第10話 ギルドにて

 猪の魔物を倒したあとは、もう日暮れも近いので素直に撤収することにした。すっかり人通りの減った街道を戻り、城壁で囲まれた皇都に入ればあとはもう安全だ。

 比較的難易度の低い皇都近郊での修行だったとはいえ、まだまだ初心者のリアちゃんにはかなりの負担だったみたいだ。

 安心したことで、どっと疲れが出てきた様子のリアちゃん。どこかボーっとしているのを見ていると、このまま帰したら途中で危ない輩に絡まれかねない印象がある。


「リアちゃん。ギルドへの報告が終わったら、今日は私がお家まで送っていくからね」

「はい……えっ、そんな。悪いですよ」

「今のリアちゃんをほっとけないよ」

「すみません……」


 自分が放心気味だという自覚はあるのか、恥ずかしそうにしながらも甘んじて送迎を受け入れるリアちゃん。うん、素直でよろしい。これからは体力ももっとつけないとだね。


 脳内で今後の訓練項目に体力作りのトレーニングを追記する私。そんなこととはつゆ知らず、どこか虚ろな目でリアちゃんはギルド内をぼんやりと眺め続けている。


「お次の方、どうぞ」


 順番が来たので、受付嬢のペトラさんの下に向かう私達。今日の顛末を簡潔に述べてから、必要書類に色々と書き込む。


「へえ。Aランクの引率があったとはいえ、初日でもうDランク上位のを撃破したのですか。これは将来が期待できますね」


 そう言って無表情ながらも関心した反応を見せるペトラさん。ちなみにペトラさんが私の話を疑う様子は一切ない。当たり前だ。どうせこの後ギルドの裏にある解体所で猪型の魔物(さっきペトラさんが言っていた「暴れ猪」というのがそれだ)を引き渡すことになるから嘘を吐く意味がないし、そもそも私がAランクという高位の冒険者だから疑う必要がないのだ。

 Aランク冒険者っていうのは、誰にでもなれるものじゃない。ただ強いだけじゃ駄目で、人間性とかサバイバルの技術、魔物の知識、依頼達成に係る信用などといった部分も評価の対象になる。もちろんそのあたりの基準はべらぼうに高いわけじゃないけど、粗暴な人間も多い冒険者でこれを完璧にクリアできる人はそんなに多くない。もちろん私は真っ当な礼儀正しい人間だから、まったく問題なくそのへんはクリア済みだけどね。


 そんなところでペトラさんとの問答を終えた私は、そのままギルド裏の解体所へと向かう。ここで魔物の遺骸や素材を引き取ってもらって、解体の後に査定。その査定額に応じた金額が、後日ギルドの口座に振り込まれるという仕組みだ。

 ちなみにここで解体費用を節約するためにギルド職員の作業を断って自分でやってもいいし、完全におまかせしちゃっても構わない。私は面倒だし、別に自分でできないわけでもないから、完全におまかせコースだ。

 できないのと、できるけどやらないのは違うよねってやつだ。それに私が仕事を投げることで食べていける人だっているわけだし、要するに分業社会万歳だね。


「おお、随分と派手にやったな。これは白魔女ちゃんがやったのか?」


 異次元収納魔法から猪を取り出した私に、以前から顔見知りの解体士のおじさんが血まみれのナイフを持ったまま笑顔で訊いてくる。絵面が完全に犯罪者のそれだけど、別に彼は何もやましいことはしていないのだ。


「ううん。この子がやったの」


 そう言ってリアちゃんのほうを振り向けば、彼女はうつらうつらとして半分意識を飛ばしかけていた。


「ふェッ⁉」


 慌てて目を見開いて、辺りをキョロキョロと見回すリアちゃん。周囲が危険な場所じゃないと判明してからまた眠そうになり、そこで血まみれのナイフを持った笑顔のおじさんを発見してギョッと飛び上がる。


「ひゃあっ!」

「大丈夫だよ、リアちゃん。ここはギルドの解体所。わかる?」

「あっ……はあ、そういえばそうでした」


 ようやく落ち着いてきたのか、ほっとしたように息を吐くリアちゃん。なんというか……これからがちょっと心配だ。


「へえ……? まあ、白魔女ちゃんが言うなら嘘じゃないんだろうが……世の中わかんねえなぁ」


 そう呟きながら、作業へと移っていくおじさん。リアちゃんは、そんなおじさんのことをまだ少しだけ恐怖の色が残った目で見つめていた……。




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