第9話 だって私は先生なんだから
「っ……!」
初めて猪の魔物を目の前にして、リアちゃんが一瞬だけ動きを止める。覚悟はしていたみたいだけど、やっぱり衝撃は大きかったみたいだ。
そして魔力の影響で凶暴化した野生の魔物は、その隙を待ってくれるほど優しい存在じゃない。
「リアちゃん!」
「っ、はい!」
私の声で我に返ったリアちゃんが、全身に循環させていた魔力を右手に収束して魔力塊を生み出す。普通ならそこで止まる筈の魔力の供給も、まだ出力のコントロールを覚えていないリアちゃんの場合は止まらない。
莫大な量の魔力が際限なく『魔弾』へと注ぎ込まれては、無自覚にその攻撃力を高めてゆく。
ただ、数時間にも及ぶ私の個人指導を受けたリアちゃんは、もうつい昨日までの彼女とはまったくの別人だ。これまではただ不安定なだけだった魔法は、圧縮され、密度を高めたことで極大威力の必殺技へと進化を遂げている。
「い、いきます! ――――『魔弾』!」
リアちゃんの右手から、ライセンス試験の時よりもよっぽど強化された『魔弾』が勢いよく放たれた。
そこらの中級魔法よりも威力の高い『魔弾』はまっすぐに飛んでゆき、文字通りこちらへと猪突猛進してくる猪の魔物の鼻っ面へと直撃する。
「ブモ――――」
直撃の瞬間、猪が押し潰されたような悲鳴を小さく上げた。でも、それ以上何かを猪がすることはできなかった。
「え……えっ?」
「やったじゃん、リアちゃん」
慣性の法則に従って、ズザザ……ッた地面を滑る猪の魔物だったもの。頭部を吹き飛ばされて赤い液体をドバドバと垂れ流している光景は、相手が人間じゃなくても割とスプラッタだ。
「い、一撃……そんなっ、わたしが?」
「そうだよ。リアちゃんがやったんだよ」
猪の魔物は、小型でも体重二〇〇キロを超える。魔物化していない本来の猪でだいたい七〇〜一〇〇キロくらいだから、実に二、三倍の体重にまで成長するかなり凶悪な魔物なのだ。
そんな猪の魔物を個人で倒そうと思ったら、相当な武術の腕か魔法の実力がなくちゃならない。相手は普通に人間だって殺せるような化け物なのだ。ちょっと喧嘩が得意なくらいじゃ、命が危なくて仕方がない。
そんな割としっかりヤバい相手を、リアちゃんは瞬殺した。昨日までなら考えられなかった成果だ。それを私が数時間指導しただけで、あっという間に成し遂げた。
これがリアちゃんという女の子の凄いところだ。正直、予想以上だった。素質はあると思っていたけど、まさかここまでだとは思ってもみなかったのだ。
だって、言われたことをたったの数時間練習しただけである程度形にするんだよ? 控えめに言って天才以外の何物でもなくない?
「リアちゃんは、もっと自分に自信を持っていいんだよ!」
「そうなんでしょうか……」
「そうだよ」
やっぱり染み付いた負け犬根性は、なかなか抜けるものじゃないみたい。でも、一生負け犬で終わらないのがリアちゃんの良いところだ。まだ短い付き合いだけど、私はそう思っている。
「確かに、考えてみたら昨日までは何も魔法が使えないただの魔力馬鹿だったのに、今ではDランク相当の魔物を瞬殺できちゃってますし……普通に考えたら、物凄い伸び率ですよね」
やっと自覚が出てきたらしいリアちゃん。うん、その勢いだ。自信過剰なのは良くないことだけど、適度に自分に自信を持つことは精神面の健康を保つ上でも大事だからね。
「でもやっぱり、そんなわたしをたった一日でここまで強くしてくれたアマーリエ先生が一番凄いです!」
「あらら」
結局、そこにいっちゃうのね。まあ私が凄いのはその通りなんだけど、でもリアちゃんが頑張ったからこその成果なんだってことは、しっかりと強調しておきたいよね。
「私はちゃんと先生をやれてると思うけど、その分リアちゃんだって勤勉な生徒だと思うよ」
「先生……っ」
魔法学院じゃ、こうまで目を掛けてくれる人はいなかったかもしれないけど。これからは私がリアちゃんの面倒を見るから安心してほしい。
これから世界中に名前を轟かせる(予定の)「白魔女 マギカ ゼミナール」の生徒第一号として、リアちゃんにはどこに出しても恥ずかしくないだけの強さを身に付けてもらうつもりだ。
そして、そのための努力を私は決して惜しまない。だって私は先生なんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます