君かい? レイから聞いてるよ! ってか、何で剣を持ってんだよ!」

「誰だ!」

「アタシかい? この国の騎士さ。一応責任者やってるんでね。アンタを止めさせてもらうよ!」


 強烈な一撃が迫る。

 片刃の大剣ファラゴンで受けると、甲高い音とともに激しく火花が飛び散った。

 俺はその剣を力で弾き返し、レイさん直伝の突きを打とうと剣を引く。

 その瞬間、女騎士は後ろに飛び退く。


「メッチャ嫌な予感がした! それってレイの突きじゃねーのか? 危なっ!」

「くそっ! 逃げられたか!」


 何という勘の良さだろう。

 こんな戦い方をする剣士もいるのか。

 だが、感心ばかりしていられない。


 俺は大きく前に飛び、女との距離を一気に詰める。

 そして、ツルハシを振るように上段から剣を振り下ろす。

 女はそれを剣で受けた。

 またしても火花が飛ぶ。


「いたっ! なんつー馬鹿力だよ」


 女は剣を受けた状態で、俺の腹部に蹴りを入れてきた。

 俺はまともに喰らい三メデルトほど吹き飛ぶ。

 だがダメージはない。


「足いてぇ! 石でも蹴ったのかと思った……よっ!」


 言い終わると同時に、女が一気に踏み込んで左から右へ横払いを放つ。

 俺はそれを剣で受け流した。

 身体が流れ、体勢を崩した女へ切り込もうと剣を振り上げる。

 だが、女は後ろに飛び退いた。


「なんだよ、この子! 強すぎないか!」


 この女、見かけによらず、とにかく動くし速い。

 そして強い。

 何より勘の良さが尋常ではない。

 俺の攻撃を全て察知してしまう。

 騎士団の責任者と言っていただけある。


 それでも俺は女に突進し、全力で片刃の大剣ファラゴンを振り下ろす。


「速っ!」


 女は叫び、剣で受けた。

 今までで最も大きな甲高い金属音と、大きな火花が散る。


「いってえ! あ、あー! アタシの剣が!」


 女が叫び、再度距離を取った。

 どうやら大きく刃こぼれした様子。

 俺の片刃の大剣ファラゴンは当たり前のように無傷だ。


「苦労して作った剣なのに! これもう使えないぞ! アンタのその剣反則だろ!」


 もちろん俺は何も答えない。

 女騎士と距離ができたので、エルウッドの方を見る。


 黒ずくめの集団は、エルウッドに向かって矢を放ち続けていた。

 矢が外れて同士討ちになっても、目の前にエルウッドが迫ってきても、男たちは弓を射る手を止めない。

 ただひたすらエルウッドを狙い、ただひたすら射る。

 それでもエルウッドは、次々と男たちを倒していく。

 角の光が増し、エルウッドは信じられない速度に到達していた。


 そしてついに、エルウッドは三十人の男を全員倒す。

 しかし、エルウッドにも十本以上の矢が刺さっていた。


「エルウッド!」


 叫んだ瞬間、俺の太ももに一本の矢が刺さる。

 さっきの女騎士が、弓を持っていたのが見えた。


「この子も狼牙も強すぎるだろ。暗部小隊が……全滅な……初め……だ」


 女のつぶやきが僅かに聞こえたが、俺の意識はなくなった。


 ◇◇◇


 部屋に入るミゲル。


「リマ・ブロシオン近衛隊隊長殿。どうじゃ、銀狼牙は捕まえたかの?」

「これはこれは、宰相殿自ら足を運んでくださるとは、痛み入ります」

「おぉ! 捕まえたか! よくやったぞ! よくやったぞ!」


 倒れたエルウッドを見て、ミゲルが歓喜する。


「ちっ! 暗部三十人の犠牲を出しても無視かよ」


 リマは誰にも聞こえないように、小さな声で呟いた。

 嫌味のつもりでお返しする。


「三十人もの犠牲を出しましたからね」

「ぐふふふふ、これからの偉業に比べたら些細なことじゃ」


 ミゲルは全く気にしない。

 むしろ上機嫌だった。

 その発言に苛つくリマ。


「これが些細だと?」


 再度小さく呟いた。


「それでは宰相殿。アタシはこの三十人の後処理がありますので」

「ぐふふふふ、特別弔慰金を出すように言うておく」

「恐れ入ります。それでは失礼します」


 リマは部屋を出た。


「レイ、アタシもやっぱりアイツ嫌いだわ」


 ◇◇◇

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