第4話

 親のみならず、親友で幼馴染のイノリまで、魔法使いだった。

 たった一日に、こんな経験するやつは、俺ぐらいのもんじゃねえ?

 まあ、とりあえず、話をしなきゃならんと思ったからさ。


「イノリよお、お前いつから知ってたんだ?」

「ん? 何を?」


 イノリを自室に連れ込んで、俺はずばり聞いた。

 でっかいビーズクッションを抱えて、イノリはきょとんと首を傾げている。


「いや、お前がさ、母ちゃんとおばさんの子供だったとか。あと、魔法とか色々な?」

「ああ、それかあ」

「それ以外に何もねえよ、この状況で」


 おっとりした反応に脱力する。

 するとイノリは、「んー」と唇に指を当て、天井を見上げた。


「そーだなあ。俺が、母さんと希美ママの子供だってわかったのは、小3ぐらいだったかな?」

「早えな!?」

「あはは。あんね、プールの日だったんだけど。海パン忘れて、家に取りに戻ったんだよね。そしたら、シャワーの音がしてて――」

「うおおお、もういい言わなくて! 俺が悪かったっ!」


 衝撃の内容に、慌ててイノリの口を塞いだ。

 マジかよ、信じられねえ。

 小学生で、そんなとんでもねえ修羅場潜っちまったのか、コイツ。俺だったら絶対にグレてるぞ。

 でも、そういえば。確かにそんぐらいの頃、イノリが暗い顔で学校に来たことがあったような。すぐに普通になったから、忘れてたけど……。

 まさか、こんなことがあったとは。全然知らなかったとか、やべえ。俺って、友だち甲斐なくね?

 俺は、ガキの頃のイノリに悪くって、黙り込んだ。


「トキちゃん、怒った?」


 はっとして、顔を上げる。

 イノリは、困ったような顔をして、上目に俺を見ていた。


「なんで、俺が怒んだよ?」

「だって……俺、トキちゃんの親のことも、ずっと前から知ってたんだよ。それなのに、今まで知らないふりしてたんだ」

「そんなん。俺でも、俺に言わねえし。お前いっこも悪くねえじゃん」


 むしろ、イノリこそ、誰にも言えなくて辛かっただろうに。お前の方が、俺に怒ったって当然だと思うけど。

 俺の言葉に、イノリはビーズクッションに顔を埋めて首を振る。


「違うんだ。怖くて言わなかっただけ。俺たちの親がこんなんで、トキちゃんに嫌われやしないかって……だから、トキちゃんが今日、すっげぇショック受けたのも、俺のワガママのせいなんだよ?」


 不安でいっぱいって感じの声で、イノリはぽつぽつ話した。

 でっかい図体が、クッションに仕舞えそうに小さくなって震えている。

 俺は、呆気にとられて、振動するイノリの旋毛を見ていた。だって、こいつは何を言ってんの? 


「馬ー鹿!」

「うわっ!?」


 俺はイノリに飛びつくと、亜麻色の頭をガシッとホールドした。

 そのまま、わしゃくしゃと両手でさらっさらの髪をかき回してやる。

 イノリは、ぎょっとして顔を上げた。


「と、ときちゃんっ?!」

「ばっか、お前。マジで馬鹿、すげえ馬鹿だなあ、イノリお前!」

「ひどい! 四回も言った」


 わめくイノリの頭を掴み、額をごつん、とぶっつけた。至近距離で、涙でうるんだ目を覗き込む。


「俺がお前を嫌いになるはずねーじゃん!」


 イノリの目が、大きく見開かれた。俺は、二カッと歯を出して笑って見せる。

 全く、イノリの奴は、俺たちの付き合いを何だと思っているんだか。

 わかんねえのかな。こんなことで、嫌いになったりしねえってことくらい。


「――トキちゃん!!」

「うおぉっ!?」


 イノリが感極まった様子で、飛びついてきた。

 もはや、タックルの勢いだ。長い腕に羽交い締めにされながら、俺はずざざざと後ずさる。


「あでっ」


 ボスッと、背中がベッドに押し倒された。ご機嫌なイノリに、ぎゅうぎゅうに抱きつかれる。


「トキちゃんトキちゃん、大好きだっ」

「おー、そうかぃ。よかったなあ」

「えへへ」


 懐いてくる頭をポンポンと撫でてやると、嬉しそうに笑っている。いつものニコニコした笑顔に戻っていて、俺もちょっとホッとした。


「そうだ。ねぇ、トキちゃん?」

「ん?」


 ふとイノリが、額をくっつけて、俺の目を覗き込んでくる。亜麻色の長い髪が、顔にかかってきて、くすぐったい。

 思わず身をすくめると、イノリの目がやんわりと細まった。


「トキちゃん、もし――」


 バン!


 イノリが何か言いかけたとき、でかい音でドアが開いた。


「時生お! 祈くんん! そろそろ魔法の話でもしようか! 良い時間だし、晩ごはんでも食べながらさ!」


 何故か真っ赤になった父さんが、部屋に駆け込んできた。その後ろから、残りの親たちも雪崩れ込んでくる。

 イノリは、しぶしぶ俺の上からどいて口を尖らせた。


「いいところだったのに……」

「ご、ごめんよ祈くん。でも、なんかね。桜沢さんの圧が凄くてさ」

「勇二、なんか言った?」

「ひょえっ、何も!」


 おばさんに睨まれて、父さんはぴょいと背筋を跳ねさせた。弱すぎる。

 おじさんは、父さんの肩に手を置いて苦笑した。


「今日は、お寿司でもとりましょうか……祈くんと、時生くんの学校について、大切な話がありますから」



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