第6話 一番弟子

「じゃあ、いきます……っ!」


 白線の前に立ったリアちゃんが腕をまくって深呼吸する。

 今日のライセンス試験はリアちゃんで最後だ。私とリアちゃん、そして試験官の三人だけになった演習場で、リアちゃんは未熟な腕ながらも並外れた量の魔力を練り上げ、魔法陣を構築する。

 青白い輝きを放つ単純な幾何学紋様。無属性の魔法は属性変換を伴わない分、魔法式の構成が比較的単純だ。

 そして単純である分、小細工に左右されない素の実力が如実に現れる魔法でもある。


「『魔弾』!」


 魔法と呼ぶにはまだ少し甘い魔力の練り上げ。しかし込められた量だけは第一線級だ。ベテラン魔法士もかくやと言わんばかりの濃密な魔力が圧縮された魔力塊が、私の時よりもやや遅い速度でリアちゃんの右掌から放たれる。


「――――!」

「まっすぐ飛んだ!」


 正直、さっきまでのリアちゃんの魔力回路の乱れ具合的に、まともに魔法を飛ばすのは難しいと思っていた。

 でも実際にはどうだ。私がお手本を一回見せただけで、曲がりなりにもちゃんとした魔法を再現できたじゃないか!


 やがて『魔弾』は軌道をフラつかせることもなく無事に的に命中して弾ける。私が壊したせいで新しく用意された的の真ん中から少し外れたところを、ほんの少しだけ凹ませて『魔弾』は消えた。


 周囲から音が消える。数秒の静寂ののち、私は飛び上がって叫んだ。


「やったよリアちゃん!」

「や、やりました……」


 まだ現実感がないのか、若干放心気味のリアちゃん。でも確かにリアちゃんは立派な魔法を使ったのだ。

 凹みはわずかとはいえ、あの的はそこそこの厚みを持った鉄板だ。数ミリの鉄板を少しでも凹ませることの難しさを考えたら、リアちゃんの『魔弾』は冒険者としてやっていくのに最低限必要な威力を充分に備えていると言える。


「……合格です。おめでとうございます。お疲れ様でした」


 試験官の声で我に返ったリアちゃんが、そこで初めて聞く大声を上げて私に飛びついてきた。


「やった! やりました! わたし、『魔弾』の魔法が使えましたぁっ!」

「むぐっ、く、苦しい! リアちゃんっ、ギブギブ!」


 リアちゃんの背中をバシバシと叩いて離れるよう伝える私。感動に水を差すみたいだけど、呼吸ができないと死んじゃうからね……。


「あ、……ご、ごめんなさい」


 年頃の女の子とはいっても、全力で抱き着かれたらそれなりには苦しい。流石にリアちゃん相手に身体強化魔法を発動するわけにもいかないしね。


「魔法って楽しいでしょ?」

「はい。わたし……今までは生活魔法すらもろくに使えない、魔力だけの『タンク』ってずっと馬鹿にされてたのに……う、うぅっ」

「リアちゃん?」


 気が付けば、リアちゃんの目には大粒の涙が浮かんでいた。綺麗な瞳から透き通った雫が次々にこぼれ落ちては、薄桃色に染まった頬を伝って濡らしてゆく。


「アマーリエさん。ありがとう、本当に、ひっく……本当にありがとうございます……っ」

「私はただアドバイスをしただけだよ」

「それでもです。わたし、これからもずっと魔法なんて使えないままなんだと思ってました。……でも、初めてまともに魔法が使えたんです。初めて、暴走しないで魔法がちゃんと飛んでいったんです」


 ようやく泣き止んできたリアちゃんが、満面の笑みを浮かべて私の目をまっすぐに見つめて言う。


「アマーリエさんは私の恩人……いえ、恩師です。学院でもこんなに親切にわかりやすく教えてくれる先生はいませんでした。だからアマーリエさん、もしよかったらなんですけど」

「うん」

「先生って呼ばせてもらえませか?」

「先生? 私が?」

「はい」


 そう頷くリアちゃんの表情は真剣だ。冗談でもお世辞でもなく、心から私を「先生」と呼びたいという意志が伝わってくる。


「実はさ、私これから魔法を教える私塾を始めようと思ってるんだよね」

「本当ですか! なら、ぜひそこで学ばせていただきたいです!」


 目をキラキラと輝かせて詰め寄ってくるリアちゃん。あまりの気迫に少し押されてしまう。怖い、怖い!


「だからもし本当に私の下で魔法を学びたいなら、大歓迎するよ」

「〜〜〜〜っ! よろしくお願いしますっ、アマーリエ先生!」

「うん。よろしく、リアちゃん」


 深々とお辞儀をするリアちゃんの手を握って、私は彼女の弟子入りを認める。


「でもねぇー。私の指導は厳しいぞ〜。ついてこれるかな?」

「絶対に食らいついてでもついて、ついていきます!」

「その意気や良し! リアちゃんは記念すべき一番弟子だよ」

「本当ですか? ……ふふ、やった!」


 心から嬉しそうに小さくガッツポーズをしてみせるリアちゃんは、控えめに言って最高に可愛かった。


「……初弟子、ゲットだね!」


 こうして私は、まだ学び舎すらも無い状態で記念すべき一番弟子を獲得したのだった。






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