白魔女 マギカ ゼミナール

常石 及

第1話 就活したくない……。そうだ、起業しよう!

「うわぁあぁんっ、働きたくないぉぉおぉおぉぉ〜〜〜〜‼︎」


 皇立魔法学院から徒歩一〇分、皇都でもかなりの好立地のワンルームマンションの一室に、情けない女の悲鳴が響いた。

 声の主はあとわずか一ヶ月で卒業を控えた女学生、アマーリエ・フォン・フェルゼンシュタイン(一六歳)。私だ。


「この後に及んで内定が無いなんて、マズすぎるのはわかってる……。でも仕方ないじゃん! 働きたくないんだもん!」


 成績優秀。文武両道。教師陣からの評価は抜群。本来なら一五になる歳で入学する筈の魔法学院を三つも飛び級の一二歳で受験し、しかも首席合格。そこから四年間の学生生活で首席から転落したことなんて一度たりとてない。

 そんな経歴だけ見ればスーパーウーマンの私だけど、就活だけは他の誰よりもずば抜けて大失敗していた。


「アマーリエは、頭は良いんだけど性格に難があるからねぇ……」

「うっさい!」


 呆れたように言うのは、親友で四年間同じSクラスだった元生徒会長のエミリーだ。


「でも真面目にどうするの? 実家だって無限に仕送りをくれるわけじゃないし、働かないと生きていけないわよ」


 エミリーの言う通りだ。私の実家、フェルゼンシュタイン男爵家は、「男爵」というように一応は貴族の端くれだ。

 でも私は次女。長女でも、長子でもない、五人兄妹の真ん中だ。家督は兄さまが継ぐ予定だし、姉さまだって許婚がいるから近々結婚して家を出て行くって話だ。

 言っちゃ悪いけど、貴族とはいえしがない地方官吏の父親に、結婚もしようとしない無駄飯ぐらいの娘を養っていく余裕なんてあるわけもない。

 おかげで私は経済的危機の真っ只中にいた。


「誰かに雇われるなんてありえない……。私が人の指示に文句言わずに従える筈がないっ!」

「アマーリエ、嫌な先生に口答えしまくってたくせに学年一位だったからね。おかげで先生も文句言えないから、なおさらたちが悪いわよ」

「生徒会長さまも口が悪うございますなぁ」


 エミリーが言っているのは、学院でも捻くれ者で有名なゲルトナー先生のことだろう。ゲルトナー先生は中年のおばちゃん先生で、ことあるごとに生徒に細かい注文を付けるので(悪い意味で)評判だった。

 当然ながら、飛び級で入学したような目立つ私もゲルトナー先生の目に留まることになる。入学してから四年間、私のやることなすことにいちいち文句を付けてきて最悪だった。


 そんな性格が悪いのになんでクビにならないのかといえば、実はゲルトナー先生は現学院長の姪っ子さんなんだそうだ。おかげで辞めさせようにも辞めさせられず、彼女とその取り巻きにいびられて辞めていった先生や生徒達を私は何人も知っている。


 だから私は魔法学院での教職の道を諦めたのだ。四年間お世話になった恩師にも勧められて、私は学院の採用試験も受けていた。試験には当たり前だけど合格していたし、本当だったら学院で教鞭を執る筈だったのだ。


 でも、そこでお局ゲルトナー先生の嫌味攻撃が始まった。ネチネチ言われるくらいならまだマシなほうで、採用後はすべての雑用を押し付けるとまで言われてしまったのだ。しかも厄介なことに、ゲルトナー先生にはその権限がある。

 それが嫌すぎて、私は恩師には本当に申し訳ないけど内定を辞退させていただいたのだ。魔法学院もそこさえなければ最高の職場だったんだけどなぁ……。


 とまあ、そんなわけで私は絶賛内定ゼロになった。


「今からでも遅くないから、他の学校とか受けてみたらどう? あとは……アマーリエの成績なら軍隊とか、官僚でもやっていけると思うけど」

「軍は厳しそうだからちょっとやだなー。官僚も、なんか堅苦しそう」

「アマーリエ、そういうの得意じゃないの」

「得意なのと好きなのは違うよ、エミリー」


 ちなみにこの親友エミリーは、ちゃんと魔法薬学の研究機関に就職が決まっている。偉い。偉すぎる!


「それにさ、どーせ他のところ行ったってゲルトナー先生みたいなお局とか、イヤーな上司がいるんだよ! うわぁあぁ……想像しただけでもう嫌になってきちゃった! 就活したくないよ~~!」


 私が頭を抱えて嘆いていると、そこでエミリーがポロッと一言こぼす。


「就活しなくても、仕事さえあればいいんだけどね」

「仕事さえ……」


 そうじゃん。そもそも「就活をしろ」だなんて誰が言い始めたんだろう。ようは働き口があって、収入がありさえすればそれでいいのだ。

 それなら別に誰かの下で働かなくたって、資格を取って自営業をやるなり、ちょっと荒々しいけど冒険者になるなりすればいいわけで。


「そうだ、起業しよう」

「アマーリエはいつも唐突よね」

「思い立ったが吉日だよ、エミリー君」

「まあ、その思い切りの良さと行動の早さが飛び級入学にも繋がってるんだろうし、良いことだとは思うけどね」

「んふふ、ありがと。エミリー」

「いえいえ、何年親友やってると思ってるの?」


 相変わらずエミリーは優しい。やっぱり持つべきものは友だ。


「さてさて。起業すると決まれば、あとはどんな職種がいいかな……?」


 どうせなら私の強みを活かせる職種がいいな。たとえば教育業とか。あ、研究職もいいかも。でも自前で研究施設を構えるのなんて相当お金がかかるだろうし、すぐには無理だろうなぁ……。

 なら、多少は腕に覚えもあるし、さしあたってしばらくは冒険者生活かな? 昔、お小遣い稼ぎのために冒険者の資格だけは取ったし、しばらく活動してなかったけど再開は問題なくできる筈だ。


「アマーリエは人にものを教えるのが上手だし、人から慕われる性格をしてるものね。教師じゃないけど、何かを教える仕事なんかはいいかもしれないわね」

「魔法のインストラクターとか?」

「そんな感じかしら」

「ふむ……なるほどなるほど」


 魔法のインストラクターかぁ。冒険者なんかだと、よく駆け出しの若者を相手に、一線を退いたベテランの元冒険者なんかが引率で色々と教えてあげてるのはよく見る光景だけどね。あれは確かギルドが発注してる半ば公共事業に近い依頼で、若手の死亡率を下げるためにやってる活動なんだっけ。


 と、そこまで考えてから、ふと思い至る。


 冒険者のインストラクター。魔法のインストラクター。

 ……そういえば、冒険者に登録したての時にベテランさんに色々教わって凄く助かった記憶があるけど、魔法学院ではそういった記憶は特にないなぁ。先生は基本的に一対一では教えてくれないし、先輩だって自分の勉強で忙しくて、そんなに後輩に構ってあげる余裕だってなかった。

 むしろ友達とか後輩に色々と教えてあげる時間を取っていた私のほうが異常だったのだ。おかげで私の周りだけ飛び抜けて成績が良くて、それで余計にゲルトナー先生一派に睨まれたのは今となっては笑い話だけど……そうか。それだ。


「私、魔法学院でついていけなくなってる子達に色々と教えてあげる仕事がしたいかも」

「いいんじゃないかしら! すごく、いいと思うわ」

「そうだなぁ。それならインストラクターっていうよりは、私塾みたいな感じになるのかな?」

「私塾ね。魔法界隈だとあんまり聞かないし、面白いと思うわ」


 私塾といえば、思想家が金持ちのお坊ちゃま相手に何やらお勉強を教えているイメージしかないけど。魔法士は、付きっきりで教えてくれる師匠が見つからないと基本的には独学か魔法学院に受かるくらいしか勉強の方法がないから、需要はあると思うのだ。


「――――よし、魔法塾を始めよう!」



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