第18話:交渉

 俺とローグの旅は何時も危険に満ちている。

 今日も村の番兵に難癖をつけられた。


「旅の御方、村に入りたいのなら武器を渡してもらう」


 ある国の街道にある、よくある路村にたどり着いた。

 街道にある村は、街道を使う人々が落とす金で成り立っている事が多い。


 特に急峻な山や広く深い河を前にした村は、必ず旅人が滞在するので、中規模から大規模な街に発展する事が多い。


 特に他国に通じている街道の国境にある路村は、商人の往来がとても多いので、大規模な街に発展するのが普通だ。


 この村も以前は中規模な街と言っていいくらい発展していたらしい。

 国境を接する国とは揉める事が多かったので、中規模にとどまったそうだ。

 前の街でローグが商売女から聞き出しているのを一緒に聞いた。


 だが、隣国との関係が更に悪化して、国交が完全に無くなってしまった。

 当然だが商人は来なくなり、一気に寂れてしまったそうだ。


「武器を渡して無防備になってまで村に泊まりたいとは思わん」


 ローグが全く表情を変えず、斬り捨てるように返事をする。

 多少はこの世界の事を知ったが、まだまだ俺は常識を理解しきれていない。


 取り返しのつかない失言をしてしまうかもしれないので、交渉は全てローグに任せている。


「素直に泊まらないと、砦の方々に密行者がいたと通報するぞ」


 関係が悪くなった隣国との境に砦が築かれるのは当然だ。

 元々有った関所砦が強化されるのが普通だ。

 

 ただ、商人から見ると、国交が禁じられた国の商品はとても魅力的だ。

 自国の品物より優秀な商品を密輸入できれば利が大きい。

 逆に隣国よりも優秀な商品を密輸出できても利が大きい。


 それは隣国の商人も同じで、利害が一致すれば協力するのも早い。

 国交を禁止された国同士で密貿易が始まるのは当然の事なのだ。


 俺達のような人間が行き止まりの街道を旅していれば、そんな密貿易を始めようとする、小悪党の命知らずに見えるのだろう。


「好きにしな。

 俺達は傭兵として砦に売り込みに行く。

 何を言われても問題ない」


「砦は正規兵か強制徴募兵だけしか入れない。

 何時裏切るか分からない傭兵など雇わない。

 傭兵は信用されていないから、砦の責任者は俺達の方を信用する。

 通報されたくなかったら、武器を渡して泊まった方が良いぞ!」


「武器は絶対に渡さない。

 泊めないと言うのなら、素通りして砦に行くだけだ」


「この辺りには凶暴な獣が数多く住んでいる。

 焚火をしていようが関係なく襲ってくる。

 命が惜しければ素直に武器を預けて泊まれ」


「先に泊まった村で、この村が旅人を殺して身包み剥いでいると聞いた。

 そんな噂が立つ村で武器を渡せと言われたのだ。

 絶対に武器は渡せないし、言っている事も信用できない」


「おのれ、我々を人殺しの盗人呼ばわりするか!」


「はん、俺が言ったわけじゃねぇよ!

 先に泊まった村で聞かされたんだ!

 違うと言うのなら、これ以上俺達の邪魔をせず、さっさと門を開けろ。

 どうしても開けないと言うのなら、戻って領主に報告するぞ」


 最初は猫を被っていたローグが切れた。

 頼まれて引き受けたとはいえ、大して金にもならない人助けだ。

 手間をかけるよりも力で解決する方が楽だからな。


「好きにしたらいい、俺達に後ろめたい事など何もない」


「そうか、なら今すぐ戻って報告してやる」


「待たれよ、そうムキになられずともよかろう」


 ローグが馬首を巡らせて元来た道を戻ろうとした途端、門の奥から声がした。

 門番と言い争っている間に、立場が上の奴が来ていたのだろう。

 あるいは、こういう時のために最初から居たのか?


 ギィイイイイイ


 耳障りな音を立てながら門が開いた。

 国境に近い路村だけあって、防壁も門をしっかりしている。

 浅くて幅も狭いが、空壕まで掘られている。


 それでなくても天然の要害に村を造っている。

 深い山の中を通る細長く急峻な街道で、数少ない小さな盆地に村がある。


 防壁を左右が崖になっている場所に作れば、防御力が高くなるだけでなく、旅人が迂回できなくなる。


「門番も村を守る為に規則通りにやっただけだ。

 悪く思わないでくれ」


 年のころは四十の半ばに見えるが、もしかしたら四十前かもしれない。

 まだ完全に前世の見た目年齢から抜けだせていない。

 俺の年齢予想は、大抵五歳から十歳老けて計算してしまう。


「あれの何所をどう考えたら気を悪くしないですむんだ?!

 俺達を密輸商人だと言ったのだぞ」


「それはお互い様ではないか。

 お前さん方も我が村を盗人村だと言ったのだからな」


「はん、俺達が言ったわけじゃねぇ。

 ここに来るまでの村で何度も聞かされた話だ。

 もういいかげん領主の耳にも入るのではないか?

 討伐軍が来る前に、村ごと逃げ出す方が良いじゃねぇか?」


「他所の村もいい加減な噂を立ててくれたものだ。

 一生懸命領主様のために働き、国境の兵士達のために通常よりも多い税を払い、余分な賦役まで行っていると言うのに」


「俺達はそんな泣き言を聞きに来たわけじゃない。

 そろそろ戦争も始まりそうだから、傭兵として売り込みに来ただけだ」


「その話は聞いた。

 だが我々も、村を守る為に武器を持った者を入れる訳にはいかんのだ」


「ようやく門を開けたと思ったら同じ事の繰り返しか?

 だったらさっき言ったように、領都に行ってこの村の報告をするだけだ」


「そこまで言われるのならしかたがない、今回だけ特別に武器を持ったまま村に泊まる事を許すが、この事は誰にも話さないで欲しい。

 武器を持って村に入る事を許したという噂が広まったら、これからここを通る者から武器を預かれなくなる。

 もしその中に盗賊に引き込みがいたら、大変な事になる」


「分かった、誰にも話さないと誓おう」


 やれ、やれ、ようやく第一段階が成功した。

 ローグがこのまま暴れ出さないか心配だったが、敵が先に折れてくれて助かった。

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