第39話 準備

 明日、アルとエルウッドを拘束する。

 どうすればいいのか分からないまま、刻々と時間は過ぎ、いつの間にか夜を迎えた。


 団長室で明日のブリーフィングを行う。

 部屋に呼んだのは近衛隊隊長のリマ・ブロシオンと、一番隊隊長のザイン・フィリップだ。


 近衛隊は王室の警護が主な任務であり、さらには王室のために手を汚す暗部もある。

 一番隊は広大な王都イエソンを守護する部隊。

 そして私は、騎士団の全てを取り仕切る立場だ。


 私を含めて、この三人は今回の陛下と宰相の目的を知っている。


「リマ、用意は整っているの?」

「もちろんだ、レイ。宰相殿のご希望通り、暗部から弓が得意な者を三十名集めた。強力な麻酔矢もね」


 暗部とは、いわば暗殺部隊だ。

 綺麗事だけで王室を守ることはできない。


 リマは私と同期入団の二十六歳。

 その前は一緒に冒険者をやっていた。

 燃えるような赤い髪が特徴で、身長は私より二十セデルトも高い。

 剣の腕は一流。

 そして恐ろしく勘がいい。

 なにより彼女は精神力が尋常ではなく、何事にも恐れない勇敢な騎士だ。


「でもさ、レイ。たった一頭の狼牙相手に、団長のアンタと、近衛隊隊長のアタシと暗部三十名、一番隊隊長のザイン君も必要なのかい? これはもう小規模戦争だぞ」

「エルウッドを舐めてはいけないわ。古のネームドよ。小隊程度ならすぐに全滅させるでしょう」

「そんなに? 冒険者の頃、一緒にネームドを討伐したことだってあっただろ?」

「確かにそんなこともあったわね。でも、宰相殿曰く、ネームドでもエルウッドは格が違うそうよ」


 ザインが踵を鳴らして敬礼した。


「団長、一番隊からは隊員三十人を動員します」

「はー、ザイン君は真面目ね。レイ一筋で」


 リマがザインを茶化す。


「やめなさいリマ! ザイン、ありがとう。だけど、今回一番隊の動員は不要よ」

「え? なぜでしょうか?」

「今回は情報漏えいが一番怖いのよ。暗部と私たちだけなら安心できるわ」


 リマがテーブルを強く叩く。


「おいレイ! 暗部が割を食うってことじゃないか!」

「事が事だけに我慢して、リマ」

「ちっ。分かったよ」


 リマが諦めたように大きく息を吐く。

 私はザインの顔に視線を向けた


「ザイン。一番隊は不要だけど、あなた個人は作戦に入ってもらうわよ」

「そのつもりです」


 リマが指を鳴らす。


「レイ一筋だな」

「やめなさい!」


 ザインの表情は真剣だ。

 何かを思い詰めているような気もする。


「団長、アル・パートは私が押さえます」

「……分かった。よろしく頼む」

「それでは、団長、リマ殿、失礼いたします」


 ザインが扉に手をかけた。


「ザイン君、また明日ねー」


 ザインが退室すると、笑っていたリマの表情が一気に引き締まる。


「なあ、レイ。アンタ本気でできるのか? ザイン君も薄々気づいているようだけど、アルって子に肩入れしてるだろ?」

「そ、そんなことは……」

「アタシたち、何年のつき合いだと思ってるんだよ」

「……そうね」

「ザイン君のあの態度、あれアルって子に相当嫉妬してるぞ。でもまさかレイが人に惹かれるなんて。そっちの方が驚きだよ」


 もう隠せない。

 私はリマに本心を話すことにした。


「……リマ姉さん、私はどうすればいい? 教えて?」

「フハハハ、やっと本音が出たな」

「アルを……死なせたくない」

「全てを投げ出して、また冒険者に戻るか?」

「無理よ。私は陛下と国に命をかけると宣誓したもの」

「そりゃアタシも一緒だよ。だってアレは騎士団入団の儀式だからさ」


 騎士団に入団する際は、陛下の前で宣誓する。

 そこで国と王家に命を捧げることを誓う。


「あんなのただの儀式だよ、儀式。気にすることないって」

「……陛下は私を拾ってくれたわ」

「まあそれを言われると、アタシもそうだけどさ。あの時はレイについていっただけなのに、そのアタシも今や近衛隊隊長だ。陛下には感謝してるさ」

「陛下に……、陛下に目を覚ましてもらうことはできないだろうか」

「あれ本当なのかよ? 宰相殿の世迷い言じゃなくて?」

「分からないわ。ただ、陛下は信じ切ってる」

「宰相に上手く丸め込まれたんだな」

「陛下さえ目を覚ましてくれたら、元に戻れるのに」

「……レイ、一つだけ覚えておくんだ。立場や任務なんて、大切な人の命に比べたら意味ないぞ。アタシたちはそれを経験しただろ」

「そう……ね。ありがとう、リマ」


 ブリーフィングを終え、私は団長室を出た。

 そして、城内の地下にある一室へと向かう。


 室内に入ると、広い部屋の中心にテーブルと椅子が二脚置かれている。

 地下ということで窓は一つもなく、不気味なほどの静寂さを保っていた。

 情報漏えいに配慮された部屋だ。

 過去にはここで拷問が行われたこともあるという。


 ここで明日、エルウッドの生け捕りが行われる。

 そして……アルの命が奪われる。

 どうしていいか分からないが、後悔だけはないようにしようと思った。

 私はこの部屋の壁に、そっと一本の剣を立て掛けた。


 片刃の大剣を。


 ◇◇◇

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