第19話:色仕掛け

「門番が失礼な事をしたそうですね?

 同じ村の者として、お詫びもかねて安くさせていただきますから、どうぞたくさん飲んでくださいな」


 俺達は予定通り村に泊まる事にした。

 当然だが、すんなりと泊まったわけではない。

 そんな事をしたら、これまでもめていたのは何なのだと疑われる。


 村は俺達に宿泊させて襲う気なのだ。

 俺達は動かぬ証拠を見つけて村人を拷問する。

 全てを白状させて、これまでの被害者がどうなったのかを確認する。


 できる事なら被害者を救い出してやりたいが、生きている可能性は極めて低い。

 こういう場合の被害者は、大抵口封じされている。


 若い女だけは精のはけ口として生かされる事も多いが、騎士や従士が頻繁に往来する村で余所者を隠しておけるとは思えない。


「そうか、そうか、あの馬鹿の詫びをしてくれるのか。

 だったら遠慮なく飲ませてもらうが、本当に安くしろよ。

 後で高額請求したら、手加減せずに暴れるからな!」


「私、そんな悪い女に見えます?

 そんな事を言われたら傷ついてしまいます」


「わっははははは、うそだ、うそ、冗談だ。

 お前のようなイイ女が人を騙すわけがないよな。

 まして殺して身包み剥ぐわけがない、そうだろ?!」


「まあ、何のご冗談ですの?

 他所の村が私達を妬んで悪い噂を流しているそうですが、全く身に覚えがありませんから、そんな嫌味を言われたら泣いてしまいます」


 ローグにしな垂れかかり、色仕掛けで籠絡しようとしていた女が、今度は泣き落としを仕掛けてきたが、なかなか感情が籠っている。

 

 こんな村の商売女であっても、男を騙す手練手管は凄い。

 馬鹿な男が女に騙されるのは当然だろう。

 だが、女が全員天然の詐欺師であろうと、ローグには通用しない。


 多くの国で超一流の商売女と遊んできたローグは、俺と違って男女の駆け引きも百戦錬磨で、毒を盛るような非道にも慣れている。


「お客さんも飲んでくださいな。

 村特産のシードルなのですよ」


「ほう、ワインではなくシードルが特産なのか?」


「ワインが出せればいいのですが、村の周りではブドウが育たないの。

 でも、とても甘くて上品な酸味があるリンゴはよく実るの。

 そのリンゴで造ったシードルはワインに負けないくらい美味しいのよ」


「ほう、そうか、だったら自慢のシードルを飲ませてもらおう」


 俺達を毒殺するのか、それとも痺れ薬を盛って捕らえるのか。

 その方法によって、先に行方不明になっている人達を助けられるのか助けられないのかが分かる。


 毒を盛られようと、俺達には効かない。

 毒だけでない、あらゆる状態異常に耐性がつく魔術を事前にかけてある。

 しかもどのような薬物を使ったかも分かる。


「さあ、グッと飲み干してくださいな。

 貴男のために特に美味しいシードルをあるだけ持って来させているの」


 この女も男を騙すのに慣れている。

 普通に酒場の商売女として慣れているのか、それとも、村を訪れた男を殺して身包み剥ぐのに慣れているのか、後者だとしたら許せない悪女だ。


「ドラゴン、ちょっとこのシードル甘過ぎないか?」


 ローグが突然話しかけてきた。

 その途端、俺達にまとわりついていた二人の女が身体を硬直させた。

 俺には分からなかったが、シードルに毒を盛ろうとしたようだ。


「いや、俺はこれくらい甘い方が好きだぞ」


 ローグの奴、遊んでやがる。

 さっさと毒を盛らせて、それを証拠に村長達を捕らえたいというのに。

 

 どれほど鍛えている奴でも、我慢強い奴でも、俺が魔術で尋問すれば何も隠すことはできない。


 一分一秒でも早く行方不明になっておる人々の安否を知りたい。

 一秒の差で殺されてしまう事もあるのだ。

 それなのに、遊び感覚でやるなど、絶対に許せない!


「えええええ、そうか、この村にもエールくらいあるだろう?

 エールも村によって、いや、家によって味が違う。

 それも飲み比べたいとは思わないのか?」


 俺は元々下戸で、酒は飲まなかった。

 女は嫌いではないが、誰かを騙して稼ごうとする商売女は大嫌いだ。

 それは水商売に限らず、堅気の商売でも同じだ。


「全く思わない。

 ここに飲みに来たのもローグに付き合ってだ。

 好きで来たわけじゃない。

 グダグダと長引かせると言うのなら、俺は先に眠るぞ」


「あら、そんなに焦らなくても、私はどこにも逃げないわよ」


 勘違いするな、性格ブス、いや、性悪女!

 お前を抱きたくて寝ると言っている訳じゃない!


「なんだよ、そういうことかよ、だったら最初から素直にそう言えよ。

 だがよう、ボッタクリは腹が立つが、ある程度の金を酒場に落としてやるのが良い男のスマートな遊び方なんだぞ。

 ドラゴンもいい歳なんだからよぉ、いい加減遊び方も覚えろよ」


「そんな事は分かっている、分かっているが、人には得手不得手があるのだ。

 それを補うために、俺とお前はパーティーを組んでいるのだろうが!」


 痛い所を突かれて、つい本気で怒ってしまった。

 自分が上手に遊べない野暮な男なのは嫌と言いうほど知っている。

 だがそれが俺の性格だし、一族の生き方だった。


「そんなに怒るなよ。

 分かった、分かった、ドラゴンの分も俺が遊んでやる。

 ドラゴンはさっさとやる事やって寝ちまえ」


 女と同衾して隙を作り、毒を使うのを誘えていっているのか?

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