第14話 大掃除
「うわぁ〜、広ーい……」
ダニエルさんに案内されてやってきたのは、魔法学院にほど近い立派なお屋敷だった。外から見るだけでもわかる。これは広い。
手入れがなされていないからか、庭には草が生い茂っていたし、壁にも蔦が這っていてお世辞にも綺麗とは言えなかったけど、建物自体はさしたる損傷も無くて立派なものだ。
まあ新築同然ってことらしいし、これでひび割れとか雨漏りがあったら堪ったもんじゃないけどね。
「曰く付きの物件ではあるけど、建物自体は大層なものだと保証させてもらうよ」
そう、にこやかに話すダニエルさん。商業ギルドから持ってきた鍵を取り出して、施錠されていた門を開けてくれる。
「凄い。門にも鍵が付いてるんだ」
「曲がりなりにも商人の屋敷だったわけだからね。そのあたりの防犯意識は強かったんだろう」
結局、その商人とやらは自ら犯罪の道に堕ちていってしまったわけだけど。私はそうならないように、常に余裕を持っておきたいものだね。
「さあ、どうぞ」
門を開け、家の扉の鍵も開錠してくれたダニエルさんの案内で屋敷の中へと私は立ち入る。長いこと人が住んでいなかった澱んだ空気と埃っぽさが少し気になるけど、それ以外は完璧だ。玄関から真っ直ぐ行ったところにあるリビングなんて、魔法学院の教室くらい広い。
調度品は一つもない代わりに、残置物扱いの机や椅子なんかはちゃんと残っている。しかも、そのどれもがしっかりとした作りの高級品だ。
「その商人さんとやら、物を見る目は確かだったみたいだね」
「先を見る目はなかったみたいですけど」
「ふふっ」
リアちゃんの鋭い突っ込みに、思わず吹き出してしまう私。
「さてと。これで問題なければ早速手続きといこうか」
「はい。よろしくお願いします」
そのままダニエルさんは持ってきた書類を机に広げて、不動産売買に関する諸々の契約事項なんかを説明してくれる。一つ一つ聞いては頷き、書類にサインする私。同時に「白魔女マギカゼミナール」の開業届も出してしまう。
「さて、これでこのお屋敷は君の物だ。開業した私塾が繁盛すると良いね。……最後に、何か質問はあるかな?」
「いえ、大丈夫です」
また何かあったらリアちゃん経由で訊けばいいだけだし、とりあえずのところはこれで問題ない。
「それじゃあ私はギルドに戻るから。リア、先生をしっかりサポートするんだぞ」
「うん、お父さん」
「ありがとうございました」
優雅に一礼して、ダニエルさんはギルドへと帰っていった。後に残ったのは私とリアちゃんの二人だけだ。
まだ何の手入れもされていない荒れ果てたお屋敷。二人だけだと随分と広く感じるね。
「さてと! 早速お掃除と行こうか」
「はい!」
屋敷中の埃を掃いて、調度品や窓なんかを拭いて、庭の草刈りに、魔法による防犯対策、新しい表札の付け替えなんかもしなくちゃいけない。
これは今日中には終わりそうにないかな。
「それじゃあ、わたしは床の埃を掃いちゃいますね」
「うん。よろしく」
用意の良いリアちゃんが、持参していた箒と塵取りを両手に早速床を掃き始める。健気なリアちゃんを嬉しく思いながら、私も窓を開けて空気の入れ替えだ。
「ぎゃっ、蜘蛛の巣!」
長いこと手入れがされていなかったこともあって、私が一番嫌いな八本脚の例の不快害虫が当たり前のようにそこかしこに巣を張っている。何を隠そう、私があんまり冒険者をやりたがらない最大の理由がこれなのだ。
「虫……最悪〜……」
田舎の男爵領で育ったくせに、私は虫が大の苦手なのだ。視界に入れるのもできればしたくない。でも直接触るのに比べたら、まだ遠くから見るだけのほうがマシだ。
だから、こういう時のための魔法だって開発してあったりする。
「『全身プロテクター』! 『マジックハンド』! 『吸引』!」
まずは実体化させた魔力の鎧で全身を覆い、触りたくないものとの間に物理的な壁を作る。次に、同じく実体化させた魔力の腕で離れたところから障害物を除去だ。最後に、嫌いなものは全部、風魔法で吸い込んで紙袋にまとめて入れてポイである。
――――ギュォオオオ……ッ
次々に吸い込まれていく不快オブジェクト達。ついでに高いところにある埃も一緒に吸い込んでしまう。
一気に綺麗になってゆく屋敷。
「す、凄いです……」
そんな私の様子を、ぽけーっと見ていたリアちゃんだった。
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