第5話 『魔弾』の射手

「私がリアちゃんを教導エデュケートするよ」

「お前が教育でもすんのか? 教師でもねェくせに」


 不良男が馬鹿にしたような顔で言った。でも私は冷静に反論を口にする。


「別に学校の先生だけが教育者ってわけでもないでしょ」


 何らかの教育機関に身を置いていなくとも、在野にだって魔法を極めた魔導師はいるし、神官さんだって休日には学校みたいなお勉強会を無償で開いている。彼らだって立派な教育者の一員だ。


「はっ。あと数分で試験が始まるってのに、何を教えるんだか」


 そう言ったきり興味を失くしたのか、不良男が前を向いてしまう。リアちゃんはといえば、隣でオロオロしっぱなしだ。


「皆さん、お待たせいたしました」


 と、そこでギルドの職員が演習場に入ってきた。


「これより冒険者ライセンス適性試験を行います。試験の内容は、模擬戦ないしは攻撃型魔法の実演です。魔法士の方はそこの白線の前で順番に並んでください」


 試験官が示した白線の先には、金属製の的が立っていた。距離はだいたい二〇メートルくらい。駆け出しの冒険者には少し遠いかな? というくらいの距離だ。ちなみに私くらいになってくると、この程度なら目を瞑っていても命中させられる。「白魔女」の名をなめちゃいけないよ。


「模擬戦の方は、私と試合をしてもらいます。どなたからいきますか?」


 どうやら試験官は戦える人だったっぽい。確かに身のこなしには隙が無いし、身に秘めた魔力もかなりのものだ。なるほど、試験官を任されるだけはありそうだね。


「俺からだ」


 真っ先に名乗りを挙げたのは、今さっきいちゃもんを付けてきた不良男だ。奴は剣士みたいで、腰には使い込まれた様子のショートソードを佩いている。


「模擬戦では相手を殺傷することは厳禁です。寸止めで行います」

「わかってる」


 この不良男、伊達に文句を付けてきてはいない。多分何かしらの事情があってライセンスを停止されたか剥奪されたかのどっちかだろう。少なくとも、駆け出しっぽい感じの子とか年齢高めのおじさんよりかは強そうだ。


「では、始めましょうか」

「っせりゃァ!」


 物凄い勢いで駆け出していく不良男。正直驚いた。あれなら騎士学院のエリート四年生とだって良い勝負ができるかもしれない。前に親善試合で目にしたことがある騎士学院の代表選手と比べても遜色のない動きだ。


「はァッ!」


 鋭い太刀筋で試験官に斬りかかる不良男。それを危なげなく受け流す試験官。うん、試験官も普通に強いね。伊達に試験官を任されてはいないみたい。


 そのまま一、二分ほど切り結んでいた二人は、試験官が片手を挙げて不良男を制止したところでピタッと止まる。


「問題ないでしょう。合格です」

「ったりめえだ」


 二人ともそんなに息が切れていない。人格面ではともかく、この不良男は実力だけ見るなら第一線級だ。


「ではお次の方」


 休憩を挟むでもなく、試験官が次の模擬戦を促した。どうやら次は軽薄なナンパ男のほうみたいだ。別に仲良くはないのか、合格を言い渡された不良男はさっさと演習場から去っていく。


「まあ、動きは悪くないですね」


 ナンパ男のほうも、やや危ない場面はあったけど無事合格。試験は次の人に進む。


 そうしてしばらく経って、ようやく私の番がやってきた。


「あなたは見たところ魔法士のようですが、模擬戦と魔法の実演、どちらを選ばれますか?」


 別に身体強化の魔法を使えば近接格闘戦だって問題なくできるにはできるんだけど————


「うーん、じゃあ魔法で」


 チラ、とリアちゃんのほうを振り返ってから、魔法を選択する私。リアちゃんはそんな私に向かって「頑張ってください」と応援してくれる。良い子だ。


「ところでリアちゃん。魔法の使い方でどんなところが苦手なのかな?」

「えっと……威力の調節と命中精度です。つい力んじゃって、どうしても不安定になっちゃうんです……」


 薄々そんな気はしていた。リアちゃんの保有魔力量は、ちょっと見ただけでもわかるくらい立派なものだ。それなのに、魔力量に対して身体を巡る魔力回路の流れが少し歪だった。

 これが意味するのはすなわち、リアちゃんは自分の魔力量に翻弄されて、細かい出力のコントロールができていないんじゃないかってこと。水道管が腕みたいに太いのに、蛇口が指くらい細かったら、飛び出した水は跳ね回るだろう。リアちゃんの身に起きているのは、多分そういう状況だ。


 なら、私が教えてあげるべきは正しい出力のコントロールのやり方。一朝一夕に上達するようなものでもないけど、良いお手本を見せてあげるのとあげないのでは雲泥の差があるもんね。


「リアちゃん、見ててね。これが正しい魔法の使い方だよ」


 私は白線の前に立つと、あえて膨大な魔力を練り上げてみせる。————ちょうどリアちゃんが常時垂れ流している魔力圧くらいに調整して。


「あっ……」


 その一瞬で、リアちゃんは悟ったみたいだ。私が自分の……リアちゃんの魔力量にきっちり揃えて魔力を練ったことを。そしてその上でどう魔力を制御すべきなのか、教えようとしていることを。

 リアちゃんはぐっと拳を握り締めて、まじまじと私の全身を凝視する。

 うん、良い観察の仕方だね。初心者はえてして魔法の放たれる右手だけを見ようとしがちだけど、それは間違いだ。魔法とは、頭や腹も含めた全身で使うもの。どこか一部だけに注視しても、深い理解は得られない。


「いくよ」


 選んだのは、初心者でも割と簡単に使える『魔弾』の魔法だ。『火弾』や『水弾』のように属性変換を伴わない分、比較的習得が簡単な基礎魔法である。


 込められた魔力は、通常の『魔弾』よりも随分と多い。普通ならこれでコントロールを崩して暴走してしまいがちなんだけど……私はあえてそのまま魔力を込め続け、そして小さく小さく圧縮するイメージで魔力を練り込んでゆく。

 そして右手の先に顕れた、拳大の『魔弾』。極限まで密度が高まったそれは、ほんのりと青白い魔力放射光を放っている。


「————『魔弾』」


 ————ドッ……と勢いよく放たれる『魔弾』。ともすれば溢れ出てしまいそうなエネルギーを内包した青白い魔力塊は、しかししっかりと内側に魔力を押し込めているので弾道がブレることはない。

 狙いを違わず、的のド真ん中を射貫いて風穴を開ける『魔弾』。心なしか、落ち着いていた試験官の目が少しだけ見開かれているような気がする。


「……合格です」

「リアちゃん、溢れ出る魔力を抑えるのが難しいなら、まずはギュッと固めちゃおうか」

「……はいっ!」


 今のお手本を見て、自分がやるべきことを理解したリアちゃんが力強く頷いてみせる。


「さあ、次はリアちゃんの番だよ」


 彼女の魔法を見たことは一度もないけれど。でも今のアドバイスを受けて、ほんの少しだけリアちゃんの魔力回路の流れが変わった気がする。

 さて、リアちゃんはどんな魔法を見せてくれるのかな。まだ出会ったばかりなのに、自分のことみたいに楽しみだ。



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