第13話 優良物件の裏事情
「随分と広いお屋敷ですけど、どうしてまたこんなに立派な物件がこうまで破格なんですか?」
もしかして、建物の強度に致命的な欠陥があるとかかな? でもさっきダニエルさんは「力で解決できる類の問題」って言ってたし、それならもっと別の理由になるよね。
あれかな。なぜかこの家の敷地内だけに特定の魔物が湧くとか、あるいは討伐が難しい魔物が棲みついてるとか?
「実はね。この建物の前の持ち主は、それこそ富豪と呼んでも差し支えがないほどには大規模な商売を営んでいた商人だったんだ」
まあ、皇都の一等地にこれだけ立派な屋敷を構えようと思ったら、富豪クラスのお金持ちじゃないとまずもって不可能だよね。うちの実家みたいに田舎の男爵風情じゃ難しいかもしれない。
ぶっちゃけ、貴族ってよっぽど高位じゃない限りそんなに儲からないんだよね。特に贅沢にかまけないで領地の経営をしっかりやってる貴族であればあるほど、生活は質素だったりするものだ。
お父様は「下手に一揆でも起こされたら堪らんからな」とか言ってそのへんはしっかりやってたから、うちは貴族の末端としては可もなく不可もなく程度の生活しかしていなかった。
要するに、こんな立派なお屋敷を維持するのは、実家のあるド田舎ならともかく地価の高い皇都であれば相当に難しいってこと。いくら商人が優秀だったとしても、皇室御用商人とかでもないのにこの規模の屋敷を維持するにはちょっと無理があるよね。
「実際、無理があったんだ。見たまえ」
私の独り言を拾ったダニエルさんが、資料をめくって細かい数字が書かれたページを見せてくる。
「これは……借金の額ですか? ……えっ? 嘘でしょ」
「そんなにですか? ……えええっ⁉︎」
横から覗き込んできたリアちゃんも、その恐るべき額を見て絶叫している。中堅規模の商会が軽くいくつも吹っ飛ぶレベルの額だ。いったい何をしたらこんなに……ああ、身の丈に合わない立派なお屋敷を建てたのか……。
「普通ならまず成金商人相手にこれほど融資するところはないんだけどね。相手がまずかった。……闇金だ」
「あちゃー……。そっちにいっちゃったか」
闇金とは、いわゆる反社会的な暴力組織が牛耳ってるアングラな金融業界のことだ。当然だけど違法。見つかれば、借りてるほうだってタダじゃ済まない。
「これだけ立派な屋敷を建てたにもかかわらず、ギルドが把握している限りでは大きな金の動きがなかった。そこで不審に思った憲兵が調べてみたら、案の定真っ黒だ。即刻この商人の資産は凍結されたし、屋敷も差し押さえられた。だからこの屋敷はほとんど新築同然なんだ。おかげで商業ギルドはほとんど負債を抱えることなくこの好物件を手に入れることができた」
それだけならまだラッキーな話に聞こえる。でもダニエルさんはそこで表情を暗くして続けた。
「ただ、この話には続きがある。……莫大な負債を抱えた闇金が黙ってはいなかったんだ。実はこれまでにも何回かこの屋敷を買い取ろうとした人がいたんだけどね。皆住み始めてから数日で、逃げるように契約を解除しに来たよ」
「闇金の人間が嫌がらせをしに来るんですね」
「嫌がらせで済めばまだ良いほうだ。中には拉致の上、暴行を加えられた者までいる」
「あのぅ、先生。そんな危ないところ、やめたほうが良いんじゃ……」
リアちゃんが物凄く不安そうな顔でおずおずと主張してきた。確かにそう言いたくなる気持ちもわかる。……わかるけど、あまりにこの物件が魅力的すぎるんだよ!
何しろ皇都の中心街からほど近い超好立地の上に、地上二階に地下一階建ての一一LLDDKKで、しかもめっちゃくちゃ広いお庭付きだ。さらに家の周りは高い塀で囲われてるから、それこそ闇金みたいに組織的な襲撃が可能な相手くらいしか家にちょっかいを出すことは難しい。
それがなんと三〇〇万エル。魔法学院の教員の初任給よりも少ない額で買えちゃうのだ。これはなんとしてでも取り逃がしてはならない、幸せの青い鳥だよ。
「買います!」
「先生⁉︎」
三〇〇万エルなら、学生時代に貯めたお金がちょうどそのくらい残ってた筈だ。これを買ったら一時的に貯金がすっからかんになるけど、足りなくなったらまた稼げばいい。リアちゃんという新しい生徒も獲得できたことだし、「白魔女マギカゼミナール」の経営が順調にいけばいずれは生活にだって余裕も出てくる筈。
なら買わない手はない。
「紹介しておいて変な話だけど、本当に良いのかい? 君自身はAランク魔法士だから不安はないと思うけど、生徒さんはその限りではないと思うよ」
「そのへんは、色々と対策をしようかなと思ってます。たとえば住み込み式の合宿授業にするとか、あるいは通塾の時に送迎をしっかりするとか……」
あるいは、根本の原因である闇金組織を壊滅させちゃうか。それは流石に野蛮すぎるから口に出すことはしないけどね。それにこっちから手を出すつもりは今のところない。あくまで私的には実害が無ければそれで構わないのだ。けどもし向こうからちょっかいを出してきたら……その時はそれ相応の報復手段を取ろうとは思ってる。
まあ相手もAランク魔法士と真正面から戦いたい筈もないだろうし、私の名前を表札に掲げるだけでも抑止力は充分あるとは思うけどね。
「そうか。まあ対策を考えているなら、それでいいんだ。娘を預ける親の立場から言わせてもらえば、くれぐれも生徒の安全には留意してほしい。……お小言みたいになってしまって申し訳ないが、よろしく頼む」
「もちろんです。そのあたりは徹底的に、それこそ過剰なほどに対策してみせましょう」
差し当たっては常設型警報魔法の多重付与に、不審人物対策の迎撃魔法、拘束魔法、それと侵入阻止用の罠魔法に、家自体を強化する状態固定魔法でも掛けるとしようかな。あと憲兵に即連絡が行く通報魔法もセットで付けておこうか。
もちろん生徒にはそれを無効化する鍵を渡しておくし、送迎だって私が一人一人家まで送り届けるつもりだ。
あまりに酷いようなら、屋敷が広いのを利用して生徒を泊めちゃっても構わない。
「では、そうと決まれば早速その屋敷まで案内しよう」
「ありがとうございます!」
さあ、これで開業と物件確保の手筈は整った。あとは実際に物件を見て、購入の手続きをするだけだ。
「白魔女マギカゼミナール」の本格的な開業まであと少し。楽しみになってきたね。
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