第3話

 俺は、両腕振り回してキレた。

 おじさんは、「おっと!」とのけ反り、俺のぐるぐるパンチを避ける。自分のパートナー(つまり父さん)を抱き寄せるのも忘れない。


「お、落ち着くんだ、時生ー!」

「うるせぇ~! 馬鹿にすんのもたいがいにしろッ。いくらアホでも男同士でデキねえくらい、わかるわい!」


 これが落ち着いていられるか。

 俺が、父さんとおじさんのガキとかさ。おしべとおしべで、どう受粉すんだって話だろ。

 いくら何でも、もうちょっとましな言い訳できねえのか。


「トキちゃん!」


 すると、背後から長い腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられる。

 ふわり、とイノリが愛用してる香水の、甘い香りがした。

 振り返れば、イノリのマジな顔が真上にあって、息を飲む。


「イノリ」

「おじさん達、急ぎすぎっすよ。ちゃんと、トキちゃんの気持ち考えてくんなきゃ」

「あ……つい。ごめんよ、時生」

「いや、まあ……」


 俺の頭に顎を置いて、イノリがおっさん達に物申す。したら、父さんもハッとしたらしく、謝った。

 いや、自分サイドの人間がいるって、ありがたいんだな。おかげで俺も、だいぶクールダウンした。


「サンキュな」


 イノリの腕をぎゅっと掴むと、頭上で得意そうに笑う気配がある。


「こほん! ……時生くん、話の続きをしてもいいですか?」

「あ、うん」


 おじさんが、大きな咳払いをした。何か、複雑そうな顔で俺たちを見てて、妙だったけど。

 とりあえず、父さん達にはソファに戻って貰って、俺たちも椅子にかけ直す。

 ちなみに、さっきまでの間ずっと、おばさん達は「ずいずいずっころばし」してた。自由にもほどがあるぜ。





「すみません、気が逸ってしまいましたね。時生くん、ぼくと勇二さんは正真正銘、君の生みの親なんですよ。そして、それにはちゃんと、無理のない理由があるんです」


 いや、どう考えても無理はあるだろ。

 半眼になる俺をよそに、おじさんはぐっと目力を込め、理由とやらを話し出す。


「聞いてください――実は、ぼくと勇二さんは魔法使いなんです。たしかに、ヒト族のオス同士は生殖不可能ですが、魔法使いは違います。魔法の力で、細胞を結びつけることが出来ますから。それで、性別関係なく子を授かることが出来るんです」

「は?」

「ぼくと勇二さんは、愛し合っています。十七年前、家族になろうと決めたとき、君をつくりました」


 恐ろしいことに、おじさんは、声も顔も大マジだった。

 こんな与太話、こんな顔で喋れる奴が、地球上にいんのかってくらい。

 俺が何も言えねえでいると、おじさんは苦笑した。


「信じられませんか?」

「いや、普通信じられねえよ。まあ、おじさんがこんなバカな嘘、つくとも思えねえけど……」


 今となっちゃ怪しいが、おじさんは俺の周囲で一番頭がいいんだ。

 言うと、おじさんは、少し嬉しそうに微笑んだ。


「では、論より証拠ですね」


 麦茶のコップに手をかざす。

 すると、麦茶が球になって、高く浮き上がった。そのまま、俺の方まで飛んで来たかと思うと、パンと一息に砕け散った。

 きらきらと麦茶の粉雪が散る。


「うおお?!」

「おおお!」


 俺が叫ぶと、なぜか父さんもデュエットする。


「さっき、拝音さんが火を出したの見ましたよね。あれも魔法なんです」

「ああ!」


 あの特撮みたいなやつもか!

 おばさんを見ると、得意そうに胸を突き出している。


「わたし達も魔法使いだからね。ちなみに、イノリもわたしと希美ちゃんの子供なんだから」

「ええ?!」


 おばさんが何でもないように付け足したことに、俺は勢いよく隣を振り返る。

 イノリは全く動じねえで、眠そうに俺の肩口になついていた。


「おいっ、もっと驚けよイノリ!」

「うーん、そんなに?」

「いや、普通よお、衝撃の事実の連続じゃねえか。『ええ~?』とか、『うっそー』とか、もっとあるだろ?」


 ていうか、もっと驚いてくれねえと俺だけ置いてけぼりじゃねえか。わたわたと腕を振る俺に、イノリは首をこてんと傾げた。


「んー。でも、俺知ってたし」

「へ」

「なんなら、魔法も使えるし」


 言いながら、イノリが手をかざした。

 ソファに置いてたクッションが、ぽぽぽと宙に浮き上がる。それから、全部おばさんの頭に命中した。


「ええ~~!?」

「ね?」


 叫んだ俺に、イノリが得意そうににっこりする。

 「こんクソガキャア!」とおばさんが青筋立てて叫び、母ちゃんが必死に宥めている。


 イノリお前、まじで「うっそー」て感じだわ……。


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