第38話 真実

 ◇◇◇


 アルが陛下と謁見した後、私は王城の騎士団団長室に戻ってきた。


「ふふふ、立派な対応だったわ」


 私はヴィクトリア姫殿下の横で見ていただけだったが、アルの緊張した顔を思い出すとおかしくなってしまう。

 それにしても、アルが礼式作法を知っていることに驚いた。

 でも思い返すと、アルは初めて会った時から礼儀正しい子だった。

 言葉使いもしっかりしている。


「十年もの間、フラル山の標高五千メデルトで一人暮らしていたのに、どこで覚えたのかしら? 本当に不思議な子」


 そんな真面目で純朴なあの子が……どうして……。


 私は昨日のことを思い出していた。


 ――


「レイ・ステラー入ります」


 陛下の執務室へ入室し、最敬礼を行う。

 私の顔を見つめるジョンアー陛下。


「レイよ、アル・パートは王都に来ているのか?」


 威厳のある低い声が響く。


「ハッ! 先日、王都にて入団試験の受付を確認しました」

「ワッハッハッハ、そうか。ところで、彼の者にはレイが剣を教えたとのことだが、なぜだ?」

「ほんの気まぐれにございます」

「ワッハッハッハ、珍しいことよ」


 陛下の機嫌がすこぶる良い。

 この任務を受けて早数年、ようやく陛下がご所望する紫雷石と銀狼牙が揃う。

 無理もない。


 今この部屋にいるのはクロトエ騎士団団長の私、宰相のミゲル ・バラン、そしてジョンアー・イーセ国王陛下の三人だ。

 イーセ王国の実務トップスリーが揃っている。


「ミゲルよ、これでついに紫雷石と銀狼牙が揃ったわけよな」

「はい、陛下。数年かかりましたが、ようやく揃いました。これも団長殿と騎士団のおかげでございまする」

「レイよ、大儀である」


 私に視線を向ける陛下。


「ハッ! もったいなきお言葉」


 陛下が椅子の肘掛けを指で弾く。

 機嫌が良い時の仕草だ。


「ミゲルよ。アルの身柄はどうするのじゃ?」

「ぐふふふふ、陛下。紫雷石と銀狼牙さえ揃えば、子供なぞいりませぬ」

「そう言うなて。レイの初めての弟子であるぞ。ワッハッハッハ」

「ぐふふふふ。では、騎士団で拾ってもらいましょうかの。よろしいですかな? 団長殿」


 何年経っても、この宰相おとこの言い回しには虫酸が走る。


「もちろんです。宰相殿」


 私は深く頭を下げる。

 一瞬でもミゲルの顔を見たくないからだ。

 だがミゲルは、私が喜んで言うことを聞いていると思ってるだろう。


 ミゲルが陛下に一礼する。


「明日、陛下にはアル・パートとやらに謁見していただきたく存じます。姫殿下もあわせて」

「宰相殿。それは大げさでは?」

「最大の誠意を見せておくのですよ、団長殿。さすれば小僧も油断し、エルウッドも捕獲しやすくなるでしょうて」


 汚い男め。

 私は気持ちを表情に出さないよう注意を払う。


「なるほど、入団前に国王陛下と謁見となれば、アルもさぞ感激することでしょう」

「そうなのですよ、団長殿。そこを突けば、エルウッドと小僧を一気に拘束できます。して団長殿、小僧の荷物はどうなっておりますかな?」

「手配中です。明日にはお届けできるかと」

「ふむ。それでは、陛下。恐れ入りますが、明日アル・パートへの謁見をお願いいたします。そして彼奴らの拘束は、明後日決行いたします」


 ミゲルが再度陛下に対し一礼した。


「よきにはからえ。これでついに我が野望が成就する! この国も安泰だ! ワッハッハッハ!」


 密談を終え、団長室に戻る。

 ザインが入室してきたが、私は怒りが収まらなかった。


「バカな! エルウッドを捕獲して、アルが納得するわけないだろう!」

「……はい」

「これでは結局、アルと敵対することになるじゃないか!」

「……はい」

「それに宰相殿は分かっておられぬ! エルウッド以上に、アルの力は侮れないのだ!」

「……団長、作戦はどのようになりましたか?」


 ザインの言葉で我に返った。


「す、すまない、ザイン。取り乱してしまった」

「い、いえ、団長。しかし、団長のそのようなお姿は初めて見ました……」


 ミゲルの汚いやり口に、珍しく怒りを出してしまった。

 私は大きく息を深く吸い込み、気持ちを整える。

 そして、作戦の流れをザインに説明した。


 明日、アルとエルウッドを王城に招く。

 陛下と謁見する。

 その間に、騎士団は宿屋にあるアルの荷物を回収する。

 アルは王城に一泊する。

 翌朝、エルウッドとアルを拘束する。

 拘束時には近衛隊の暗部が動く。

 エルウッドを捕獲し、角を採取した後は、宰相殿が全てを取り行う。


「本来、私たちの任務は紫雷石と銀狼牙の発見までだった。任務としては、すでに達成しているのよ」

「はい、仰る通りです」

「ただ、私が団長に就任しているのが計算外だった。団長となった今、近衛隊には私が指示するし、暗部も動かすわ。全てが終わるまで、もう離れられないのよ」

「……はい」


 宰相はアルを騎士団で預れと言っていたが、エルウッドを傷つけてアルを繋ぎ止めることは無理だ。

 そもそも初めから、あの男にそんな気などないのは明白。


 明後日、アルは殺される。


 アルじゃなければ、私は尊敬する王のために、国のために、ただただ任務を遂行するだけだった。

 私はどうすれば……。

 しかし、この国の騎士として任務は絶対だ。


「ザイン。アルの荷物を回収次第、全てここへ持ってきてくれ」

「ハッ! かしこまりました」


 ――


 思い出してもミゲルに腹が立つ。

 でも、久しぶりに見たアルは、四ヶ月前とは比べものにならないほど逞しくなっていた。


「きっと相当鍛えたのね。ただでさえ化け物じみていたのに。もう人間を遥かに超えたことでしょう。ふふふ」


 そんなアルが、明日殺される。


「どうすれば……」


 扉をノックする音が聞こえると、ザインが団長室に入ってきた。


「団長、アル・パートの荷物をお持ちいたしました。そして、入城の際に回収したアル・パートの剣もお持ちいたしました」

「ありがとうザイン。持ち場へ戻っていいわ」

「ハッ……」

「どうした、ザイン?」

「……団長。あの……失礼を承知でお伺いいたします。まさかとは思いますが、アル・パートに肩入れなど」

「ザイン! 私は誰だ?」

「し、失礼いたしました! クロトエ騎士団団長でございます!」

「私はイーセ王国と、国王陛下に命を捧げている。忘れるな」

「ハッ! 大変失礼いたしました! 任務に戻ります!」


 ザインは私の様子に気づいているようだ。

 正直私は迷っている。

 どうすればいいのか分からない。

 こんな気持ちになるのは初めてだ。

 ザインが持ってきた荷物の中から、二本の剣と小さな革袋を取り出す。


「これが私の剣か」


 細剣レイピアを鞘から抜く。

 見たこともない純白の剣身。

 素材の虹鉱石の影響か、七色の光を放っている。


 美しい。

 そして軽い。


 従来の剣よりも半分ほどの重量だ。

 虹鉱石の硬度は八。

 剣の硬さは最上級だろう。

 それでいて、この剣にはしなりもある。


「これは本当に凄い剣ね。見たこともないわ」


 さすがは我が国でも指折りの鍛冶師クリス・ワイアの作品だ。

 次にアルの剣を鞘から抜く。


「こ、これは、何という異質な剣」


 漆黒の剣身は赤い光を放っている。

 両手剣グレートソードのような大きさだが片刃の剣だ。

 アルの人を超えた筋力であれば、容易にコントロールできるだろう。


「あの子は本当に化け物だものね。それにしても、これはさしずめ片刃の大剣ともいうべき、全く新しいタイプの剣だわ。アルにしか使えないけどね、ふふふ」


 剣を鞘に戻す。


「アルから剣の説明を聞きたかったな。……アルの顔が見たい」


 思わず本音が出てしまった。

 最後に小さな革袋の中身を確認する。


「紫雷石か……。これのせいで……。こんな物のためにアルの命が……」


 どうにか陛下に、目を覚ましていただけないものか。

 私は、石の中に雷の模様がある紫雷石を、ただ見つめていた。

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