第18話 恩師・ヤンソン先生
「あっ、そうだ。リアちゃん」
「なんですか?」
教務課で追試験の申請を受理してもらった私達。あとはもう帰るだけだったけど、一つ用事を思い出した私は、リアちゃんにお願いをする。
「恩師に挨拶していきたくてさ。ちょっとだけ時間貰ってもいいかな?」
「もちろんです」
せっかく魔法学院に来たんだ。久しぶりに恩師の研究室を訪ねて、起業したことを報告するのも良いかなと思ったわけである。
懐かしの渡り廊下を進み、レンガ造りの研究棟に立ち入れば、外の春の気温とは裏腹にどこかひんやりとした空気を感じる。階段を上がった三階の一番奥が恩師の研究室だ。
————コンコン、と扉をノックする。
「はい、どうぞ」
「卒業生のフェルゼンシュタインです。失礼します」
研究室の中に入った私を出迎えてくれたのは、四年間お世話になった恩師。ヤンソン先生だった。
「お久しぶりですね、アマーリエさん」
「ヤンソン先生こそ、お変わりない様子で何よりです」
「私はハーフエルフですから、そう変わりはしませんよ」
見た目だけなら随分と若く見えるヤンソン先生。だけど実年齢は人間ならとっくにお婆ちゃんになってるくらいだと聞いたことがある。魔法学院に勤めてもうだいぶ長いらしいけど、未だに現役で皇国魔法学の最先端を突っ走ってる凄いお人だ。
私は一から一〇まで、この人に育てられたと言っても過言ではない。一二歳で入学した時は家にあった本で独学していただけだったから、基礎もへったくれもなくてかなり酷かったものだ。
そんな私をゼロから鍛え直してくれたのが、この優しそうな(実際にめちゃくちゃ優しいのだ)若いお姉さんの見た目をしたヤンソン先生だった。
「アマーリエさん。就職活動では随分と苦労されたそうですね。あれからどうですか?」
「今日はその報告に。実は私、魔法学の私塾を始めることにしまして」
「へえ、私塾を」
「はい」
そこで私は隣に控えていたリアちゃんを紹介する。
「この子が生徒第一号です」
「あ、あの! リア・エンゲルスといいます! アマーリエ先生には日頃からよくしていただいておりまして、まだ短い期間しかお世話にはなってないんですけど、実力が急上昇しましたっ」
「エンゲルスさん、あなたはここの学院の学生さんかしら?」
「はい。落第寸前ですけど……」
同じ構内とはいっても、魔法学院は広い。リアちゃんとヤンソン先生に面識が無いのも不思議な話ではなかった。それに、ヤンソン先生の講義は特別選抜クラス————通称「Sクラス」の学生じゃないと受講ができないのだ。落第寸前のリアちゃんが、先生の存在を知らなかったのも無理はない。
「そう。アマーリエさんは昔から学友に勉強を教えるのが上手だったから、あなたも成績が伸びると良いわね」
「はい。頑張ります」
「Sクラスで待っているわ」
「……! はいっ」
私とリアちゃん双方の目を見てそう言うヤンソン先生。これは励ましでもあり、挑戦でもあるのだ。
先生は私の魔法士としての実力をよく知っている。もちろん教育者としての手腕も、だ。
だから、先生は言外にこう言ったのだ。「落第寸前の子だろうと、あなたならSクラスに入れるくらい強く育てられるでしょう?」————と。
「次の期末考査が楽しみですね」
「そうね、ふふふ」
朗らかに笑うヤンソン先生。魔法学院は夏と冬に二回、期末考査が存在している。そこで良い成績を取れた人間だけが、各学期末に行われるSクラスへの選抜試験の受験資格を得ることができるのだ。そして選抜試験を突破したら、晴れてSクラスの仲間入りである。
この試験の難易度ははちゃめちゃに高い。四年間を通じてSクラスの座を維持し続けることができるのは、各学年でも数人いるかどうかといえば、どれくらい難しいのかがわかるだろうか。
「じゃあ、そろそろお暇します。お忙しい中、わざわざお時間を割いていただいてありがとうございました」
「アマーリエさんならいつでもいいのよ。またいらっしゃい」
「ではお言葉に甘えて、また伺わせていただきます」
「失礼しました!」
お辞儀をして、恩師の研究室を出る私達。
「なんだか、アマーリエ先生とはまた違った凄さを感じる人でしたね……」
「私をここまで育ててくれた恩師だからね。ヤンソン先生は間違いなく皇国でも五指に入るくらいの凄い魔導士だよ」
魔導士。魔法を使える人間が勝手に名乗っているだけの一般名詞である「魔法士」とは格が違う、国によって認められた「導士号」を持つ魔法学のプロフェッショナル。私はまだ、この導士号を有してはいない。魔導士試験を受験するためには、魔法学院のような魔法学を学ぶことのできる学院の卒業資格が必要なのだ。
魔導士の試験は年に一回、皇都の魔法省で行われていて、先進的な内容の論文や、研究実績、魔法の実演なんかが求められる。私も今年の魔導士試験にはぜひ挑戦しようと思ってるけど、まだまだ課題は多い自覚がある。
「でも、アマーリエ先生だって凄いです」
「そうかな? まあ、そうかもね」
「だって、あんなに短期間で何もできなかった私を一丁前に戦えるくらいに強くしてくれたんですから!」
ふんす、と鼻息荒く語るリアちゃん。そんな彼女を見て、私は今後の育成計画をたったいま決めた。
「よし、リアちゃん。強化合宿をしよう!」
「強化合宿ですか?」
「うん」
申請が無事に受理されたので、追試験は今から一週間後に行われる。それまでの限られた時間を最大限に有効活用するには、家と白ゼミを往復する時間すらも惜しいのだ。二四時間……とまではいかなくても、一二時間くらいは指導に充てたいのが本音。睡眠と食事と風呂とわずかな自由時間を除いたほとんどを、魔法の強化に充ててようやく間に合うかどうかってところだ。
「明日から六日間、白ゼミに泊まり込みで徹底的に指導していくよ。だから今日帰ったらすぐ親御さんに合宿の許可を貰って、一週間分の準備をしてきてね。必要な持ち物は、魔法学院で使ってる教科書ノートその他教材一式すべて。何か質問は?」
「大丈夫です! じゃあ早速、お母さんに許可を貰ってきます!」
「ン、行ってらっしゃい」
学院を出て、家のほうに駆けていくリアちゃん。そんな彼女を見送りながら、私は最寄りの工務店に向かう。大工や材木屋さんとの縁が無い私だけど、今の私にはリアちゃんのくれた虎の子の貯金がある。これを元手に、白ゼミを魔法私塾風に改装するのだ。
あと今私が住んでるアパートからも、ベッドやら何やら家財道具一式を移動させなくちゃならない。
うーん、そうだな。どうせ白ゼミに住むんなら、もう今のアパートを解約しちゃってもいいかもしれないね。
脳内に白ゼミの間取り図を思い浮かべながら、私はどんなふうに改装しようか考える。なんかいいよね、こういう妄想って。秘密基地を作ってるみたいで楽しくてさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます