第2話 白魔女 マギカ ゼミナール

「――――よし、魔法塾を始めよう!」


 そう意気揚々と宣言した私に、エミリーは冷静に問うてくる。


「名前は何にするのかしら?」

「うーん、どうしよう」


 ぶっちゃけ塾を始めることだけを考えていて、そのほかのことは何も考えていなかった。

 でも客商売やるなら名前って大事だよね。ブランドイメージには名前だって大いに関わってくるわけだし……。


「アマーリエ魔法塾? うーん……それだと安直すぎるなぁ。……じゃあ魔法科アカデミー? それもなんかなぁ、違う気がする。というかそれだと魔法学院となんにも変わらないよ」


 ダメだ。全然良い名前が思い浮かんでこない。魔法式を組み立てるのはあんなに簡単なのに、こういったセンスが問われるものになると途端に何も考えられなくなっちゃうんだよねぇ。


「そうね……。アマーリエの二つ名である『白魔女』の文字を入れるのはどうかしら?」

「『白魔女』を? 恥ずかしいよ〜……けど割とアリだな」


 私の髪は長い銀髪だ。どうも魔力が強いと髪色に影響が出るらしく、金髪の両親や兄妹達とは違って、私はけっこう綺麗な銀髪だった。

 自分で言うのも変な話だけど、なかなか切るのがもったいないくらい綺麗なので随分長いこと切ってはいない。でもそれだと邪魔だから、ゆるふわ風の三つ編みに結ってまとめてある。

 で、そんな銀髪が特徴的だから「白魔女」だ。誰が言い出したのかは知らないけど、だいぶ安直な二つ名だと思う。でも私は地味にこの二つ名が気に入っていた。


「白魔女魔法塾……んん、もう一歩何か欲しいね」


 単に魔法を学びますよ、だけじゃこっちのスタンスが伝わらない。名は体を表すというし、魔法塾の名前もちゃんと私のポリシーに沿ったネーミングにしたいのだ。

 きっかけこそ「就活がしたくないから起業する」なんて不真面目なものだったけど、こうしていざやると決めてみたら意外と性に合っている気もするし、やるならちゃんとやりたい。


「私ね、ただ魔法を教えるだけの私塾にはしたくないんだ」

「へえ?」


 エミリーが腕を組んで、興味深そうに訊き返してくる。


「学院で四年間学んでて思ったんだけど……やっぱり先生達の手が届かない部分ってどうしても出てくるじゃん? だから本当なら、やればできる筈の子が落ちこぼれになっちゃう……そんな子を何人も見てきたよ」


 多対一で授業が進む以上は、どうしても仕方のない話だ。先生一人の熱意でどうにかなる問題じゃない。授業以外にも先生達の仕事は多いし、これは構造的に避けられない問題なのだ。

 魔法学院が今の形である限り、どうしても落ちこぼれてしまう生徒は出てきてしまう。


「私はさ、そんな不幸にも落ちこぼれちゃった子でも、しっかり教えてあげれば結果を出せるんだって証明したいんだ」


 今となっては懐かしい。まだ私が一年生だった時の話。どうしても成績が上がらないクラスメイトの子が、私に質問をしに来てくれたことがあった。

 その時、私もまだ幼いなりに、色々と試行錯誤して質問に答えてあげたんだ。私自身まだわからないことも多かったから、二人で一緒に学院図書館に通い詰めて、教科書を何度も読み返して、そして実際に魔法を練習しながら問題点をあぶり出した。

 そうしたら、その子はそれまで赤点スレスレしか取ったことのなかった試験で、初めて平均点よりも高い点数が取れたのだ。しかも副産物として、私まで高得点が取れてしまった。

 その時に言われた感謝の言葉は今でも覚えている。


「ありがとう、アマーリエちゃん。……おかげで私、魔法が好きになれたかもしれない!」


 それ以降だろうか。私が皆の勉強に付き合ってあげるようになったのは。

 その子は二学年に進級して以降、先生達と馬が合わなかったみたいで、結局三年生になる前に学院を辞めちゃったんだけど。それでも辞める時、私に挨拶しに来てくれた。あの子は学院は辞めちゃったけど、魔法は嫌いにならないでくれた。

 そのことが嬉しかった。でも、同じくらい悔しかったのだ。

 もっと勉強を教えてあげられたら。魔法の練習に付き合ってあげられたら。そうしたらあの子は魔法学院を辞めずに済んだんじゃないかって。


 今ふと思い出したけど、その時の気持ちが明確に今の私を作っている気がする。


「一人一人が、自分の苦手を理解して、自分の得意を伸ばしていけるような、そんな私塾を作りたい。そのためには、学院のゼミみたいな演習形式の少人数授業が良いと思うんだ」


 私が四年間お世話になった恩師のゼミは、嫌なことも多かった魔法学院の中では飛び抜けて輝かしい幸せな思い出だ。あの恩師のゼミがあったから私はずっと成績優秀でいられたし、今でも魔法が大好きでいられるんだ。

 私はそんな恩師みたいな私塾を作る。そして魔法の素晴らしさを一人でも多くの子に伝えたい。


「やるなら、多対一じゃなくて一対一。それが無理でも、せめて少人数に絞って一人一人にしっかり目をかけてあげられるようなゼミ形式の私塾が良いな」

「それじゃあ、名前は『白魔女 マギカ ゼミナール』で決まりね」

「『白魔女 マギカ ゼミナール』……うん、良い感じ。気に入ったよ。ありがと、エミリー!」

「ふふ、よかったわ」


 白魔女マギカゼミナール、か。うん。なんだか、温かい響きがして好きかもしれない。





――――――――――――――――――――――――――  [あとがき]


 タイトルを微修正しました(2023/05/01)。

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