フクロウじゃなくてミミズクじゃなくてブッコロー

さむ

第1話

未読の本を求めるでもなく使い切った文房具の補充をするでもなく、ふらりと立ち寄った有隣堂に、彼はいた。

19時頃ーー仕事や部活終わりに立ち寄る人々に紛れることもなく、異彩を放っていた。

どう見てもフクロウがいるのだ。

店内を見回しても彼に違和感を持つ人は私以外にいない。みんな見向きもせず本棚に集中している。

そのフクロウはいろいろな競馬雑誌を見比べながら難しい顔をしていた。

私はついその様子を見つめてしまった。ふとそのフクロウが顔を上げた瞬間、目が合ってしまった。

「あ、すみません。どきます」

とそのフクロウはしゃべった。私は心底驚き、

「いえ、あ、フクロウ……」

と思っていたことを口走ってしまった。

「私ですか?ミミズクです」

「え!!アッすみません!!」

私の謝罪の言葉は有隣堂に響き渡った。

フクロウ、もといミミズクは慌てたように私の手を引っ張った。


気付けば私達は居酒屋『一角』にいた。

ミミズクはハイボールを、私はウーロン茶を頼んでいた。

「びっくりしましたよ。まさかフクロウと言われるなんて」

「ミミズクさんでしたね……すみません……なんとお詫びしたらいいか……」

「僕の名前はブッコローです」

「え!!アッすみません!!」

「何で謝るの……」

「つい癖で……すみません……」

「まただ」

ミミズク、もといブッコローさんは羽をパタパタさせて笑った。私のことを思った感情表現だった。

ドキッ……と私の心はときめいた。

そこからはブッゴローさんの奥様の話、私の好きな有隣堂の商品の話をした。

ブッコローさんが楽しそうに耳をぴょこぴょこ動かして奥様の話をした時は私の胸がチクリと痛んだが、私は気付かないふりをした。

私は『ひなたのほしものがたり』のドライたくあんがいかに美味しいかを力説した。

噛めば噛むほどたくあんの旨みが口に広がっていくのが素晴らしいと話したら、ブッコローさんは少し戸惑っているようだった。

飲み物が底をついた頃にはお客さんもまばらになり、私達もお開き……という雰囲気になった。

「……そろそろ出ましょうか」

「はい……」

私は寂しさから俯いた。

「またこうしてこのカフェで話しましょう」

ブッコローさんのその言葉に思わず顔を上げると、そこには笑顔のミミズクがいた。

「ぜひ!」

私もぱっと笑顔になった。


ブッコローさんは私を駅まで送り届けてくれた。しかし、連絡先を交換することはなかった。奥様がいるから当然だ。

「僕は有隣堂にずっといるから。また会いたかったらおいで」

ブッコローさんは寂しそうな笑顔を見せてくれた。

私も同じ寂しそうな笑顔で手を振ると改札を抜けていった。


それから私は忙しい日々を過ごし、有隣堂から足が遠のいていた。またブッコローさんに会いたいという気持ちはあったが、有隣堂に行って会えなかった時の悲しみを想像すると重い腰は上がらなかった。

そして今、どうしても必要に迫られたボールペンを買わなければならず、近くには有隣堂しかないという状況になってしまった。私は迷ったが決心して有隣堂に向かった。

有隣堂の前に立つと、あるものを目にして驚いた。

それはブッコローさんのぬいぐるみだった。パタパタした羽もぴょこぴょこした耳も再現されている。

確かにブッコローさんは有隣堂にいた。

私はブッコローさんのぬいぐるみとボールペンを持ってレジに向かった。

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