第8話 街の外

「ところでさっきの話の続きなんですけど、どうして『魔弾』の練習もするんですか?」

「別に深い意味があるわけじゃないよ。単純な話、楽しくないと続かないでしょ?」

「あっ、確かに」


 ゲルトナー先生みたいに、基礎ができていない段階で応用に手を出すことを否定する指導者が一定数いるっていうのは、まあ理解できる。彼ら彼女らが言うように、基礎基本がなってない人間が下手に応用に手を出すと、間違った感覚で覚えてしまいかねないリスクは確かにあるからね。

 でも、私はこうも思うのだ。

 その間違いを修正してあげるのが先生の仕事なんじゃないの? ————と。

 さらに言うなら、そもそも間違って覚えないようにお手本くらい完璧にやってみせろよ————と。

 そんなわけで、私は「基礎もできていないのに~云々」とかいう言説は、詭弁だと思っている。それは端的に言って、指導者の指導力不足の自白にほかならない。だから私はあえて、応用を先に学ぶことを否定しないのだ。


「応用ってさ、要するに自分がいずれ辿り着きたい到達点なわけでしょ? そこに少しでも触れられるなら、やる気だって継続するんじゃないかな」


 つまらない基本の練習ばっかりで、やる気を失くしてしまうのは楽器の練習とか勉強だって同じことだ。基本に関しては小さな目標をたくさん設定して達成感を味わわせつつ、並行して簡略化した応用にも少しだけ齧らせる。それが当面の私の教育方針になる。


「なんだか、やる気が出てきました!」

「じゃあ早速、『魔弾』の練習からいこっか。それが終わったら日常魔法『照明』の練習ね」


 『照明』は単に光るだけだから、出力を間違えても大惨事にはなりにくい。当面の練習にはもってこいだろう。


「はい!」


 さっきのライセンス試験でも、辛うじて形にはなっていた『魔弾』だ。今はまだそれしか使えなくても、極めれば充分に武器になるに違いない。



     ✳︎



 街の外に出てから数時間後。そろそろ夕方になってきたので、今日はこのあたりで引き上げようかなと思い始めた時のことだった。


「ん」


 私が常時、無意識下で発動している索敵魔法に、一つの魔力反応が引っかかった。


「アマーリエ先生?」

「近くに魔物がいるみたい」

「ま、魔物!」


 魔物がいると聞いて、大袈裟に仰天するリアちゃん。そんなに驚かなくても、城壁の外なんだから魔物くらい普通にいると思うんだけど……。


「魔物、見たことない?」

「学院の授業で一回だけ、あるにはあります」

「あー、そっか。もしかして今まで街の外に出たことないのかな?」

「お恥ずかしながら……」


 なるほどなるほど。それなら「魔物」という単語に過剰反応するのも納得だ。皇都は巨大な都市だから、周辺の街道の整備だった行き届いている。常日頃から冒険者や兵士の手で魔物が間引きされてるし、盗賊の類も監視対象になっているから危険は限りなく小さい。

 でも、それは一〇〇%安全ということを意味しないのだ。何しろ安全な城壁の外側だもの。どうしたって野生の魔物の一匹二匹は発生するし、それを駆除する行政だって完璧じゃない。結果として、繁殖力の強いネズミ型とか猪型の魔物くらいなら、そこそこの頻度で遭遇するのが普通だった。


「ちょいどいいや。リアちゃん、今日の成果を試してみよう」

「わ、わたしが相手するんですか⁉︎」

「そうだよ。だって冒険者になったでしょ?」


 昨日までのリアちゃんは、街の中で守られる一般市民だった。それは悪いことじゃない。平和で安全に暮らしていける街というのは、世界中を見てもそれほど多いわけじゃない。皇都みたいな街で生まれ育ったリアちゃんは幸せ者だ。

 でも、それはそれ。これはこれである。

 せっかく戦うことを生業にする冒険者に(一時的にとはいえ)登録したんだから、実戦の経験は積んでおくべきだ。


「まだ怖いとは思うけど、私がついてるから。気は抜いちゃダメだけど、そこまで心配せずに挑んでいいよ」

「う……わ、わかりました。頑張ります」


 うん。偉い子だ。ここで根を上げて私の背後に引っ込むだけなら、これからいくら魔法を練習してもきっと大成しなかっただろう。

 でもリアちゃんは怯えながらも、ちゃんと「やる」と宣言してみせた。かなりスパルタな自覚はあるけど、ここで今までの弱気な自分を克服することには大きな意味があると私は思う。


「頑張って。教えたことをしっかりと意識すれば、倒せない敵じゃないよ」

「はいっ」


 索敵魔法が教えてくれる敵の魔力反応はそれほど大きなものじゃない。反応の強さ的に、おそらく小型の……まだ大人になりきっていない猪型の魔物だと思う。

 動きは素早いし、体当たりの直撃を喰らったら大人でも大怪我は免れないけど、変に緊張せず冷静に対処すれば今のリアちゃんでも問題なく倒せる筈だ。

 それに、万が一リアちゃんがピンチに陥るようなことがあれば、その時は私が介入する。ぶっちゃけ猪ごときにどうにかされる気は欠片もしないし、そういう意味ではリアちゃんが怪我をする可能性は万に一つもない。


「さあ、そろそろ来るよ」

「……っ」


 いつ魔物が飛び出してきても対処できるように、深呼吸を繰り返して調子を整えるリアちゃん。しっかりと教わった通り、全身の魔力の巡りを意識して魔力回路を臨戦状態で維持している。


 ガサガサ……ッと茂みから音がした。次の瞬間、姿を現す大型犬ほどのサイズ感の影。


「ブモォオォッ」


 猪型の魔物だ。





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