第12話 商業ギルド・皇都支部

 リアちゃんのお父様が、どうやら商業ギルドの重役だったと判明した次の日。私とリアちゃんの姿は商業ギルド皇都支部の中にあった。


「お次の方ー、どうぞー」


 冒険者ギルドのそれとは少しだけテイストの異なる制服に身を包んだ受付嬢に案内されて、私達はカウンターの席に着く。


「本日はどんなご用件で?」


 愛想の良い受付嬢さんに訊かれた私は、昨日リアちゃんのお母様に渡された紹介状を取り出して受付嬢さんに手渡す。


「今日は新しく開業届を出そうと思っていて。それでこれ、支部長さんの紹介状なんですけど……」

「支部長の? 拝見いたします」


 紹介状を受け取って目を通す受付嬢さん。しばらく目を縦に横にと動かしていた彼女は、やがて読み終えてから深々と礼をしてきた。


「確かに支部長の紹介である確認が取れました。それでは支部長室にご案内いたします」

「えっ! 直接お話するんですか?」

「はい。支部長とお話した上で、開業に係る諸々の手続きを行うことになりますね」


 支部長ともなれば色々と忙しいだろうに、一介の個人事業主ごときに時間を割く余裕があるのかな?


「この紹介状を渡されたということは、支部長が色々と便宜を図るということを意味しますので。支部長と直接お話されたほうが効率が良いんですよ」


 それから支部長室へと向かう道すがら、受付嬢さんはギルドの裏情報を教えてくれる。というのも、将来性を見込める新規開業者には、こうやって支部長が直々に話を通して特別に優遇するというのはたまにある事例なんだそうな。

 つまり私はリアちゃんへの指導によって教育手腕が認められたということになる。いくら娘とはいっても流石に公私混同はしないだろうから、純粋に技量が評価されたと解釈していいよね。

 なんだか、思わず頬が緩んじゃうな。


「こちらです。————支部長、お客様をお連れしました」

「ああ、どうぞ入ってくれ」


 穏やかなバリトンボイスに入室を促され、扉を開けてみれば、そこにはどこかリアちゃんに似た感じのダンディーなおじさまが座って仕事に励んでいた。

 おじさまは手に持っていたペンを置いてこちらへと向き直ると、わざわざ起立して丁寧に挨拶をしてくれる。


「君が話に聞いていた、アマーリエ先生だね。初めまして、ダニエル・エンゲルスという者だ。娘がお世話になっている」


 ここで初めて知った、リアちゃんの家名。リアちゃんは「リア・エンゲルス」っていう名前なんだね。


「始めまして、ダニエルさん。こちらこそリアちゃんのやる気には驚かされてばかりです」

「そうか。娘は頑張っているか」


 目じりを細めて嬉しそうに呟くダニエルさん。娘を思う父親らしい、慈愛に満ちた優しい目だ。

 そんなダニエルさんをちょっとだけ恥ずかしそうに見ているリアちゃんだが、こうして見ている限り、親子関係は悪くはないんだろうね。微笑ましいな。


「それで、開業に関してなんですけど……」

「うむ。妻から話は一通り聞いているよ。魔法を教える私塾を開きたいんだろう?」

「はい。それで、資金のほうはどうにかなる算段はついてるんですけど、やっぱり初期費用は抑えたいなーって……」


 ぶっちゃけ指導とか関係なしに私が本気を出せば、当面の間は生活に困らないだけの資金を稼ぐことはできる。でもそれはなんかちょっと嫌なのだ。

 だってそれは私が本当にやりたいことじゃないから。冒険者として生きていくこともできるけど、できるなら私は先生として仕事をしていきたい。わがままかなって気もするけど、その程度のわがままを言っても許されるくらいにはちゃんど学生時代に頑張ってきたつもりだ。四年間ずっと学年首席を維持し続けるっていうのは、自慢じゃないけど並大抵のことじゃない。


「教室にする物件にあてはあるのかい?」

「お恥ずかしながら、それもまだ」


 そこでダニエルさんは「ふむ」を顎に手をやってしばらく考え込んでから、おもむろに口を開く。


「それなら、一つ心当たりがある。かなりいわくつきの物件にはなるけど、それでも良ければ紹介しよう」

「本当ですか?」


 皇都で教室を開けるだけの物件を探すのは、なかなか大変なことだ。弟子のお父様とはいえ、こうして商業ギルドのお偉いさんに直接便宜を図っていただけるだけでも相当なアドバンテージになる。巡り合わせに感謝、感謝だね。


「それで、その物件というのは……」

「少し待っていてくれたまえ」


 そう言って棚をゴソゴソと漁りだすダニエルさん。リアちゃんはそんな仕事をしている父親の姿を見て、何やら思うところがあるみたい。


「あった、あった。これだ」


 戻ってきたダニエルさんが、物件情報が書かれた一枚の紙を見せてくる。そこにはとても立派な一軒家の図面と、それに似つかわしくないほどに破格な値段が書いてあった。うん、何か裏がありそうだ。


「これは商業ギルドが管理している差し押さえ物件なんだけどね。事情があって不良債権と化しているんだ」


 なんかヤバそうなのが来たぞー……。


「この物件を購入したことで発生するすべてのトラブルに、一切商業ギルドは関わらないという条件でよければ、三〇〇万エルでこの物件を融通しよう」

「三〇〇万エルで⁉」


 にわかには信じ難い。だって、この住所なら皇都の中でも特に立地の良い超一等地だ。しかも敷地の面積が、軽く田舎のお屋敷くらいはある。ぶっちゃけ、これをまともに買おうと思ったら数億エルは下らないほどに優良物件だ。

 それがたったの三〇〇万エル。怪しすぎる。


「誤解しないでほしい。これは、Aランク冒険者のアマーリエ先生だから提案しているんだ」

「というと?」

「この物件にまつわる問題は、単純に力があれば解決する類の問題なのさ」


 なるほど。それは確かに一般人には手が出せない話だよね。でも私にとってはそうじゃない。これはお互いにとってウィンウィンな提案なわけだ。


「先生、どうしますか?」


 隣でリアちゃんが少し不安そうな目をして訊ねてくる。実の父親がしている提案だから、怪しい詐欺なんかじゃないのは彼女自身が一番よく知っているだろう。でも私が難しそうな顔をして考え込んでいるから、ちょっと不安に思っちゃったわけだ。


「詳しいお話をお伺いしても?」

「もちろんだよ」


 そこで険しい顔を緩めて、笑顔で応じるダニエルさん。良い人だけど、流石は皇都の支部長にまで出世するだけのことはあるね。気迫が凄いや。


 そんなことを思いながら、私は改めて物件情報の書かれた紙に目を通す。



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