第25話:隠里

「何者だ!」


 村の中にある見張り台にいる男が厳しく質問してきた。

 門を締め切り、見張りを防壁の外に配置していない。

 最初から余所者を拒絶する姿勢が見て取れる。


「密貿易商人を追って来た冒険者だ。

 道に迷ってここにたどり着いた。

 一晩休ませてもらいたい」


 陽が暮れきる前に何とか頂から確認した村にたどり着けたが、村で休むことはできなさそうだ。


「駄目だ、この村は誰とも交流しない。

 道に迷った冒険者であろうと、村の中に入れない」


 最初から分かっていた答えだが。

 村の近くで野営できるだけでも安全性が格段に上がる。

 近くに住む猛獣や魔獣が人間の恐ろしさを知っているだけで全然違う。


「分かった、無理に村の中に入れてくれとは言わない。

 だが、近くで野営する事は許して欲しい。

 陽が暮れた状態で移動するのは命に係わる」


(うっ、どうする?)

(力尽くで追い払いたいが、そうなると門を開けなければならない)

(班長に確認するか?)

(そうするしかないだろう。

 無断で門を開けるのは処刑に匹敵する大罪だぞ。

 余所者を追い払うためだけに、そんな危険はおかせん)


 小声で相談している心算なのだろうが、がさつな性格なのか丸聞こえだ。

 勝手に門を開けたら処刑に匹敵する大罪か……訳有りの村のようだ。


「少し待っていろ!

 だが、邪魔だと分かったら殺されると思え!

 それが嫌なら、俺が確認に行っている間に立ち去れ!」

 

 最初に大声で密貿易商人を追っていると言っている。

 密貿易商人が作った隠里ではないだろう。

 だとすると、どう言う理由で隠里を作ったかだが……


 あまり深く考えてもどうにもならない。

 相手次第で対応が変わってしまう。

 まずは一番安全な場所を選んで野営準備をするだけだ。


 隠里のからの攻撃が届かない場所。

 城門がなくて、俺の所に来るまでに迂回しなければいけない方角。

 猛獣や魔獣が隠里を警戒するくらいの場所。


 一度山を下ったのに、少しでも山を上るには嫌なのだが、隠里の周囲を護っている城壁は、山手に門がないのだ。


 六頭の馬を引き連れて移動した俺は、ストレージとパントリーから馬用食器と水を取り出してあげた。


 馬は、乾燥させた飼料を喰わせると、直ぐに便秘による疝痛を起こす。

 野生の馬は水分の豊富な草を喰うからいいが、乾燥飼料で飼っている馬は、ちゃんと飲んだ水の量を管理しなければいけない。


 馬の中には遊び好きな子もいて、水の入っている食器を動かして楽しむ子がいるから、水が減っているからと油断していると、後で後悔する事になる。


 近衛騎兵隊にいた大叔父は、馬に水を与える時には喉に指を当て、ちゃんと何口水を飲んだか確認していたらしい。


 近衛騎兵隊の水飲み場は共同で、大きな水槽に入れた水を飲ますので、小さな水盥のように見ただけでは飲んだ量が確認できないからだそうだ。


 これは出陣して川や池の水を飲ませる時の訓練でもあるようだ。

 出陣しているのに、便秘で疝痛を起こすような事になってはいけないから。

 だから、水を飲まない子には涙を流すまで叱る事もあったそうだ。


 さて、馬達に水を与えた後は俺の番だ。

 猛獣や魔獣が近づいて来ないように焚火をする。

 普通ならもう少し早く場所を決めて周囲に落ちている枯れ枝を拾う。


 だがもうすっかり陽が暮れてしまっている。

 できるだけ早く火を確保しなければいけないので、パントリーの枯れ枝を使う。


 もっと使い易い薪や炭もあるのだが、隠里の人間が来た時に警戒されないように、山を上り下りしていた時に手当たり次第集めた枯れ枝を使う。


 枯れ枝への着火は火魔術を使う。

 ローグがいる時は使わないようにしていたが、今なら警戒せずに使える。

 火魔術を使える事を隠していたのは、襲われた時の切り札にするためだ。


 火が確保できたら食事だ。

 パントリーには手の込んだ料理も保管してあるが、今日は使えない。

 山に迷った普通の冒険者が食べるようなモノしか使えない。


 まあ、手早く獲物を狩った事にするくらいは許される。

 塩辛くて硬いだけでなく、臭みも強い干肉など食べたくない。


 大きな鉄製のマグカップにたっぷりの水と茶葉を入れる。

 焚火にかけておけば爽やかな香りのお茶ができる。


 パントリーから、以前狩っておいた肉ウサギを出して遠火で焼き始める。

 事前に狩っておいたウサギは既に解体して下味までつけてある。


 この世界にも幾種類ものウサギが住んでいるようで、それぞれ固有の名前があるようなのだが、一番美味しい種を肉ウサギと呼んでいるらしい。


 同じように美味しくても、魔獣種のウサギは下級冒険者すら殺す事が有るので、肉ウサギとは呼ばずに角ウサギや牙ウサギと呼ぶらしい。


 体重二キロくらいまでの幼く小さなウサギは柔らかくて美味しいらしく、小金持ちは油で揚げて食べるらしい。


 まだ完全に大人になっていない四キロくらいまでの若いウサギは、じっくりと焼いて食べるのが美味しいとされている。


 今回焼いているのは完全に大人になっている肉ウサギだ。

 若いウサギよりは硬いが、肉全般の中では、ウサギは柔らかいのだ。


 それに、解体する前で五キロ程度の肉と食べられる部位が少な過ぎる。

 解体前で五キロだと、食べられる部分は一キロ強しかない。


 一キロ強もあれば十分だと言う人もあるかもしれないが、この世界に来てからは以前以上に大食いになっている。


 特に魔術を使った後は極端に腹が減ってしまう。

 体重計がないから計れないが、四キロくらいは体重が減ってしまうと思う。


 今日は灰魔熊を狩った後だから、喰えるだけ喰っておいた方が良い。

 それに、これから何が起こるか分からない。


 下手をすると、隠里の連中に夜襲されるかもしれない。

 ウサギ肉が焼きあがるのを待たずに、パントリーのローストボアを喰っておくか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る