第11話 リアちゃんのお母様
「ただいまー」
「あら、お帰り……ってそちらの方は?」
引率者としてリアちゃんを無事に帰すべく家までついていったら、辿り着いたのは割と大きめな戸建てだった。お屋敷とまではいかないが、地価の高い皇都でここまで立派な一軒家を建てるのがどれだけ難しいことなのかは、流石の私にもわかる。
つまりリアちゃんはプチお嬢様だったわけだ。
「この人はアマーリエ先生。私の先生だよ、お母さん」
「先生……魔法学院のかしら?」
「あ、いえ。私は魔法学院の近くで魔法を教える私塾を経営しておりまして」
かくかくしかじか、リアちゃんの話に私が注釈を付け加えつつ、私が彼女を指導することになった経緯を説明する。
しばらく黙って聞いていたお母上だったけど、リアちゃんが魔法を使って魔物を倒したと聞いたあたりで「まあ!」と叫んだ。
「大丈夫⁉︎ 怪我は無い? あなたのことだから、無理して先生に街の外まで連れて行くようにお願いしたんじゃないの?」
「ち、違うよお母さん。わたしは」
「お母様」
怒っているというよりかは、純粋に心配して言っている感じのお母様。私は誤解を解くべく、話に割って入る。
「私が、リアさんなら問題ないと判断して、実戦経験を積ませるべく街の外へとお連れしました。安全はきちんと確保しての訓練ですから、どうかご安心ください」
「そうなのね……」
その話を聞いて、少しだけ安心したように深呼吸を繰り返すお母様。そして安心したと思ったら、今度は満面の笑みでリアちゃんに急接近してベタ褒めしだした。
「それにしても――――リア。あなた凄いじゃないの! 今まで魔法が使えなかったのに、ついに使えるようになったのね! しかも暴れ猪なんて大物を……芽が出るのは遅かったけど、よくやったわ!」
暴れ猪は、兵士や冒険者といった戦闘を生業としていない街の人々にとっては大きな脅威だ。一頭いるだけで護衛の少ない商隊くらいなら簡単に全滅しかねないし、村落でも作物や家畜に与える被害は甚大で到底無視できるレベルじゃない。
そんな猛獣を、リアちゃんはたった一日の適切な指導と訓練で見事仕留めてみせたのだ。その凄さをお母様は知ってか知らずか、大袈裟なほどに娘を抱き締めて褒め讃える。
素晴らしい親子愛だ。
そんなふうに私がほっこりしながら親子の温かいやり取りを眺めていると、お母様が私のほうを向いて上品な所作で頭を下げてきた。
「先生、ありがとうございます。……うちの娘は、魔法学院では落ちこぼれと言われておりました。正直、中途退学の可能性も充分ありうると覚悟していたほどです」
心当たりがありすぎるのか、居心地が悪そうに目を泳がせるリアちゃん。真面目な子なんだけど、まだやっぱりどうしても学校への苦手意識が拭えないみたいだね。
「そんなリアを、先生はわずか一日のご指導でここまで成長させてくれました。そんな凄い先生なんて、これまで生きていて一度も聞いたことがありません」
リアちゃんが暴れ猪を倒したという事実は、冒険者ギルドのライセンスが証明してくれる。だからお母様が娘を疑ったり、リアちゃんが嘘をついているなんて可能性はお互いに考慮していない。お母様は娘の話を心の底から信じているし、だからこそ私のことも信じてくれているのだ。
「失礼ですが、アマーリエ先生は私塾を開かれてからどのくらいに?」
「お恥ずかしながら、リアさんが一番弟子でして……」
「まあ! まあ、まあまあ、まあ!」
なんだか急にハイテンションになったお母様。いったい何を言いだすんだろう。
「アマーリエ先生。会ったばかりの私が言うのも変な話ですけど、先生には間違いなく指導者としての才能がお有りだと思います」
「いやぁ。そう言われるだけで、講師冥利に尽きますね」
なんか照れちゃうな。私はその辺の――――それこそ大多数の魔法学院の教師よりかは自分のほうが生徒のためになる教育を施せる自信はあるけど、それを鼻高々に自慢できるほど自惚れているわけじゃない。
だからこうして他人から評価されるというのは、恥ずかしいけどやっぱり嬉しいものがあるよね。
「先生には、ぜひこれからも娘をよろしくお願いしたく思います」
「こちらこそよろしくお願いします。絶対にリアさんを一流の魔法士にして差し上げるとお約束いたしましょう」
がっしりと握手を交わす私達。その様子を横で見ていたリアちゃんは置いてけぼりだ。
「そうだ、アマーリエ先生。お一つお訊ねしてもよろしいですか?」
「なんでしょう?」
お母様が味方になってくれるとわかっただけでも大収穫だけど、まだ他に何かあるのかな?
「ギルドに開業届はお出しになられまして?」
「あぁ……まだですね」
まずは新規生徒を獲得するのが目標だったから、その辺の形式はまだ何も整ってはいない。形から入るのを否定するわけじゃないけど、まずは中身が伴わないと駄目かなと思ってそのへんは後回しにしてたんだよね。
でも、こうしてリアちゃんという生徒を親御さん公認で獲得できたわけだし、指導に係る料金体系とか教室となる建物の確保とか、やるべきことはたくさんある。後回しにはしていられない。
「でしたら、主人のほうから話を通させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ご主人様が?」
「はい」
と、そこでリアちゃんから補足説明が入る。
「先生。わたしのお父さん、商業ギルド皇都中央支部の支部長なんです」
「へえ!」
なんとびっくり。リアちゃんのお父さんは、私がこれから開業届を出しに行く予定だった商業ギルドの重役だったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます