第15話 歴史に名を残そう
「さてと! 思ったより早く終わったから、ちょっと一休みしよっか」
「はい」
掃除魔法を駆使したのと、リアちゃんが想像以上に働き者だったこともあって、たったの数時間で屋敷中がピッカピカになっていた。
ボーボーに繁茂していた庭の草刈りも、風魔法でスパッと切って吸引、火魔法で燃やしてしまえばあっという間に整備終了である。ついでにでこぼこしていた地面も土魔法でならしておいたので、ちょっとした野外演習場みたいな広場が出来上がってしまった。
「わたし、お茶淹れますね」
「ありがと」
埃除けの頭巾とエプロンを脱いだリアちゃんが、私の持ってきた加熱もできるスーパー魔法瓶を使って紅茶を淹れてくれる。
綺麗になった部屋に満ちる、茶葉の芳しい香り。うーん、癒される……。
「さてと、リアちゃん。これからの話をしようか」
「はい」
私の前にティーカップを置いたリアちゃんは、自分のカップを啜りながら対面の椅子に座ってこちらを向く。
「まず、避けては通れないお金の話だね。リアちゃんは『白魔女マギカゼミナール』の生徒第一号になってくれたわけだけど、私もこれが仕事である以上、お金を貰わないわけにもいかないんだ」
「そうですね。お月謝は大切ですもんね。……このくらいで足りますか?」
そう言ってリアちゃんは、まだ私が具体的な金額を示してもいないのに懐から取り出した封筒を差し出してくる。
「は、早いね……。失礼、拝見いたしま……って多っっっ⁉︎」
桁が! 桁が一つ……いや、二つ違う気がするんだけど⁉︎ これの一〇分の一ならまだわかる。いや、それでも高いんだけど。
私、まだリアちゃんにほんのちょっとしか教えてないんだよ。それなのにこの額は正直貰いすぎだ。
「こんなに貰えないよ」
「じゃあ寄付ってことで。受け取ってください、アマーリエ先生」
真剣な顔をして、私を見つめてくるリアちゃん。このお金の出所がご両親なのか、それともリアちゃん本人なのかは知らないけど……。どうしても受け取ってほしそうなリアちゃんを見ると、その気持ちを無碍にするのもどうかなという気になってきてしまう。
「このお金、ご両親が?」
「半分はそうです。でも残り半分は、自分でこれまでコツコツ貯めてきたものになります」
「そんな大事なお金を……」
どうして、と口にする前に、リアちゃんは言った。
「わたしは、昔から魔力だけの人間でした。奇跡が起きて魔法学院に入学はできましたけど、それでも三年生にはなれそうにないって絶望してたんです」
確かに、これまでのリアちゃんの実力では三年生に進級することは不可能だろう。魔法学院の進級試験には、座学だけじゃなくて実技も含まれているのだ。
「留年することになっても、学費の心配はいりません。父の稼ぎなら、そのくらいの出費も問題にはならないですから。……でも、わたしのモチベーションは多分保たないと思います。どれだけ頑張っても一向に実力が身に付いていかないあの絶望感と焦燥感は、一年留年したくらいじゃどうにもならないって実感しちゃったんです」
リアちゃんは続ける。
「でも先生の指導を受けて、その考えは変わりました。あれだけ自分でやっても上手くいかなった魔法が、みるみるうちに上達していくんです。……わたしは思いました。この先生の下でなら、わたしは強くなれるんだ! って」
気付けば、リアちゃんはその綺麗な瞳にいっぱいの涙を溜めていた。
「嬉しかったんです。こんなわたしでも魔法の道で生きていけるかもしれないって、そう思ったらもうこの気持ちを抑えきれませんでした」
「リアちゃん」
「アマーリエ先生。わたしを強くしてください。そのためにも、先生にはずっとわたしの先生でいてもらわなくちゃ困るんです。だから、これは投資です」
「投資……」
リアちゃんは涙を零しながら頷く。
「はい。偉大なアマーリエ先生が、その名を世界に轟かすことを見据えた投資です。それがわたしにできる最初の恩返しなんだって思います」
そう言いきったリアちゃんの顔は、とても晴れやかだった。その顔を見たらもう断れないよね。
「……お父上もそうだけどさ、リアちゃんって商売の才能があるよね」
「えっ、そ、そうですか?」
急に斜め上の角度から褒められたリアちゃんが、少しだけ照れくさそうにうろたえる。そんな彼女を優しく抱き締めながら、私は決意を口にした。
「ありがとう。ありがたく受け取らせていただきます。……そしてその期待に応えられるよう、精一杯頑張るね。まずはリアちゃんを三年生に進級させるところから始めよっかな。そしてゆくゆくは学年首席を目指そう」
私自身は受けたことがないけど、魔法学院には追試験のシステムがある。今は三月上旬。ほとんどの学生は春休み期間だけど、ギリギリ挽回は間に合う筈だ。
「首席⁉︎ そんな、進級も危ぶまれるくらいなのに、首席だなんて」
「冗談や酔狂じゃこんなこと言わないよ。私は絶対にリアちゃんを優等生に……いや、魔法学院の歴史に名を残す天才的生徒に成長させてみせる」
根拠はある。短い時間だけど、リアちゃんの指導をしていて感じたのだ。この子は天才だ。やればできる子だって確信がある。ただ、成長のしかたを知らないだけなのだ。
だから私がそのやり方を教えてあげる。それこそが先生に求められている仕事なんだ。
「……歴史に、名を残す」
「うん。リアちゃんなら絶対にできる」
これは一人の天才魔導士が、幾人もの問題児達を最高の魔法士に育て上げるまでの成り上がりストーリーだ。
名もなき者達が、その名を世間に轟かす道のりは果てしなく長いが――――ただそれだけだ。案ずることなかれ。すべての道は必ず
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